龍と仁
ーー東京湾埠頭 午前2時ーー
静寂が支配する深夜の倉庫街を俺は歩いていた。
大蛇の頭だった頃、何度も「殺し合い」と呼べるほどの喧嘩をした相手……「神田 仁」が指定した「その場所」へ。
この辺りはオリンピックの候補地に指定された場所である為、夜間は警備が厳重であっても、おかしくはないはずなのだが……
神田が指定した「この港」には警備員はおろか、人がいる気配すらない。
忍び込む必要性は、まったくと言っていいぼどなかった。
倉庫街を抜けて暫く歩き続けると、大型のコンテナ船が並んで停泊している埠頭が見えてきた。
埠頭のまわりには、多数の族仕様の改造車が待ち受けるかのように並んでいた。
間違いなく「十拳」の連中だろう……
俺は臆する事なく近づいていくと、静まりかえっていた埠頭内に突如、いきり立った怒声が響きわたった。
「よぅー来たなぁーっ!木嶋ァーーっ!!!」
そこには真紅の特攻服を着た「神田 仁」の姿と、大勢の取り巻き連中が待ち構えていた。
「神田……久しぶりだな。……須田を引き取りに来た。約束は守ってもらえるんだろうな?」
「おぉー……あのボンクラかっ!約束通りに来たからのぅー返しちゃるわ!」
神田は取り巻き連中に合図を送り、後ろに並んだ車の後部座席から須田を連れてこさせた。
須田は自分で歩く事も出来ないくらいに痛めつけられたようだ。
神田の手下に投げ捨てられ、そのまま地面に転がった。
「カァーーッ!テメェの跡目だと聞いて期待してたのによぉーー!とんだハズレモンだったぜェー……こんな雑魚を何だって跡目にしたんだァー!?」
わめき散らしている神田を黙殺し、呼吸をするのも苦しそうな須田の体を抱きかかえて声をかけた。
「き……木嶋さん。すみません……い……引退した貴方を……ま……まきこんじまいまして」
俺は、うっすらと涙を浮かべて謝る須田をなだめた。
「大蛇は、俺が興した神輿だ……このケジメはキッチリとってやるからな」
すみません、と力なく言うと須田は気を失ってしまった。
俺は意識を失った須田の体を静かに地面に寝かせ、神田に向き直った。
「ココは、おあつらえの場所だぜぇー木嶋よぉーっ!この辺りの倉庫街は親父の組の息がかかってるからなぁーっ!ここでオメェを殺そうが「お上」にはバレねぇぜ?テメェとの決着をつけるには最高だと思わねえかぁ!?あァっ!?」
神田の父親は「本職の人間」であると聞いた事がある。
……違法な「口利き」によって倉庫街の人間を掃けさせたのか。
そうまでして、俺との決着をつけたかったのは何故なのか?
「神田……1つ聞きたい事がある。カタギになった俺と、いまさら決着をつけようとするのは何故だ?何の意味がある?」
「クックック……ヒャアーハッハッハーっ!笑わせんなよぉっ!木嶋ァー!そんなもんは、お前と同じ理由だぜ!……つまんねぇからに決まってるだろうがっ!」
神田は、わざとらしく目頭を押さえながら粛々と話し始めた。
「木嶋ァ~……俺ァ~泣いたぜぇ~。テメェが「引退」しちまってよぉ~……最高の遊び相手がいなくなっちまってよぉ~……世の中、つまんねぇったらありゃしねぇ」
「つまらない……だと?そんな、くだらねぇ理由で須田を拉致して俺を呼び出したのか?」
……まともな奴とは思っていなかったが、ここまでイカれてたとはな。
「いくら女を抱いてもよぉ~いくら男を殴ってもよぉ~……全っ然っ満足出来ねぇんだよっ!……やっぱり俺ァ……テメェがいなきゃ駄目だァ……テメェとの「喧嘩」が一番満足出来るんだよぉっ!」
神田は口に咥えていた煙草を手で握り潰し、奇妙な笑い声をあげていた。
「これ以上、お前のイカれた話しを聞く必要はないようだな。さっさとブチのめして須田を連れて帰らせてもらうぞ」
拳を構えた俺を神田の取り巻き連中が囲む。
十数人はいるだろうか……手に獲物は持っていないが、神田の息がかかった連中だ。簡単に通らせてはもらえないだろう。
「まずは小手調べだァ~木嶋よぉ~。コイツらに殺られちまうようじゃ「アッチの世界」にご招待する意味がねぇからなァ~。ここでテメェの闘いぶりを見届けさせてもらうぜぇ~」
訳の分からない事をほざいている神田が見つめる中、闘いは始まった。
三話まで連続投稿いたします。
当方、仕事があるため
その後は1週に1話となります