ベッドとお布団
「飲みすぎた……」
というか飲まされすぎた。
痛む頭を抱えながら私は夜の雪道を歩く。 三日連続で飲み会。田舎の学校では良くあることだ。
何年経っても酒が絡んだコミュニケーションは重要視されるものらしい。
私の流されやすい性格も後押ししてとにかく飲まされまくった。
まだ二十も半ばの新任教師だがこうも連日となると流石に堪える。
「みどりのやつ、まだ起きてるかな。おじや食べたい……」
深酒をした夜は後輩のみどりを呼び付けて軽食を作ってもらう。きっと今晩もあの忠犬は私の帰りを待ってくれているのだろう。二軒隣のアパートで。
「いや、我が家遠すぎ。無理。行軍やめだ。」
真っ直ぐ歩けばあと10分ほどで自宅に着くが私はそこで左に曲がる。角に出てすぐ、小さな公園があるのだ。
帰途からほんの少し外れた寄り道。飲みの夜の帰りは公園に寄って煙を一服。
教員生活4年目にしていつの間にか身に付いた私のルーチンワークだ。
日々の激務はアルコールとニコチンに忘却を任せる。
今日もそうするはずだった。
小さな公園だ。
こんな夜中に訪れる客もいない。
真っ白に新雪が降り積もった広場には当然足跡一つ無かった。
にも関わらず、真っ白な面に黒い点が一つ。
月明かりが丸い黒点を浮かび上がらせる。
照らされたそれはもぞもぞと蠢いて、やがて点から形を変えて―
「女の子?」
酔いが回り過ぎたのだろうか。さっきまでの黒点が少女に形を変えたように見えた。
「ってなんかこっち来てるんだけど。」
立ち上がった少女はふらふらとした足取りで、しかし真っ直ぐに私の方に向かってくる。
見た目からして年の頃は十代を過ぎたばかりだろうか。綺麗な黒髪は纏められておらず腰の辺りまで垂れていた。服装は真っ黒なワンピース一着。
正気の沙汰じゃない。
年頃のちょっとイタい娘なのかとも思ったがそれにしたって度が過ぎている。
これでも教師の端くれだ。軽く教育指導としてお説教して、それから家まで送ってやろう……などと考えていると。
「…………。」
いつの間にか少女は目の前まで迫っていた。
っていうか超睨まれてた。
「えーと、こんばんは。見たとこ散歩ってわけじゃなさそうだけどこんな時間まで出歩いてるのは……」
言いかけたところで。
ぎゅっと。腰のあたりに温もり。
「……。」
思い切り抱き着かれていた。
私の腰に手を回したまま、視線は上向き。じぃっとこちらを見据えている。
吸い込まれるような深い黒色の瞳。形の良い薄い唇は固く引き結ばれていて。
彼女の切実な表情を見ているうちに私は―
気が付いた時には頭を抱き寄せていた。
私は高校の教員で。普通に考えればこんなことしてはいけないのに。
この時の私はきっとこうするのが正しいのだと信じていた。
「なぁ」
「……。」
彼女は私の胸に抱かれたまま身じろぎしない。
「うち、来ないか。」
「……。」
こちらから表情は見えない。
「お前、行くとこ無いんだろ。」
「……。」
わずかに身を固くしたのが分かった。
「寝床くらいだったら貸せるけど?」
「……お布団。」
ぼそぼそと返答が返ってきた。まだ幼さを残した高い声。
「ベッドよりも、お布団が良いわ。」
思わず視線を下に向けると上目遣いの彼女とばっちりと目が合った。
先ほどまでの剣呑な表情はそこにはなく、年相応の油断し切った表情。
「ベッドは落ちるから苦手でさ。私はしっかり布団派なんだよね。」
「なにそれ。」
言いながら彼女はくすりと笑う。初めて見る笑顔。
本当はベッドが高くて買えなかっただけだけど、彼女の表情を柔らかくしてくれるなら。
ちょっとだけ、嘘をついても良いなって思った。