異世界
目が覚めると、俺は見知らぬベッドの上で寝ていた。
すぐさま上半身を起こし、銃で撃たれた箇所を確認したが、腹部に受けた数発の銃創は無く……破れた服も元通りになっていた。
一体これは……?まさか夢であるはずもないが……
「……おぅ!ようやく気付いたか、若いの」
何とも奇妙な姿をした老人が、奥の部屋から出てきた。
背丈は俺の腰ぐらい、たくましい髭と真っ白な髪の毛をはやし、鼻の形は饅頭のように丸い。
かなりの年寄りに見えるが、身体つきはガッチリしている……腕の太さはアームレスリングの選手並みだ。
着ている服もそうだが、童話に出てくる「ドワーフ」のような印象を受けた。
「ここは……?アンタは一体……?」
「……何じゃ?オヌシ、頭でも打ったのか?ワシの家の近くの森で倒れておったぞ。あんなトコで寝ていたら、たちまち野獣の餌になっとたわ。まったく運がよかったのー」
老人は自分のサイズに合う椅子に腰掛け、懐からキセルのようなものを取り出して煙をふかし始めた。
「……森? いや、俺は埠頭にいたはずなんだが?」
「埠頭? 何だかよくわからん事を言う奴じゃな。嘘だと思うなら……ホレ、窓から外を見てみい。オヌシを拾った森が見えるぞ」
俺はベッドから離れ、言われた通りに窓から外を見てみる。
外は薄暗くなっていたが、この家からそう遠くない場所に深い森が見える。
というより、ここは何処だ?
……県外にしても随分と田舎のようだが。
「しかしまぁ……オヌシ。随分と奇妙な服を着ているのー。どっかの国の魔術師か何かかね?」
魔術師……?手品師の事をいっているのか?
別に奇抜な服を着ているつもりはないのだが……
老人は珍妙な顔をしながらジロジロと俺を見てくる。
「……助けてくれたのに申し訳ない事を言うが……俺はアナタの方が奇妙な印象を受けるんだが」
「ホッ?……何じゃ。オヌシ、ドワーフ族を見たのは初めてか?随分と田舎からきたんじゃのー」
この爺さん……かなり痛い人間のようだな。
まぁ……ここは適当に相槌をしておくとしよう。
「……あぁ。そうなんだ、ちょっと田舎から上京してきてな。すまないがココが何県で最寄りの駅が何処にあるのかを教えてもらえると、すごく助かるのだが」
「ホッ?……ナニケン?……エキ?一体何を言っとるのかね?」
老人はポカンとした表情をしている。
…………いい加減、このくだらない茶番劇にも飽きてきた。
「わかった、わかった。アンタが「ドワーフ」とか言うのに、こだわりがあるのは認めよう。その顔は特殊メイクか? 良くできているが、日本語を流暢に話すドワーフなんてのは聞いた事がない。映画の役になりたかったら英語を話すべきだ……説得力がまるでないからな」
苛立ちを感じた俺は、すぐさま家から出ていこうとした。
「待てっ!……何処に行くにしても、もうすぐ夜になる。外は危険だ!朝まで待たんかっ!この家の結界があれば野獣どもは近づいてこん!オヌシ、殺されるぞっ!」
……この爺さん、元俳優か何かか?
役作りも、ここまで徹底されると清清しいな。
俺は老人の警告を無視して家の外に出た。
外は薄暗さが増している……たしかに老人が言った通りに、もうすぐ夜になりそうだ。
とはいえ、あの家にいても何も進展がない……
どこか他の家の人間をつかまえて、駅の場所を聞くべきだ。
俺は老人の家の近くにあった道を、あてもなく歩きだした。
しかし、ここは随分と田舎のようだな……道はあるが街頭はおろか、「電線」が1つも無い。
このまま夜なったら何も見えなくなってしまうだろう。
スマートフォンがあれば、ライト機能で少しは見えるようになるだろうが、あいにく自宅に置いてきてしまった。
……あの爺さんの家に戻って明かりを貸してもらうべきか?
あの調子なら朝まで家に監禁されそうな感じではあるが。
まぁ……朝まで爺さんのヨタ話に付き合って、それから他の家を探すのも手ではある。
そんな事を立ち止まって考えていた時、辺りから妙な気配がした。
「なんだ?……野犬かイノシシでもいるのか?」
辺りが薄暗い中、俺を中心に3つ……いや、4つの黒い塊が円を描きながら等間隔で近づいてくるのを感じた。
よく見えないが、フサフサとした体毛が風でなびいている事から、何らかの獣である事は確かだ。
暫くすると、その内の1匹が目の前に踊り出てきた。
狼……? いや、そんな可愛いものじゃない。
形こそ狼に似ているが、大型犬以上の体躯に不気味に赤く光る両目……開いた口からは小さな炎が小刻みに吹き出していた。
狼らしき獣が俺に向かって飛びかかろうとした、その時……
辺りに、あの老人の怒鳴り声がした。
獣達は声のする方に向き直る……その先には西洋の鎧兜を身に付けたあの老人が、手に持った斧をガムシャラに振り回しながら、こちらに向かってくる姿があった。
「早くこっちに来いー!!!そいつらに喰われちまうぞぉー!!!」
目の前の獣は老人に意識が向いている。
俺は獣の腹に「回し蹴り」を放ち、怯んだ隙をついて老人と合流した。
「……爺さん、どうしてここに?」
「ゼェ……ゼェ……オヌシ、まだ生きとったようだの。コイツらは森の狩人と呼ばれる奴等じゃ。この数では歯が立たん……早くワシの家に逃げ込まんと喰い殺されるぞ」
この爺さんの言っていたのは本当だった。
目の前にいる獣は「俺の知っている世界」では存在しない。
ここは……「別の世界」
「異世界」……というやつなのか?