Act.0009:気にいってもらえたか?
それは、非常に鋭い突きだった。
暗闇という壁を突き破るように現れた白銀は、ドアからこぼれた光を返してキーンと凶悪さを歌う。
しかし、わかっていればどうということはない。
和真はおちついて体を横にさばき、その白銀の根元を蹴り飛ばす。
ただ、向こうもそれはわかっていたのだろう。
突きはすぐさま引き戻され、ほぼ同時に大きく後方に飛びさがる。
そこまでは、まるで予定調和の舞台劇。
「ずいぶんと尖った挨拶だな」
家の中を荒らされてはかなわないと、和真は外に歩み出る。
生ぬるい湿気を含む空気の中、正面のほかに、気配は左右に1つずつ。
明かりは、背後の家からもれるオレンジの光。
それに正面のアラベラが持つ、カンテラ代わりの魔法の石――魔光石が放つ光。
5~6メートルも離れれば、視界は薄闇に沈む。
「あんたの故郷では、こういう挨拶が流行なのか?」
正面をにらんだまま、和真は羽織っていた黒いジャケットを脱いで、背後のドア向こうに放り投げる。
筋肉が浮きでる白いシャツ姿で、和真はかるく首を回す。
それは「つきあってやる」という、和真の意志表示。
その意志を理解したアラベラが、ふんっと鼻を鳴らしてくる。
「気にいってもらえたか?」
表情はよく見えないが、和真は彼女の口角が上がっていることを感じていた。
思わずつられるように、和真も口元をゆるます。
「嫌いじゃないぜ」
「そうか。ならばすまぬが、もう少しつきあってくれ。私の部下2人も挨拶がしたいそうだ」
「そいつは、ご丁寧にどうも」
答えるや否や、薄闇を破って2つの影が和真を挟撃してくる。
コンビネーションはぴったり。
(――ならば!)
間を外すため、和真は左に踏むこむ。
相手の慌てる気配。
それでも繰りだされる刃。
ターゲットは、和真の脳天。
しかし、遅い。
和真はさらに踏みこみ、手刀。
剣を握る小手を横からはたく。
わずかな光をきらめかせ、宙を舞う剣。
低くうめくは女性の声。
(――こっちも女!?)
やりにくさを感じながら、身体を半回転。
背後から迫る風を回避。
遅れて訪れる、蹴りと宙に浮く身体。
それは、もう1人の刺客。
明かりに浮かぶは、小柄な女性。
(それでも――)
すれ違いざまに、その体に和真は掌底を放つ。
払われる。
反撃の拳。
払う。
何度かのやりとり。
さらに反撃――の前に、背筋に走る寒気。
上半身を斜めに捌き、流水の構え。
空かしたのは、振りおろされた背後からの刃。
そのまま姿勢を落とし、和真は足払いで一回転。
しかし、飛びさがってかわす二人。
「――炎と舞う風は陽炎! 風に踊る命は光には転ず! 花咲隠れ!」
女剣士の方が、なにかを撒く。
(……粉? 灰?)
和真がそれを認識する前に変化が起こる。
まるで灰が開花するように、白い花びらとなる。
小さな花びらが舞い狂い、視界をふさぎ覆う。
そのすべてが、白く輝いている。
1枚1枚の明かりは、柔らかい光。
しかし、あまりに大量なため、周囲が白銀となる。
さらに強く薫る、甘いクチナシの香り。
花びら同士がすれる、さわさわとした音。
(視覚、嗅覚、聴覚……目くらましのオリジナル魔術か……)
4元素の魔力を基本の法則に従って操るだけならば、それを【魔法】と呼ぶ。
しかし、その魔法を複雑に組み合わせて操る技術を【魔術】と呼ぶ。
魔法は簡単な手習いで誰でも操ることができるが、魔術はそうはいかない。
そして、その効果はやっかいなものが多かった。
(長引くのは避けたい……。ならば!)
和真は右掌に、風の魔力をこめる。
そして、それを足下の地面に叩きつける。
「――【颶風破爆】!」
巻き起こる爆風。
それに乗るように、和真は乱れ散る花びらの壁を突き破る。
五感はふさがれても、気配は感じることができる。
そちらへ向かい、まさに迅速。
伸ばした指先を剣先のように鋭くし、アラベラの喉元寸前でとめてみせた。
逆に花びらの乱舞に視界を遮られていたアラベラは、反応が遅れていた。
彼女は、握っていた刺突剣を構えることさえできていない。
その瞳に浮かぶ驚愕の色に、和真は満足する。
「気にいってもらえたか?」
意趣返しのように和真が言葉を返すと、アラベラが小さく呑みこんでいた息を吐きだした。
「噂に違わぬ実力で満足だ。さすが、【ヤン・ファン】、【ル・ロウ】とならぶ、三魔拳の1人」
挨拶が終わったと判断し、和真は手を引っこめる。
アラベラも、刺突剣を鞘に収めた。
「なんなら、魔生機甲のパイロットとしての技術も見せるか?」
「いや。必要ないだろう。素手の実力が本物である以上、パイロット技術も噂通りであろう」
最初からアラベラたちは、あからさまな気配を漂わせながらも、強い殺気は感じさせなかった。
だから、和真とてもちろんそのつもりで相手をしていた。
「申し訳ございません、アラベラ様」
打刀を腰に下げた女剣士が、アラベラの側で頭をさげる。
闇に溶けるような黒髪のロングポニーテールが特徴的な精悍な容姿をした、長身の美女であった。
さらにその彼女に沿うように、もうひとりの女性が歩みよる。
こちらはかなり黒色の肌のようで、小柄な柔らかい曲線の女性であった。
彼女もまた、頭をさげる。
「よい。2人ともご苦労だった。怪我していないか? 乙姫、手はどうか?」
乙姫と呼ばれた剣士は、さらに恐縮したように身を縮める。
「はっ。問題ございません。屈辱的なことではありますが、手加減をされいたようです。お見苦しい姿をさらしてしまい……」
「気にするな。問題ない」
そう言いながら、アラベラは2人の頬から顎先を優しく撫でる。
とたん、今までの戦士としての顔が崩れ、2人はどこか恍惚と紅潮する。
「2人ともよくやってくれた。あとで、褒美をやろう」
とたん、目に見えて2人の顔に歓喜があふれる。
このまま3人が自分たちの世界に入っていったらどうしようかと心配する和真だったが、幸いにしてそのようなことはなかった。
アラベラがこちらに視線を投げてくる。
「雷堂和真殿、無礼な腕試しを快く受けてくれて嬉しく思う」
彼女が警務隊の敬礼を贈ってくる。
ならばと、和真もとりあえず同じように返す。
「こういうのは初めてじゃないんでね」
「さすがの度量。警務隊内でも評判の男だ。……改めて自己紹介しよう。私は大隊長の【アラベラ・ブリンクマン】だ。こっちの2人は、私の部下だ。魔術剣士の【紅島 乙女】、そして拳士の【ガラン・ガラン】」
「ご存じの通り、【雷堂 和真】だ。職業は、賞金稼ぎだが……どうやら、傭兵としての俺に用事らしいな」
「ああ。その腕を見込んで、明日の夕刻に行う作戦への参加を要請したいのだ!」




