Act.0065:この年で漏らすとは……
フォーは、世代に言われた言葉を思いだしていた。
――《《ある意味で無敵》》の強さだよ。たぶん、反則級だ。
(……確かに、これは反則。想定外ね)
彼女は【ヘクサ・ペガスス】で、目的の【木通】に向かいながら、魔生機甲設計書を読んで納得してしまった。
この世代から与えられた、【魔女の天馬】という意味の魔生機甲は、いちずたちに与えた3機とは、コンセプトがまったく異なる物だったのだ。
先の3機の魔生機甲は、もともと対戦試合で勝つことが目的とされていた。
決められた空間での戦いということが主体で考えられており、基本的には中距離から近接戦闘型である。
また、実戦装備もされてはいたが、試合でも魅せる戦いができるように考慮されていた。
しかし、このフォーが与えられた【ヘクサ・ペガスス】は、対戦試合で使うことがまったく考えられていない。
世代はこの魔生機甲を【領土制圧機体】と呼んでいたが、別の言い方をすれば【長期戦闘対応遠距離型魔生機甲】であった。
汎用型のヴァルクと同じように、縛りなく作られており、まさに実戦で目的を果たすための兵器。
そのため、対戦試合では必要なさそうな装置まで付いている。
さらに初期のレベル25から、フォー専用に装備が追加され、そのレベルは42にまであがっていた。
ちなみに魔力強化されたフォーは、レベル50までの魔生機甲を余裕で扱える。
それでも、このレベル42に搭載された多くの特殊な機能に、ついていくのがやっとだった。
なにしろ、今まで見たことがない機能ばかりなのだ。
その中のひとつが、強力な【結界発生器】だ。
これはパイロットの魔術結界生成を助ける仕組みで、ヘクサ・ペガススを容易にまるまる結界に包みこむためのものだった。
今は【幻像結界】という視覚をごまかす結界により、隠蔽飛行が行われている。
さらに風魔法ではなく、浮遊魔術で飛行しているためほとんど音もならない。
この巨体が悠々と空を飛んでいるというのに、気がつく者は誰ひとりいなかった。
もちろん、それには多くの魔力を消費するのだが、それをサポートするための機能もついていた。
それが、【魔力吸収蓄積装置】である。
前腕部と脚部に付けられた、平たいリング状のパーツには内側に魔法陣が形成されるようになっており、それが大量の魔力を吸収する。
その魔力は、全身を構成する神聖黄金銅を通りながら、最終的に背部にある魔力タンクに蓄積された。
魔力タンクは、わずかながら魔力を蓄える性質のある魔光石を薄く積層構造化し、狭い体積で効率よく魔力を蓄えられるようになっている。
フォーはその豊富な魔力を使って、白鳥を思わす翼から魔力流を流し浮遊魔法を発動させていた。
「……あそこね」
【木通】の町に到着すると、フォーは機体をある庭に巨体を静かに着地させる。
体からは考えられないほど、細く尖ったデザインの足が地面に刺さる。
そのまま、音も立てずにヘクサ・ペカススの片膝をつかせた。
改めて、周りを見回す。
町は、ひどいありさまだった。
街の90%は、すでに焚き火あとのようになっていた。
まともに残っているのは、目の前にある町長の屋敷だけだ。
もちろん、偶然残ったわけではない。
捕虜を集めておく目的のためだけに残されていたのであろう。
(敵の人数の把握が必要ね)
彼女は、コックピットで大きく深呼吸をする。
これからやることには、精神統一が必要だった。
だが、その精神統一が、この魔生機甲では大変だった。
(気持ちよすぎるコックピットというのも問題。想定外ね)
この魔生機甲設計書を渡されたとき、いちずたちに注意を受けたことを思いだす。
――世代の魔生機甲は、気合入れて乗っていないと、気持ちよさに呑まれて大変なことになるよ!
全くその通りだと、フォーは我が身を見る。
今、彼女は頭以外、全身を覆うような、人型カプセルの中に包まれていた。
しかも、中身は下着さえつけていない。
服があるとカプセルに挟まってしまうためなのだが、それが余計に困った事態を生んでいた。
カプセルの内側は、ジェル状になっていて素肌を包みこんでいる。
それが、異様に気持ちいいのだ。
しかも、そこにいないはずの世代の存在を感じてしまう。
まるで、裸の世代にギュッと抱きしめられている気分である。
少しでも気合を抜くと、ゾクゾク感が次から次へと背筋を登ってくる。
そして脳天から背筋、そして下半身を襲ってきて、気を失いそうになってしまう。
一方でこのカプセルは、全身を保護するだけではなく、魔力を効率的に吸収したり、逆に魔生機甲の感覚を直接的に伝えてくれたりする機能もある。
実際、レベル42の魔生機甲を操っているというのに、魔力の消費が異様に少ないのだ。
これだけ性能が良ければ、多少の短所は目を瞑らざるをえない。
(一概に短所とも言えないけどね……)
しかし、それを楽しむのはまた今度だ。
彼女は呼吸を整えて目を瞑る。
魔生機甲の髪の毛に、神経を集中した。
【ヘクサ・ペカスス】の銀色の長髪が、もぞもぞと動きだす。
髪の毛の一本一本がまるで生き物のように蠢き、少しずつ伸びていく。
そして、町長の2階建ての屋敷に絡んでいく。
その髪は今、フォーの感覚器の一部となっていた。
髪の先から得られた映像、魔力、音などをフォーは情報として得ることができる。
このコントロールは非常に難しく、魔力操作が得意なフォーでさえもかなりの集中力を必要とした。
だが、ぶっつけ本番にしては、恐ろしいほどうまく操れた。
魔生機甲の銀髪【遠隔魔力感覚器官】は、窓から覗いたり隙間から室内に伸びたりして、次々と情報をひろってきてくれる。
(……全部で5……6人。想定内ね)
中の様子が、手にとるようにわかる。
もともとフォーは魔力の感知力が高く、人の位置などをそこから正確につかむことができるのだが、この感覚器官の送ってくる情報はほぼ視覚情報と同じだ。
そして集中することで、聴覚情報まで拾える。
おかげで、無意味に惨殺された死体や、乱暴された女性の嘆きなど、見たくない、聞きたくないものまで拾えてしまう。
(本当に外道ね。だから、こいつらは嫌い。想定内ね。……行け!)
