Act.0071:ボクからのお願いですよ
ここしばらく、和真は働きづめだった。
やることは、たくさんあった。
だから、優先順位を考えながら、次々と体を動かした。
まず、自宅の片付けは、後回しにした。
なにしろ一人暮らしだ。
自分が眠れさえすればいい。
両親は、兄と共に別の街で暮らしている。
兄【和也】は、そのパイロットとしての能力、そして頭脳明晰さから、警務隊に入った後に、すぐに国務隊に転籍となった。
国務隊は、まさにエリート中のエリートしかなれない。
しかし、入ってしまえば、手厚い福祉サービスを受けることができる。
両親も今ごろ、悠々自適な生活を楽しんでいることだろう。
もちろん、和真も一緒に行こうと言われていた。
だが、和真はこの街に残った。
その時には、すでに篠崎屋と契約をしていたし、なんと言ってもここにはいちずがいた。
もちろん、いちずと結婚さえできれば、この街にこだわることはない。
その時には、やはりいちずにもいい生活をさせてやりたい。
だから、たまに警務隊の仕事を手伝ったりして、将来的に警務隊に入れるよう努力を怠らないようにしていた。
そしていつかは、兄と同じ国務隊に入るのが夢だったのだ。
だが、その夢は遠のいた。
まず、いちずとの結婚の夢が消えた。
子供の頃から大好きだった、いちず。
ずっと、いつかは結婚するものだと信じて疑わなかった相手。
今はきっと、まだいちずも子供だから、結婚なんて考えていないだけだ。
だから、自分の求婚を断るのだろう。
そう思っていたのに、それはとんだまちがいだったのだ。
そして、警務隊。
もともとは今回の大会で優勝して、警務隊への入隊を決めるつもりだった。
警務隊のメンバーからも、「優勝すれば入隊はまちがいない。歓迎する」と太鼓判を押されていたぐらいだった。
しかし、大会では負けてしまい、さらに警務隊も壊滅状態でそれどころではない。
和真は、すっかり人生の目標をいっきに2つも見失ってしまった。
そのうち、好きな人もできるだろう。
そのうち、警務隊も復活して、入隊チャンスもあるだろう。
しかし、今は先が見えない。
だから、和真は今できる、目の前のことから片づけることにした。
挫けたり、拗ねたりして、立ち止まるのはもったいない。
(動け、動け、動け……)
けが人の救助、魔生機甲を使った復旧作業、荷物の運搬などできる限りのことをやるだけやっていた。
だけど、遅々として復興は進まない。
今回は、被害が大きすぎた。
他の街から資材や食料を買い入れるのにしても、資金がどこにもないのだ。
あの襲撃から数日経った今も、街中に焦げた匂い漂う。
それが、焦燥感を煽る。
もし、また解放軍が攻めてきたら、今の警務隊では相手ができない。
いや。万全の状態でも勝てやしないだろう。
戦いを見ていた和真にはわかった。
もし、自分が篠崎屋から借り受けていた魔生機甲【メルヘイター】が使えていたら、たぶん2機ぐらい沈めることはできただろう。
しかし、その後に自分はまちがいなく殺されていたはずだ。
そういう意味では、いちずに斬られた両脚の修復が終わっていなかったことが幸いしたのかもしれない。
それがなかったら、和真は我慢できず跳びだしてしまっていただろう。
どちらにしても、悔しいことこの上ない。
無力な自分が呪わしい。
さらにだ。
さらに悔しさを煽るのは、その憎きも強かった解放軍の魔生機甲をたった1機で、いとも簡単に沈めてしまった奴がいたと言うことだ。
しかも、それが恋敵ともなれば、感謝よりも悔しさが来てしまうのは仕方ないだろう。
その男に、恋にも破れ、魔生機甲の性能でも破れ、パイロットとしても破れたのだ。
きっと今、解放軍が来ても、あの男――東城世代――が魔生機甲で出撃すれば、いとも簡単に撃退してくれるだろう。
その事実が、和真のプライドをいたく傷つけていた。
(強くなりたい……)
彼はその答えを求めるように、ひたすら無心になるよう働きまくった。
◆
「和真! 客が来てるぞ!」
昼休み、ミチヨが用意してきてくれた食事を彼女の弟のススムと一緒にとっているところだった。
