Act.0001:――誰が変態仮面だ!!
彼女――【アラベラ・ブリンクマン】――の中にも、【正義】というものが幼い頃からあった。
その定義は、誰しもが「一般的に考えているもの」と言って、さしつかえない程度の内容だった。
ところが、14才という思春期真盛りに、彼女の中で【正義】というものが変質する。
それは彼女に【正義】を植えた存在が、無残さをともなって悪に下ったための悲劇といえよう。
【正義】は、英雄譚にでてくる、人を憎まぬ勇者の温かき心ではなくなった。
【正義】は、悪しき者を断罪し、極刑に処する死神の冷たき心となっていた。
子供が夢見る【正義の味方】は、彼女の中で失われたのだ。
そしてそれは彼女だけの話ではなく、この戦渦の広がる時代から失われつつある存在だった。
【正義の味方】など、現実にはいない。
誰しもがそう感じていたのだ。
――ところがどうだろうか。
今、彼女の目の前には、少なくとも見た目だけは夢物語にでてくる【正義の味方】らしき者が、驚くべきことに堂々と立っているではないか。
薄手でタイトな、黒地のパイロット用ボディスーツらしき物に、白く肘の近くまであるグローブと、膝下まである白いブーツが冴えた光を放っている。
頭には、獅子を模したかぶり物。
ただ、顔の鼻から下は見えていて、細い顎のラインの中央にはピンクの唇が艶を放っていた。
そして胸元には、立派と言わざるをえないほど、たわわに実る2つの膨らみ。
背はアラベラよりも高めで、筋肉はかなりついている体格だが、それだけにしっかりとくびれた腰のラインがひきたてられている。
まちがいなかった。
顔は隠されていても、その【正義の味方】は女性の容姿をしていた。
しかも彼女は、目の前にいる2人の偉丈夫そうな男に対するように立っている。
場所は、大通りのど真ん中。
この街でもっとも大きな繁華街の大通りだったらしいが、今はまだ復興がすんでいない。
数軒の酒場が営業し始めたばかりの状態で、多くの建物が破損している。
傾いた陽射しで照らし出された部分が、まるで血のにじむ傷口を思わした。
そんな焦げた臭いさえ漂いそうな寂しい街並みだというのに、ここにはすでに多くの野次馬が集まっている。
この場所だけは、生気があふれているかのようだった。
「お前たち、よその街に来てまで騒ぎを起こしてんじゃない! 喧嘩するならこの四阿の外でやってこい!」
彼女のアルト音域の口調は男顔負けで、迫力もまた凄まじかった。
偉丈夫な男2人が、少なからず怯んでいる。
(……なんなんだ、あれは……)
できあがりつつあった人垣をかきわけて前にでると、アラベラは深くかぶったローブフードの下で男2人を観察する。
どうやら2人とも傭兵のようだった。
長旅用の外套の下には、空になった鞘が腰で揺れている。
さらに反対の腰には、百科事典のようなノート【魔生機甲設計書】を革ケースに入れてぶら下げていた。
魔生機甲設計書は、搭乗できる魔法の巨人【魔生機甲】を呼びだすためのアイテム。
すなわち、まずまちがいなく魔生機甲のパイロットだ。
ここ最近、復興中のこの街には、こういう輩がよく集まってくるという。
彼らも秩序を守る警務隊が弱体化する中、混乱が広がる街にボディガードなどの仕事を求めるために職を求めて集まってきた者たちなのだろう。
だから、こちらの男2人はわかる。
「うっ、うるせえ! なんなんだ、貴様は!」
すでに抜き身の剣を前に突きだし、男の1人が【正義の味方】へ唾腺全開で怒声をぶつけた。
まったくだ、なんなんだこいつはと思いながら、彼女も【正義の味方】が口を開くのを期待した。
だが、予想外にその答えを口にしたのは、彼らの周りをとり囲む野次馬たちだった。
「おいおい、この街に来て獅子ちゃんを知らないとは恥ずかしい奴だ!」
「獅子王様、今日も素敵!」
「獅子、デートしてくれ!」
「今日も魅せてくれよ、獅子王!」
老若男女問わず、【正義の味方】に声援が飛ぶ。
その声援を受けても浮かれた様子ひとつなく、獅子王と呼ばれた【正義の味方】は、両手を腰に威嚇する姿勢を崩さない。
街についたばかりのアラベラにはあずかり知れぬ存在だったが、どうやらこの街の人気者らしい。
本当に? いい大人のお遊びか、なにかのイベントかとも勘ぐるが、その異様な風貌から放たれる威圧感だけは本物だった。
剣術を嗜むアラベラは、その気配からかなりの強者と感じとっている。
「なにが、獅子王だ! 変態みたいなカッコしやがって!」
ところが肝心の喧嘩をしていたらしい男2人は、そのことを感じとれなかったのだろう。
確かに女性的なラインが露骨に現れる、淫靡さをかもしだす変態的服装をしている。
しかし、だからといって実力とは関係ない。
「その服、ひんむいて楽しませてもらおうか!」
まったく呆れた品のない台詞に、アラベラはため息をつく。
どこでも小悪党は同じで芸がない。
そして、行動もなんて単純なことだろうか。
もう1人の男も、剣先を獅子王に向けたのだ。
「謝るなら今のうちだぞ!」
それは、男にとってただの威嚇だったのだろう。
こんな人前で殺傷沙汰を起こせば、いくらなんでも警務隊に捕まってしまう。
だから、本当に斬るつもりなどなかったはずだ。
しかし、アラベラから見れば、それは誤った判断だった。
本当に斬るつもりで襲いかかるべきだったのだ。
(それでも、きっと届かなだろうが……)
そのアラベラの予想は、的中していた。
――が、予想外のこともあった。
「――うえっ!?」
男の奇妙な声があがった。
1歩、男が獅子王に踏み出した瞬間、その2人の5歩ほどあった間合いが0になっていたのだ。
(は……速い!)