髪の毛が一斉に伸びて、その6人の首に巻きついた。
そして、その首を引きちぎるほどの勢いで締めつける。
それはまさに一瞬の出来事。
解放軍【新月】のメンバー6人を絶命させる。
さらに中の人間に、まだ出てこないようにと伝話の要領で音声メッセージを送る。
これだけのことが魔生機甲の中から念じるだけで、【遠隔魔力感覚器官】を使えばできてしまうのだ。
世代は、どうしてこんな物をイマジネーションで創りあげられるのだろうか。
フォーには、想像もつかない。
(あとは、あの偽物を……)
フォーは、敵の魔生機甲2機を見る。
偽物……と言ったが、その形は似ても似つかない。
【ヘクサ・ペガスス】は、白を基調にしたデザインをしていた。
頭は人型だが、冠と帽子が合体したような飾りがつき、後頭部には銀色の髪が首筋から背筋にそって、細く伸びている。
それはまるで馬の鬣のようにも見えた。
胴体は、スリムながら装甲はしっかりとついている。
しかし、その四肢は細い。
腕はまだしも、特に脚は非常に細い。
左手には太めの錫杖を持ち、背中に白い翼を生やしている。
まるで伝承にある天使を想像させる。
対する偽物は、大きな輪っかを背負った無骨なデザインだ。
(マスターではないが、美しくないね)
似ているところと言えば、掌の付け根につけられた【魔力砲】ぐらいだろう。
フォーは、その【魔力砲】を使うことにする。
ペガススを操作し、輪飾りがついた錫杖の頭をねじ込むように接続する。
すると、錫杖の石突き部分が開いて、錫杖は巨大な砲身となる。
「ロング・ヘクサ・バレル、イネーブル……」
このコックピットには、ほとんど物理スイッチが存在しない。
音声入力と、思念コントロールでほぼ行うようになっている。
その思念コントロールで、フォーはちょうど一直線上に並んでくれている、敵2機の魔生機甲の胴に砲身を向けた。
「ターゲットロックオン……【霹靂巨弾】!」
彼女が魔力をこめた。
だが何分、彼女も初めて使用する。
どのぐらいこめたらいいのかわからない。
だから、念のために《《全力》》をこめていた。
それが、まずかった。
フォーの魔力が、スーッと流れていく。
その時、彼女の体にゾクゾクとした強い快感が流れる。
直後、ペガススの手で形成された【霹靂巨弾】が、ペガススの【魔力砲】、そして錫杖でできたロングバレルで圧縮強化されていく。
砲門を飛びだす瞬間、それは圧縮から解き放たれ膨大なエネルギーとなって姿を顕わらす。
激しい輝きを放つ雷球のサイズは、魔生機甲の上半身をかるく呑みこめるサイズ。
それが爆音と衝撃波を立てながら、消し炭となった町の大地まで削り、敵の魔生機甲に襲いかかる。
「あっ、あっ、あ……」
フォーは、その衝撃音にブルッと体を震わせた。
そして次に目の前に展開された景色で、さらに体をブルブルと震わせた。
「マ、マスター……や、やりす…ぎ……これ……想定外……ね……」
フォーは、敵のコックピットを貫こうと狙っただけだった。
だが目の前には、敵の魔生機甲の部品一つ残っていなかった。
ただ、なにか魔生機甲を呑みこむほど巨大な物が通り過ぎ、そこにある物をすべて消滅させてしまっていたのだ。
まさに焦土。
そのあまりの光景に、フォーは大きな恐怖を感じてしまう。
そして、度重なる刺激が限界に達する。
「あっ! あああああ……あふっ!」
ぞくぞくと背筋から首筋、そして頬にあがってくる高潮感。
限界を超えてしまったあとの安堵感と恍惚感。
しばし、その感覚に囚われてしまう。
そして数秒後、我に返って1人で赤面してしまう。
「あ、ああ…………。ま、まさか……この年で漏らすとは……想定外ね」
密封されたカプセル内。
漏らしてしまえば当然、脚などに違和感があるはずだが、それは全くなかった。
この魔生機甲は、長期戦闘対応型である。
その上、簡単に乗り降りできない、カプセル型コックピット。
対戦試合と違い、より実戦を考えての生命維持装置機能も搭載。
つまり、トイレつきであった。
フォーの思念を感じて、自動的にその機能が作動したのである。
彼女はそのことに気がつき、ほっとした。
いったい、うちのマスターはどこまで考えて作っているのやらと思う反面、これなら気持ちよくなっても大丈夫だと安心する。
……そう思ってしまってから、彼女はすぐに首をブルブルとふる。
「ダメね! これ、安心感があったら、絶対に変態になる。想定外ね!」
これからも、絶対に気を引きしめてペガススに乗ろうと決めたフォーであった。




