第三話 暴
佳織のもとに来た子は遥香といった。
遥香はとても整った顔立ちをしていた。あどけなさの中に、芯の強さの窺える顔立ちだった。目は吊り目気味で、いつも口はきつく結ばれていた。鼻の筋はしっかりと通っていた。黒い長髪は動く度にさらさらと揺れた。
遥香は徹底して無表情だった。まるで世界を虚ろに見ているかのような据わった目で、にこりと笑うこともなかった。
佳織はそんな遥香をはじめ心配し、その心配はやがて義務感へと変わっていった。この子をちゃんと幸せにしなくちゃ、という義務感だ。それが、この子の養母としての責任だと佳織は思った。
それはおよそ親が子に抱く素朴な愛情といったものとはかけ離れていたが、佳織はそれに気づくことがなかった。ただ佳織は、義務感のみから、遥香を大切にしようと思っていた。だからそれは、親子の関係ではなく、養母と養子の関係でしかなかった。
ある夜のことだった。
遥香はその日も一日中、絵を描いて過ごしていた。
そこに出かけていた佳織が帰ってきた。佳織の手にはブランドのロゴが入った袋があった。それを佳織はソファに置き、家着に着替えたり化粧を落とした後、ふたたびその袋を手に取り、中から白のカーディガンをとり出した。
「ほら、遥香。これ、あなたによく似合うと思って」
そう言って佳織は、遠巻きにそれを遥香の体にあてがい、ほほ笑んだ。
しかし遥香は、その方をちらりと見るだけで、あまり興味なさそうにふたたび絵を描くのに取り組み始めた。
「ほら、あなた、お洒落にあまり興味ないでしょ。だから、ちょっとこの服着てもらって、お洒落に目ざめてもらおうかなーって」
そう言って佳織は遥香に歩み寄り、はい、とその服を差し出した。
しかし遥香は、その方を見向きもせず、ずっと絵を描くのに集中していた。
「ほら、ちょっと、持ってみてよ」
佳織は強引に、絵を描いている遥香の手を取り、服を握らせた。
そのときだった。
遥香は佳織のもとへ来てからはじめて、表情らしきものを見せた。しかしそれは笑顔やはにかみのような微笑ましいものではなく、憎悪にあふれ返った、この世のものとは思えないしかめっ面だった。
遥香の目は薄く開いて、そこに鈍い光が射し、くちびるは歯茎が見えるほどひきつり、眉間にはぎゅっと皺が寄った。
そして遥香は、その服を勢いよく叩き落とした。
彼女は獣のような声で唸り、佳織を睨みつけた。
佳織は勢いで尻もちをつき、憎悪に満ちた遥香の表情を見上げる形となった。
それを見て佳織は、心臓が縮み上がるほど驚いてしまった。佳織は軽いパニック状態になった。何も考えられなくなった。
ひとまず、深呼吸し、佳織は体勢を立て直して立ち上がると、仰々しく服の裾を払う素振りをして気持ちを落ち着かせた。
依然として傍らには、遥香が憎しみを露わに、突っ立っていた。
「わかったわ、私の勝手につき合わせてごめんなさい。いいから、座って」
しかし遥香はまったく座る気配を見せない。
「いいから! 座りなさい!」
佳織は声を荒げて、遥香に怒鳴った。
すると遥香はまた、低く唸って、佳織を睨んだ。相変わらず、座るそぶりは見せない。
平手の頬を勢いよく打つ音が宙に響いた。
佳織は遥香に手を挙げていた。それは佳織にとって、半ば無意識に近い行動だった。
それで一層、唸り声を高める遥香に、もう一発、手が出た。
そうするともう、勢いが止まらなくなって、もう一発、佳織は遥香の頬を叩いていた。「何度言ったらわかるの! 座りなさい!」
そこでようやく、遥香は椅子に腰を下ろした。しかし依然として、獣のような唸りは止まない。
佳織は怒りに震え、もう一発、叩いてやろうか、と遥香を睨んだ。もうそこには、義務のかけらもなく、ただ憎々しい存在が目のまえにあるだけだった。