転がっていた材木に腰かけ、生気が抜けたようなススムに、大好きな魔生機甲の話をしようか、しかし話すとトラウマに触るのではないかと、悩んでいる最中だった。
他のパイロット仲間に呼ばれてふりむくと、そこには見たくない顔が待っていた。
「……東城世代……」
パイロット用のジャケットに包まれた体は、ひょろっとして相変わらず弱々しい。
顔つきも飄々して、逞しさの欠片もない。
それどころか目の下を黒くして、まるで病人のような疲れた顔をしている。
こんな奴に負けたのかと思うと悔しくなるが、そんなことを口にだすほど女々しくもない。
和真はミチヨたちに一言だけ告げてから、世代の所に歩みよって行った。
「食事中にごめんなさい」
「……何のようだ?」
低姿勢の世代に、つい和真は険のあるいい方をしてしまう。
だが、その口調を気にした様子もなく、世代は周囲を見まわした。
そして、彼はとんでもないことを言いだす。
「この酷いありさまの責任の半分は、ボクにあるらしい」
「……はあ?」
「解放軍【新月】の目的は、このあたり一体の制圧と、ボクの魔生機甲設計書の確保だったらしいんだ」
「な、なんだと……」
初めて聞く話に、しばしの間だけ和真は混乱してしまう。
(なんだ、それは……たかがこいつの魔生機甲設計書……いや、こいつの魔生機甲は確かに……でも、それならこの現状は……こいつの……)
瞬間的にいろいろな想いが頭に走る。
そして最後に残ったのは、怒りだった。
だが、和真はまちがえない。
彼は筋の通らない話は大嫌いなのだ。
「――だとしてもだ。別におまえが悪いわけではないだろう。悪いのは、やつら解放軍だ。おまえに、罪はない」
「……本当に和真さんは、スーパーロボット物にでてくる主人公のような人だなあ」
「……はあ?」
世代のよくわからないたとえに、眉をひそめる。
相変わらず、こいつはよくわからないことばかり言う。
いちいち気にしていられないと、彼は流すことにした。
「ともかくだ。おまえは、あの解放軍の魔生機甲を殲滅してくれた。礼を言うことはあっても、恨み言を言うつもりはない」
「……そうですか。それならそれで――」
「――お兄ちゃんが、東城世代さんなの!?」
割りこんだ声にふりむくと、そこに立っていたのはススムだった。
先ほどまで黙りこくって、ほとんど身動きしなかったのが嘘のように、彼は身震いさせながら拳に力を入れて、世代のことを睨んでいる。
「……うん。ボクが東城世代だ」
10才になったばかりのススムは、年齢にそぐわない強い何かを細めの瞳の奥に灯していた。
その色は、あまりに暗い。
絶望、殺意、そのようなものをこんな幼い子が抱いてしまっている。
いや、抱かされたのだ。
「なら、あいつら……解放軍の魔生機甲をやっつけたのは、お兄ちゃんだよね!」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、あいつもやっつけた!? 1機だけ剣を持っていた魔生機甲なんだ!」
「……ああ。倒したよ」
「た……倒した……んだ……。そうか……ぼくの母さんを殺した……目の前で殺した……あいつを……」
ススムの顔が、ひきつりながら口元だけ歪む。
両目は笑っていないのに、「へへっ」と声を漏らす。
和真はなんとなく察した。
ススムは、自分で仇を討ちたかった。
だが、それができないことはわかっている。
だから、せめて誰かに仇をとってもらえたなら喜ぶべきなのだ。
でも、喜べない。
「……君はもしかして、【一乗寺 ススム】くん?」
世代の問いかけに、ススムがピクッと反応する。
「そ、そうだけど……どうして?」
「いちずさんに聞いていた。そうか、君が……」
ひとり納得したように、世代が少しだけ目を閉じてうなずいた。
だが、すぐに彼はしゃがんで、ススムの目線に顔を合わせた。
「君の母親を殺した男は、【名月】と名のっていた20代の男だ。ボクは彼の魔生機甲を徹底的に破壊して、彼を捕らえた。でも、彼は自爆して死んだ。知っていることは、以上だよ」
彼はなぜか、そこまで説明した。
