Act.0014:あの時も見えていた……
橙の空はどこか、のっぺりとしていた。
立体感なく、絵の具がのされているように見えてしまう。
その橙の上で、時期をまちがえた羊雲がそこかしこに放牧され、ゆるりゆるりと進んでいる。
この季節に見えないはずの羊雲が見えるのは、周囲の魔力が不安定になっている証拠だという。
そして、昔からよくないことが起こる前触れとも言われていた。
(あの時も見えていた……)
嫌な記憶が脳裏をよぎり、魔生機甲のコックピットでアラベラは馬鹿らしいと一笑にふした。
ただの偶然。
大事な作戦前に、なにを弱気になっているのかと喝をいれる。
不安……その原因はわかっている。
部下のジョー・タリルからの進言についてだ。
当然ながら、アラベラとて誘い出された可能性を考えなかったわけではなかった。
散々、【赤月の紋】の下位組織を殲滅してきたのだから、怒り心頭であろうことも想像に難くない。
しかし、戦力的には問題ないはずだ。
かの【四阿の月食】で猛威をふるった解放軍【新月】が用いた魔生機甲【フルムーン・アルファ】の魔生機甲設計書。
それをどこからか手に入れた警務隊本部は、その専用武器【ヘキサ・バレル】に注目した。
今までのように魔法を発動してただ放つのではなく、ヘキサ・バレルの薬室に一度魔力を蓄えて放出する。
さらに砲身部分には、螺旋状に魔法陣が刻みこまれている。
そこを通る魔力によって、魔方陣に組み込まれた威力強化のための大呪文が高速詠唱され、威力を増すようになっていた。
これにより、フルムーン・アルファでは【石鏃】を飛ばす魔法攻撃の飛距離が2倍に伸びた上に、魔力による推進力が直線上にのるため、命中精度が格段に上がったのだ。
この仕組みを採用して、警務隊により生みだされたのが、中距離狙撃型魔生機甲【アルマース】であった。
しかも、このヘキサ・バレルは、さらに改良されて飛距離は、通常の3倍。
つまり位置取りさえ成功してしまえば、たとえ敵がフルムーン・アルファであろうと、攻撃範囲内にはいる前に斃すことができてしまう。
まさに【四阿の月食】でやられた作戦を逆に行えるようになったわけである。
これが2機、すでに配置についていた。
そこに加えて、アラベラの懐刀の2人。
【紅島 乙女】の強襲型魔生機甲【Hi-G ブラック・クロス】。
【ガラン・ガラン】の超近接型魔生機甲【グリーン・ガラン】。
この2機が、撃ちもらした敵を斃す算段である。
そして、乙女とガラン以外には隠していたが、アラベラ所有の新型が1機あった。
それが今、アラベラが乗っている魔生機甲――
【蒼海の女神・深海A-17PSY】
――である。
これは最強の水陸両用魔生機甲と称される【蒼海の女神】シリーズを手がけ、若くして【七海の覇王】とまで呼ばれた一流魔生機甲設計者【秋月 響】による最新プロトモデルだった。
【蒼海の女神】シリーズは、基本的に細身のシルエットが特徴だが、【深海】モデルは深海まで潜ることができる高圧対応型にするため、外殻でいかつく覆った魔生機甲である。
それにヘキサ・バレルを両肩に2門装備したのが、【A-17PSY】だった。
水陸両用だが水中行動に主体を置いており、地上での動きは愚鈍。
接近されてしまえば、いい鴨になってしまうことはまちがいない。
しかし、高圧型外殻故の重装甲を持つため、半固定砲台のように運用すれば、拠点攻略には適している。
これを手に入れるためにアラベラは、純真だった秋月をたぶらかした。
色香に物を言わせ、思わせぶりなことを繰り返して、とうとう彼からテスト運用という名目で預けてもらうことに成功したのだ。
警務隊でさえ持っていない最新鋭の魔生機甲、それを手に入れたことこそ、アラベラの自信の表れだった。
ともかくこれで魔生機甲の数は、敵と同数。
しかも、敵の魔生機甲は、どれも安物のいわば旧世代のはずだ。
たとえ、これが敵の待ち伏せであったとしても、力尽くでねじ伏せられるはずである。
――こちらC-1。敵、確認できません。
――こらちC-5。敵、確認できません。
それでも次々入ってくる念話の報告に、少しだけアラベラは違和感を感じた。
敵の見張りが、ここまで確認できないのはおかしいのではないだろうか。
いや、しかしと、彼女はその違和感を否定する。
我々がこの距離から、まさか攻撃できるとは、敵も思っていないのだろう。
だから、この辺りにはまだ見張りがいないのではないか。
それに、ここまで来てさがれるものかと、アラベラは意を決する。
(A-1よりA-2。見張り台を確認できたか?)
――こちらA-2。見張り台を確認。
(A-1よりA-3。大物は立っているか?)
――こちらA-3。見張り役1機を確認。
まずは、敵の目をアルマースで狙撃する。
そしてアラベラは、拠点の村をたたけばいい。
そこから逃げる者たちを歩兵部隊が掃討する。
これだけだ。
アラベラは球体グリップに魔力を流し込み、魔生機甲に思念を送る。
ずんぐりむっくりとした、すべてが楕円形で構成された濃紺のボディをのっそりと動かしていく。
座って身を隠していた岩山から、深海の姿がさらけ出される。
それは、自分が目立って敵のターゲットとなるため。
【蒼海の女神】シリーズながら唯一、フレームから異なっている首のない円盤型の頭で正面をにらむ。
その横長の魔生機甲の目を通して、アラベラの視野に映像が浮かぶ。
遠くに見える、うっそうと茂る森。
その木々の隙間からうかがえる、木造の建造物。
右横には、木々より少し高い物見やぐらがある。
左横には、魔生機甲らしきシルエットが1つ。
2機のアルマースも、それぞれ左右に展開して、巨岩を盾にし、腕に取り付けたヘクサ・バレルをかまえている。
準備はできた。
両手をそれぞれ両肩のヘクサ・バレルに手を添える。
あとは魔力を込めるだけ。
――!!
だが、そこに激しい衝撃音が響いた。
アラベラは刹那、アルマースが指示を待たずに狙撃してしまったのかと思った。
だが違う。
見張り台も見張り役の魔生機甲も倒れていない。
むしろ倒れようとしているのは、衝撃音を発していたアルマース。
「――なにかっ!?」
叫んでも聞こえないことを忘れて口を動かす。
だが、そこにもうひとつ衝撃音。
今度は逆のアルマース。
アラベラを挟むように、くの字に倒れる2機。
間をおかずに鳴る、2つの地響き。
その横腹に立つ、岩石の墓標。
それは魔法で射出された石の矢。
森の中と背後で次々と立つ、光の柱。
魔生機甲を構築するときの輝き。
その数、おおよそ10数本。
(――B-1、応答しろ! B-1!)
返らぬ、後方待機していた見張り部隊の返事。
「なぜだっ!? ……な……ぜ……まさかっ!?」
ここに至り、アラベラはある男の顔が浮かぶ。
情報を持ってきておきながら、退職した1人の隊員。
――そうだ。
あの濁った眼が語っていたのだ。
この戦いが、始まる前から敗北するということを……。




