イクトミ襲撃の夜
「ごきげんよう、ご老人。騒がしい夜になりそうですな」
そこには全身真っ白のスーツに身を包んだ伊達男が、拳銃を構えて立っていた。
「……貴様……イクトミ……!?」
アーサー老人は戦慄する。
そして――銃声が、サルーン内に轟いた。
だが、アーサー老人は傷一つ負うこと無く、その場に立ち尽くしたままだった。
「……な、……なぬぅ?」
流石のアーサー老人も、何が起こったのか把握するのに、数秒の間を要した。
そして周囲の人間が、一人残らず射殺されていることに気付き、アーサー老人はもう一度イクトミに視線を向けた。
「どう言うことだ? 何故彼らを殺した? まさかこいつらが一人ひとり、リーブル硬貨(18世紀までフランス王国で使われていた貨幣)を握っていたと言うわけでもあるまい」
「ええ、左様です。
彼らはあなたを狙っていたのです。そしてわたくしはあなたを探していた。であれば彼らを排除せねば、当然の帰結として、わたくしの目的は達せられません」
「彼ら? こいつら全員が、私をだと?」
アーサー老人はどぎまぎとしつつ、もう一度辺りを見回す。
「彼らの懐を探ってみて下さい。その証明が見付かるはずです」
「……うむ」
イクトミの言う通りに、アーサー老人はカウンターに突っ伏したバーテンの懐を探り――そして、あの「猫目の三角形」が象られたネックレスを発見した。
「こいつら……!」
「あなたはいささか、組織について知りすぎました。組織があなたや、あなた方を消そうとしています」
「それを私に知らせるために、ここへ来たと言うのか?」
「それも理由の一つです。あなた方がいなくなれば、わたくしもまた、早晩倒れることとなりますから」
「どう言うことかね? ……ああ、いや」
アーサー老人は長年の経験と勘、そして磨き抜いた人物眼から、イクトミに敵意が無く、友好的に接しようと距離を図っているのだと察し、フランクな声色を作る。
「立ち話もなんだ、バーボンでもどうかね?」
アーサー老人はカウンターの内側に周り、バーテンの死体をどかして、グラスを2つ取り出す。
「ご厚意、痛み入ります」
イクトミはほっとしたような顔をし、恭しく会釈をしてから、カウンターの席に付いた。
カウンター周辺に漂っていた血と硝煙の匂いが、酒とつまみのバターピーナツの匂いに押しやられたところで、イクトミは話を切り出してきた。
「わたくしのことを、いくらかお話してもよろしいでしょうか?」
「うむ、聞かせてくれ」
イクトミはバーボンを一息に飲み、ふう、と息を吐き出した。
「インディアンとしての本名は、わたくしにも分かりません。
仏系の父親からは一応、『アマンド・ヴァレリ』なる名をいただいておりましたが、10歳、いや、11歳くらいの頃から、自分からそう名乗ることは無くなりました。
父はインディアンであった母のことを、家畜程度にしか思っていなかったことが分かりましたからね。その血を引くわたくしのことも、どう思っていたか。いや、悪感情を抱いていたことは間違い無いでしょう。
そんな事情でしたから、11歳の頃に家を出ました。そんなわけで幼いながらも放浪の日々に入り、間も無く組織が『人材育成のため』と称して、わたくしを略取・誘拐しました。
そこで私は、新たに『アレーニェ(蜘蛛)』と名付けられました。身体能力が他の子供と比べ、飛び抜けて高かったからでしょう。……しかしその名も結局、組織を抜けた際に捨てました。
その後、紆余曲折を経て――わたくしは、己で自分自身を『イクトミ』と名付けたのです」