すると、その説明にススムも驚いたのか、目をパチクリしてからコクリとうなずく。
「君は、魔生機甲が好きなんだって? パイロット志望?」
世代は、和真が躊躇った話題を平気でふる。
和真は会話を遮ろうかと迷うが、それよりも早くススムの口を開く。
「好きだった! ……でも、魔生機甲は母さんを踏んづけて殺したんだ……」
「いや、違う。殺したのは名月だよ」
きっぱりと世代が言う。
「包丁で人が殺された時、包丁が悪いわけではないでしょう。魔生機甲だって、そんなひどいことをしたかったわけじゃないんだ」
「でも、魔生機甲は兵器だから、人殺しの道具だよ!」
「魔生機甲は、戦うために生まれたんだよ。そして戦いとは、殺すこととイコールじゃない」
「……よくわからないよ」
ススムがそっぽを向く。
それはそうだろう。
世代の言っていることは、屁理屈にも聞こえる。
子供が理解できる話でもない。
「でも、でも、ボクはパイロットになるよ! パイロットになって解放軍の奴らなんてみんなこ――」
世代の手が、その憎しみのこもった口を塞ぐそぶりでとめた。
そして、先ほどとはまでとは違う色を見せた鋭い双眸で、ススムの瞳の闇を覗きこむ。
「もう一度、聞くよ。魔生機甲のこと、好きじゃない?」
世代の視線に縛られたように、ススムは顔を背けられないでいた。
彼は低く「うっ」と唸ってから、開口する。
「好き……だよ。大好きだ! かっこいいし、乗りたいと思っていた。和真にーちゃんのように、かっこいいパイロットになりたい!」
「ならば、その大好きな魔生機甲を貶めないで。それは、あの名月がやったことと同じ行為だから」
「……え?」
「よく考えて欲しいんだ。君は、大好きな魔生機甲がどういう存在であって欲しい? 殺人の機械であって欲しいの? 復讐の道具であってほしいの? 君にとってのかっこいい魔生機甲って、どんなのなの?」
「ぼくにとっての魔生機甲……」
ススムがしばらく俯いて考えこむ。
それを世代は急かしたりしない。
我慢強く無言で待つ。
だから、和真も同じように待った。
「ぼくは……ぼくの魔生機甲は、正義の味方で、お姉ちゃんや、みんなを守るかっこいい魔生機甲がいい!」
和真は横から見ていて驚いた。
ススムの瞳から、闇が薄らいでいたのだ。
「でも……でも、ぼくは解放軍の奴らを許せない!」
「許す必要はないよ」
世代は微笑しながら、足下に置いていたバッグを探り始めた。
「許すことはない。だけど、魔生機甲をかっこ悪い存在にすることだけはしないでね。それを約束できるなら……これを君にあげる」
そして、バッグからとりだした1冊の魔生機甲設計書をススムにさしだした。
突然のことに、ススムは目をパチクリとさせて唖然としてしまう。
魔生機甲設計書は、たとえ何も書かれいてなくても非常に高額な商品だ。
おいそれと買えないし、ましてや簡単にあげられるものではない。
しかも、そこに描かれているのは、当然ながら世代の魔生機甲だろう。
大会で圧倒的な強さを見せた魔生機甲。
さらに解放軍を追いはらった魔生機甲。
それらを生みだした魔生機甲設計者の魔生機甲設計書ならば、喉から手が出るほど欲しい人はたくさん居るはずだ。
今では、いくらの価値があるかさえわからない。
「開いてごらん」
世代に促されて、ススムは魔生機甲設計書を開く。
そして、ひと目見た瞬間だった。
ススムの瞳から、闇が完全に消えたのだ。
「す、すごい! すごいかっこいいよ、お兄ちゃん!」
子供らしい、満面の笑みが浮かぶ。
「だろう? 君が、その魔生機甲を大好きなまま、いつか乗れるようになったら、きっとよりかっこよく構築できるはずだ。だから、絶対に大好きな魔生機甲に、嫌な役目をさせないでくれ。そして、亡くなったお母さんの分まで、お姉ちゃんを守るんだよ」
「うん!」
新しく得た夢に、晴れやかな顔を見せるススム。
母親を亡くした怨みが、なくなったわけではないだろう。
この一瞬だけ、和らいだに過ぎない。
たぶん、またしばらくすれば、その怨みや哀しみがわいてでてくるのかもしれない。
しかし、和真にもわかった。
