31日、決断のとき
局長はギルマンの目星を付けてすぐに、イクトミへ連絡した。
「……と言うわけだ。そのジャック・スミサーと、彼の会社を調べれば、ギルマンへの手がかりが得られるだろう」
《ありがとうございます。やはりあなたは優れた探偵王だ》
「喜んでもらえたようで何よりだ。
それよりイクトミ。今、私の側には誰もいない。人払いしているからね。エミルたちにも席を外してもらっている。
この会話が誰かに聞かれると言うことは、無いと思ってくれていい」
《ふむ……?》
イクトミのいぶかしげな声が返ってきたところで、局長も再度、周囲に怪しい気配が無いことを確認してから、こう尋ねた。
「Aはそこに?」
《ええ、おります。お互い、今は一人でいると大変危険ですから》
「状況は切迫している、……と言うことか。であれば早い内に、行動を起こさねばならんな。
教えてくれるかね、イクトミ。アルジャン兄弟は今、どこにいる?」
《A州のスリーバックス、メリー通りにあるレッドラクーンビル。そこにディミトリ・アルジャンの工房があります。
そして2週間後の31日、ディミトリは兄トリスタンに、新たな拳銃を提供するとの情報を得ております》
「その情報、どうやって入手を?」
《何を隠そう、私とムッシュ・ボールドロイドは今、その隣室に潜んでいるのです》
「何だって?」
驚く局長に、イクトミはこう続ける。
《電話回線に細工をし、ディミトリが電話で交わした会話はすべて、筒抜けになっております。一方で、わたくしたちの会話が傍受されないよう、スイッチ式に盗聴の可・不可を切り替えることもできます。
普段から銃のことしか頭にないディミトリのこと、自分の電話に細工をされていることなど、まったく気付くはずも無い。事実ここに潜んで2日が経とうとしておりますが、今日も彼は、電話で兄と会話を交わしております。
組織のことについて、それはもう明け透けに、そして何の隠し立てもせずに、です》
「ほう……」
と、電話の声がアーサー老人のものに変わる。
《おかげで色々と、情報を得ることができました。情報源としては、もう十分にディミトリは役立ちました。
我々はすぐ、ここを発つ予定です。入手した情報を頼りに、組織からの攻撃をかいくぐりつつ、ギルマンを追うつもりです。
エミル嬢に襲撃させても、別段、何の問題も発生しないでしょう》
「そうか。ではすぐ、準備する。今日、明日中には連邦特務捜査局の人間も連れて、A州へ発つことができるだろう」
《幸運を祈ります。では》
がちゃ、と電話が切れる。
そしてすぐ、局長は別のところに電話をかけた。
《こちら司法省、連邦特務捜査……》「やあ、ミラー。私だよ。ジェフ・パディントンだ」
相手の挨拶をさえぎり、局長が名乗る。
《……あんたか。一体何の用だ?》
相手――連邦特務捜査局局長、ウィリアム・ミラーは、あからさまに邪険そうな声で応対する。
「合同捜査をお願いしたい。極めて重要かつ、危険度の高い依頼だ」
しかし局長がそう切り出した途端、その声色は真剣なものに変わった。
《詳しく聞かせてくれ》
「相手は『猛火牛』こと、トリスタン・アルジャン。
N州でのリゴーニ地下工場事件やO州のトレバー銀行強盗事件、W州のユナイテッド製鉄工場爆破事件などの主犯ないしは重要関係者と目されている人物だ」
《ほう》
「出現する場所がつかめた。情報源は明かせないが、確かだ。
確実に逮捕するため、人員を貸して欲しい。何人寄越せる?」
《見繕ってみよう。……その、なんだ》
ためらうようなミラーの口調から、局長は彼が言わんとすることを察する。
「分かっているさ、危険な捜査になる。あの子は呼ばんよ」
《恩に着る。1時間ほどくれ。こちらから連絡する》
「分かった」
ふたたび、電話が切れる。
局長は局員たちが集まるオフィスに入り、声をかけた。
「ネイサン。エミル。それから、ビアンキ君。
仕事だ」