転移
神田の取り巻き連中と死闘を始めて、どれくらいたったのだろうか……
深夜の埠頭に族車のヘッドライトが照らされる中、最後の一人を倒した俺は、こちらを見ながら悠々と煙草をふかしていた神田を睨み付けた。
「ずいぶんと余裕そうだな……神田。……次はお前の番だ」
神田は嬉しそうに近寄ってきた。
「さすがだぜぇ~木嶋ァ~。ブランクがあるとは思えねぇ喧嘩っぷり……それでこそ俺が認めた「木嶋 龍」…………だぜぇっ!!!」
なに……っ!? 不意討ちっ……!!!
神田は、凄まじい速度で俺との間合いを詰め、低い体勢から鋭い回し蹴りを放ってきた。
避けるのが、もう少し遅かったら顎を蹴り飛ばされていたところだった。
「……ヒヒヒ。油断しちゃあ駄目だぜぇ……昔のオメェなら、こんなチンケな奇襲に驚いてなかったのによぉ~。ま~だ寝ボケてんのかぁ~?……あぁ?」
俺が「現役」だった頃よりも神田の動きはケタ違いに速くなっている。
トリッキーな動きで相手を撹乱する戦法を得意とする神田だが、こうもスピードに差があっては、こちらの拳を当てる事が出来ない。
俺の攻撃は虚しく空を切るばかりだった……。
「……木嶋ァ。俺を失望させんなよぉ~……オメェはこんな程度じゃなかっただろぉ?現役の時のオメェはよぉ~……もっとギラついてたぜぇ?しかたねぇなァ……ハッパかけてやるよぉっ!!!」
そう言うと神田は突然走り出し、地面に横たわっていた須田の腹部を勢いよく蹴り飛ばした。
「……がはっ!!!」
あまりの激痛に覚醒した須田は、小刻みに震えながら口から大量の血を吐き出していた。
「イーッヒッヒッヒっ!!!アバラが折れて内蔵に突き刺さったかァ?いい顔してんじゃねぇか♪……おっ立っちまうぜぇ。なぁ?木嶋よぉー!速く病院に連れていかねぇと、コイツ死んじまうぜぇ」
「神田ぁ……テメェーっ!!!」
俺は怒りに震えながら神田に向かって走りだし、渾身の右ストレートを顔面に打ち込んだ。
俺の一撃を喰らった神田は、地面に派手に転がり大の字になって倒れた。
さらに追撃を加えようと近寄ると、神田は上半身を起こしてニタニタと笑っていた。
「……いいねェ~♪最高だぜぇ。その目つき……殺意。かつてのオメェに戻りつつあるようだなァ~。やっぱり俺とオメェは似た者同士だぜぇ。そうこなくっちゃ殺りがいがねぇ」
「俺とお前が似た者同士だと……?笑わせるな……貴様みたいなイカれた奴と一緒にすんじゃねぇっ!!」
にやついた顔面を蹴り飛ばそうとしたが、神田は奇妙な動きで立ちあがり、曲芸師のように後方宙返りをして攻撃を避けた。
「だったらよぉ~俺からも1つ聞かせてもらうぜぇ……木嶋ァ。テメェは何で「この場所」に来た?本当に引退して足を洗ったんならよぉ~、オメェはココに来るべきじゃなかったんじゃねぇか?……あァ?」
「……………………」
「ヒヒヒ……代わりに答えてやろうかァ?オメェの本心は「こうなる事」を望んでたんだよ。引退してからの刺激のねぇ退屈な毎日……自分の中でノタウチ回ってる疼きが取れなくてよぉ~どうしていいか分からねぇ?……違うかァ?」
……俺は須田を助けに「この場所」まで来た。
奴の言う「自分の衝動」を満たしにきたわけじゃない。
俺は…………奴とは違う。
「同種の人間同士は、憎み合いながらも惹かれあっちまうって事だぜぇ……俺とオメェは、どちらかが欠けても駄目なんだァ。けどなァ……「この世界」にいるかぎりは納得のいく決着がつけられねぇ……だからよぉっ!!!」
……埠頭内に乾いた銃声が響いた。
神田は特攻服に忍ばせていた拳銃を素早く取り出し、俺に向けて発砲した。
腹部に鋭い痛みが走る……腹を……撃たれたのか?
撃たれた場所を確認しようとした俺に、神田は容赦なく発砲する。
数発の弾丸が撃ち込まれた俺の身体は、ゆっくりと地面に仰向けなって倒れた。
暫くすると撃たれた箇所の痛みは感じなくなり、身体の体温が急速に冷えていく感覚だけが残る…………これが死の感覚……なのか?
意識が朦朧とする中、神田は俺の顔を覗きこんだ。
「……とりあえずは「お別れ」だァ~。続きは「アッチの世界」でやろうや……兄弟♪」
……アッチの世界? コイツは……一体何を?
俺は意識を失う寸前、神田が手に持った銃を自分の口に含み、笑いながら引き金を引くのが見えた。