きっとススムは、この魔生機甲設計書を開くたびに、それらの闇を払って、正しい道を歩もうとするだろう。
ひと目見ただけで、そこに描かれた魔生機甲には、それほどの魅力と、そして愛情があることを和真にも感じさせた。
(これが、東城世代の魔生機甲なのか……)
世代の描く魔生機甲の強さは、もちろん十分わかっていた。
だが、それだけではない。
彼の魔生機甲には、強い想いが眠っている。
それこそが、彼の魔生機甲の一番の魅力なのだ。
「それから……はい、これ。和真さんの分ね」
そう言って、無造作にもう1冊、世代はバッグから出して渡してきた。
まるで配達員が荷物を渡すかのように、当たり前のように差しだすから、つい反射的に和真もそれを受けとってしまう。
「…………」
だが、和真はそれを開くことはしなかった。
「俺は、おまえから魔生機甲設計書を受けとる理由などないはずだが? どういうつもりだ?」
まるで怒りをぶつけるように、和真は問いつめた。
だが、立ちあがって、こちらを見つめてくる世代は、まったく怯んでいない。
「それは、ボクからのお願いですよ」
「お願い? なんだ、それは?」
「さっきも言ったとおり、ボクは解放軍に狙われているらしい。そして、これからも奴らは、ボクを狙って来るかもしれない。この街にいれば、また迷惑をかけることになる」
「…………」
「だから、ボクはこの街を出ていくことにしたんです」
「……本気か?」
「もちろん。明日には国務隊が到着するらしいから、面倒が起きないうちに今日の内に出発します。もう準備はできているしね」
「いちずは……一緒に行くのか?」
「うん。悪いけど彼女も、そして双葉も、もう関係者だからね。置いておけない」
「……そうだな」
「だからね、あなたには双葉の両親も含めて、このいちずさんのふるさとを守って欲しいんです。この魔生機甲は、そのための力がありますから。……ああ。これで対戦試合にでるような野暮はしないでくださいね」
「待てよ。そんなことより、なんで俺なんだ? それなら警務隊に魔生機甲設計書を渡せば……」
「悪いけど、今の警務隊は信用できない。彼らにボクの魔生機甲設計書は渡せない」
「そりゃ、そうか……」
憧れの警務隊、正義の象徴の警務隊に犯罪者がいたことは、和真も聞いていた。
もちろん、大きなショックだった。
しかし、警務隊には双葉の父【大介】もいる。
きっと、信用できる警務隊に立てなおしてくれることだろう。
そうは信じているが、一朝一夕にできる話ではない。
「だから、警務隊が正しくこの街を守るまで、それを使って守って欲しいんです」
「むしがよすぎるんじゃないか? 俺がやらないといけない理由はないはずだが」
「そんなことはないでしょ。もともと和真さんは守りたいと思っているはずだと、いちずさんが言っていたよ。それに、その代金として、その魔生機甲設計書は十分なはずだと自信もあるけど?」
「…………」
世代の言うとおりだった。
和真は、もともと街を守るために、今度こそ敵が現れたら戦うつもりだった。
それに、世代の魔生機甲設計書なら、代金としてはおつりが来るほどだ。
悔しいが、彼の言い分に反論の余地はない。
「この魔生機甲は、和真さん専用になっています。他人は乗れません。そしてあくまで、実戦用です。取り扱いは注意してくださいね。たぶん、パイロットの腕前を考えると、今のところこの付近では最強の魔生機甲だと思うし」
「……ふん。なに言ってる。おまえもすごい腕前らしいじゃないか」
「でも、ボクは魔力がないんです。だから、1人で操縦どころか、構築さえできないんです」
「はあ? 魔力がない……だと?」
「そう。つまり、魔生機甲乗りとしては、欠陥があると言うことなんですよ」
「そんなことがあるのか……」
「ちなみに、魔生機甲の名前はつけていませんから、好きにつけて良いですよ」
「……え? 俺がつけるのか?」
「ええ。魔生機甲を愛せる名前をつけてくださいね。……ああ、【アイ・ラブ・いちず】とかどうですか?」
「――つけねーよ!」
結局、魔生機甲の名前は、世代がつけることとなり、【雷獅子】と命名された。




