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ママ  作者: QWERT
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第二話 会

 そこはヒノキの香る一階建ての施設だった。子どもたちがはしゃぎながら、芝生の敷き詰められた庭を駆け巡っている。風に乗ってピアノの音が聞こえ、それに合わせて、子どもたちが元気よく歌っているのが聞こえる。

 とてもアットホームな雰囲気で、ここにいると暖かな空気が感じられる、と佳織は思った。とても雰囲気のいい施設だった。

 このなかに、将来、自分が育てることになる子がいると思うと、すこし緊張するけれど、そんなことはつゆ知らず、子どもたちは無邪気に好奇のまなざしをひたすら佳織に浴びせるのだった。

 そのなかの一人、電車のおもちゃを握りしめている男の子に、佳織は声を掛けてみる。

「こんにちは」

 すると男の子は、恥ずかしそうに目を下に向けて、離れていき、カーテンにぐるぐるくるまってしまった。

 その仕草に佳織は愛らしさを感じずにはいられなかった。ますます、子どもを育てたいという気持ちに駆られる。


「ここにいる子たちはですね、みんな、幼いときに、十分に親の愛情を受けていない子が多いんです」

 施設の職員が説明をしてくれる。

「だから、はじめは、佳織さんも、育てるのに苦労すると思うけれど、どうか、見放さないで、大切にしてあげてくださいね。ここにいる子に、悪い子はいませんから」

 佳織はうなずき、さっきのカーテンにくるまった子を見た。

 すると、その子がカーテンの影から、こちらの様子をじっと見つめていた。頬がぷっくりと膨れ、くりくりした目に愛嬌のある表情が浮かぶ。

「この子に、惹かれるものがありますか?」と施設の職員が尋ねる。

「はい。でも、大切な決定だから、もうちょっと、周りを見て、考えますね」と佳織は言った。


 佳織は食堂に足を向けた。

 そこでも子どもたちが、おもちゃを掲げて、元気よくはしゃいでいた。施設のおばちゃんが、彼らを柔和な目で見守りながら、夕飯の準備をしていた。

 ダイニングテーブルの隅に、一人の女の子が座っていた。他の子と比べてその子だけ、背が大きく、年が離れているように見えた。見た感じだと、もう中学生か、あるいは高校生にも見えなくはなかった。その子は、じっとうつむいて、絵を描いていた。佳織がばれないようにこっそりとのぞくと、そこには二匹の、鮮やかな鯉が描かれていた。それは仲睦まじくお互いの尾を追いかけている構図だった。

 佳織はその子に、異様な雰囲気を感じとった。他の子は、まだ幼く、元気よくはしゃぎまわっているのに、その子だけ暗く、殻に閉じこもっている感じがした。

 佳織は思い切って、その子に話しかけてみた。

「こんにちは」

 その子は視線を上げて、佳織の姿をみとめ、力なく首だけであいさつを返した。

「いくつかな」

 すると、施設のおばちゃんが、慌てて佳織に駆け寄って、小声で話した。

「悪いけど、その子は、言葉が喋れないんだよ。最近、入所したばっかでね。それまで、ずっと父親に閉じ込められてたっていうから」

 佳織は改めて、その女の子を見た。彼女は何事もなかったかのように、また絵を描き始めている。

「あの子はちょうど、今、十四になるわ」と施設のおばちゃんが言った。

 佳織はその年齢を聞いて、衝撃を受けた。というのも、佳織が流産したのが、ちょうど十四年前になるからだ。だから、もし、出産がうまくいっていたら、ちょうどあの子くらいの年の子が、娘にいるはずだ。

 佳織のなかで、何かがはじける音がした。それは、人生におけるあらゆる重要な選択を迫られるときになる音だった。佳織はそれを、今はもういない旦那のプロポーズを受け入れたときに経験していた。しかし佳織は、それを覚えてはいなかった。ただ、佳織のなかで、何か化学反応のようなものが起きたのだけはたしかだった。


 佳織がその女の子と向かい合って、無言で座っていると、施設の職員が話しかけてきた。

「どうですか」

 佳織は小声で、目の前にいるその子に視線を送って言った。

「この子を、養子にもらうことはできないでしょうか」

「え?」

 職員は驚きを隠せなかった。

 しかし、佳織の真剣なまなざしを見て、職員は深くうなずいた。

「この子を養子としていただくのは構いません。ただ、この子には、とても暗い秘密があります。それをきちんと受け止めたうえで、もう一度考え直してみてください」

 佳織は若干、戸惑った。

「その秘密って、なんですか」

 すると職員は、女の子の肩を優しく叩いた。女の子が顔を上げたので、職員はキッチンの物陰を指さした。女の子はうなずいて、職員と一緒に、そこに向かった。

 そこで一分ほど待っていると、今度は佳織が、職員に手招きされた。佳織は招かれるまま、キッチンの裏に足を運んだ。

 そこでは少女が、シャツをまくり上げ、裸の背中をこちらに向けていた。そしてその背中には、大きな龍の刺青が刻まれていた。

「どうも、この子の父親は、彫師をやっていたらしくて、この子の背中にこれを刻んだようなんです」

 龍は極彩色で、青い雲を掻き分け、髭をたなびかせながら、天へと昇る構図だった。鱗の一つ一つが鮮やかに色を注がれており、腸のようにうねる胴体がまんべんなく彼女の背を覆っていた。目は威圧的にこちらを睨み、そこには禍々しい意志が込められているようだった。

 佳織は息を呑んだ。そして、このような運命を十四にして背負わなければならない彼女を憐れんだ。

 おそらく彼女はもう、日の当たる世界で暮らすことは難しいだろう。それを思うと、胸が痛んだ。何とかしてやりたい。力になりたい。そんな思いが、腹の底から沸々と湧きあがってきた。

「どうされますか」

「この子を養子としてください。お願いします」

 佳織の判断には迷いがなかった。職員はそんな佳織の真剣さに打たれて、ふたたび深くうなずいた。

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