それは、頬を叩く風より速かった。
剣を抜いた男は、なぜ自分が腹部に衝撃を感じているか、なぜ地面に膝をつこうとしているか、なぜ真横に獅子王が立っているのか……それらを正確に把握することができずに意識を失ったことだろう。
(あの足運び……拳法使いか……)
アラベラは感心しながらも、喧嘩相手の動きに気がついた。
残った傭兵も、さすがに悟ったのだろう。
自分が剣を振っても、獅子王に敵わないと。
このままでは負けると。
そして彼は、狼狽しすぎていた。
こともあろうに、彼の手が鞘と|反対側の腰についていた物に伸びていたのだ。
(――! こんな所で!)
アラベラは短く舌打ちをする。
同時に人垣から飛びでて、右手で紺色のローブをはねのける。
足下の土を蹴りこみ、同時に左手を腰に走らす。
右腰から煌めきが流星のごとく軌跡を描く。
そして、直進。
「――構――ッ!?」
魔生機甲設計書を開いて、魔生機甲を高速構築しようした男は、呪文を途中で呑みこんでしまう。
手にしていたはずの魔生機甲設計書が、一瞬で失われていたのだ。
「なっ!? ……えっ!?」
男の狼狽は、アラベラにとって滑稽だった。
彼は自分の手から離れ、宙に浮く魔生機甲設計書を瞬きしながら見つめている。
いや。正しくは、空中に浮いているのでない。
アラベラが突きだした刺突剣に、串刺しにされて宙で揺れていたのだ。
表紙から裏表紙まで貫いている刺突剣を引くと、スルリと魔生機甲設計書が開いて地に落ちる。
それは、まるで撃ち落とされて絶命した鳥を思わせた。
もうこれで、この魔生機甲設計書は使い物にならなくなってしまっただろう。
しかし、アラベラにしてみれば関係ない。
この行動には、正当性――正義がある。
それに、|こいつにはもう必要がない《・・・・・・・・・・・・》ものだ。
「……てっ、てめーえぇぇぇ! なんてことしやがる!」
その男の問いに、アラベラは答えるつもりなどない。
代わりに彼女は、刺突剣を握る手に再び力をこめる。
腕を引く。
「――えっ!? ちょっと待て……お前なにを……」
動かさぬ唇。
狙うは、心臓。
突きだす刺突剣。
――が!
感じる風に、彼女は体をひるがえす。
顔面を正面から覆う風圧。
――危険。
バックステップ。
後ろに流れたフード。
もれる乱れた栗毛が、少し目にかかる。
「おい、あんた! なにす……おっ、女!?」
拳を引いたまま、獅子王はきょとんとしたような声をあげた。
その反応に、アラベラは鼻で嗤う。
「貴様だって、女であろう」
「うん、まあ、一応、そうだけど……ってか、あんた、殺そうとしただろう!」
「魔生機甲規制法により、市街地内で警務隊の許可なき構築は極刑だ」
「ああ。だが、そいつは結局、構築できなかった。未遂で殺すのはやり過ぎだ。それになんの権限があって……」
「あるさ……」
アラベラは紺のローブを脱ぎとった。
その下にある青い制服の胸を飾るのは、日の丸の上に交差した2本の刀のエンブレム。
それを見せたとたん、周囲の野次馬も、そして獅子王さえも口を噤む。
アラベラは、満足そうに一度、うなずいて見せた。
「私は、本日より四阿警務隊大隊長に就任する【アラベラ・ブリンクマン】だ。そこの2人は、とりあえず騒乱罪で引っぱらせてもらおう。それに貴様もだ……」
剣先をスッと獅子の仮面に向ける。
すると、相手は意外だと言わんばかりに自分を指した。
「お……私もか?」
「当たり前だろう、怪しい奴め。一緒に来てもらおうか……変態仮面」
「――誰が変態仮面だ!!」
「そんなデカイ乳房を見せびらかせておいて……」
「見せびらかせてねー! ちゃんと隠してるだろうが!」
「それだけはっきり形がわかれば同じようなものだ。そんなに自慢したいなら、売春宿でやれ」
「自慢したくなんてねーよ! 自分が小さいからってひがむな!」
「――殺す!」
「あっ……す、すまん……って、その殺意、さっきより怖いぞ!?」
それがアラベラと、変態仮面こと【獅子王】の初顔合わせであった。




