Act.0063:もうすぐ片付きますえ
「――くそったれっ!」
四阿警務隊・大隊長【神守 大介】は、何度目かの罵倒を口にした。
それがまったく意味がないことだと言うことはわかっている。
だが、言わずにはいられなかった。
遠くで鳴り響く爆音。
聞こえないはずだが、聞こえてくる気がする阿鼻叫喚。
そんな中、自分はこんな街外れの街道で、大木に身を隠しながらなにをしているのかと、我が身を呪ってしまいそうになる。
もし、自分が自宅待機を食らわず、魔生機甲で出撃していれば……と、何度も考える。
だがすぐに、それが無意味な「もし」だと何度も自虐する。
それを何度も繰りかえす。
見ればわかる。
あの魔生機甲10機に、1機で立ち向かって何ができるというのだろうか。
いや。たとえ、敵が1機でも危うい。
魔法による遠距離攻撃に頼っている実戦型魔生機甲では、あの強力な結界と、正確な魔法攻撃の前に為す術もなく倒されてしまうだろう。
もちろん、近づければ勝てるはずだ。
しかし、あの魔生機甲の放つ魔法攻撃を避けて近づくのは至難の業だ。
いっそのこと、和真の操る【メルヘイター】のような高機動近接戦闘型の方ならば、希望があったかもしれない。
警務隊で魔法による砲撃戦に頼った魔生機甲をそろえてしまった結果とも言えるだろう。
「――くそっ!」
「落ち着きなはれ。ジェネはん……世代はんがいるんやさかい」
同じく木の影に隠れた、自分の娘と変わらぬ年の娘に、情けなくも慰められる。
だが、大介にしてみれば、その「世代」が信用できないのだ。
「しかしだな、世代って奴は魔力もないのだろう。魔生機甲をまともに操縦することさえ……」
「彼のヴァルクなら、そないなこと問題になりまへん。それにうちらは、もともと魔力でレムロイド、操縦したりしまへんのや。マニュアル操作なら、お手のもの」
「しかし、敵は警務隊の魔生機甲を簡単に退けた奴らだぞ」
「あん程度なら、10や20、うちかて相手できます。ましてや、【将軍】の字を持つ彼が、負ける道理がありまへん」
あまりに自信たっぷりな物言いに、大介は思わず苦笑いしてしまう。
「……ずいぶんと、買っているのだな」
「当然ですえ。彼は世界を制した男。うちが倒すべきライバル。そないに簡単にやられたりしはったら、うちが許しまへん! それに彼は、魔生機甲を愛しています。せやから、100%の性能を引きだすため、狂気の努力をしてますえ」
「狂気……」
「そや。それにもう、さっき銃声が4発、聞こえてます。つまり、もう4機は沈めとおはずや。あと10分もしーいうちに、決着がつきますえ」
「……ま、まさか」
クエの推測に、少し小ばかにしたような苦笑をしてしまう。
あの魔生機甲を一撃必殺で仕留めたというのだろうか。
大介には、とても信じられない。
しかし、それに対する反論をする暇はなかった。
「しーっ! お客様ですえ」
大介は、身構えて木の陰から覗き見た。
まだ遠いが、確かに馬車の姿が見えた。
(まさかこんなことになろうとは……)
家で待機を命じられていた大介は、クエと名のった世代の知り合いの少女を馬に乗せて、街道をショートカットして進み、ここで待ち伏せをしていたのだ。
そもそもクエが持ってきた情報は、さほど当てになるものではなかった。
まず、世代が解放軍【新月】とは関係ないという話から始まった。
世代の容疑は、彼らが流した嘘の情報だという。
そして、暴れている解放軍の魔生機甲は、盗まれた世代の魔生機甲設計書のコピー品だというのだ。
もちろん、証拠はなかった。
しかし、言われてみればおかしな話で、解放軍に魔生機甲を提供している人間が、目立つ新作魔生機甲を発表しながら、街中でのんびりと暮らしているわけがない。
それに、魔生機甲設計書の盗難届は確かに出されており、そのこととも矛盾はしない。
ならば、なぜ解放軍はそのようなデマを流したのか。
これもクエは説明した。
それは世代の作った魔生機甲を奪いたいというシンプルな目的のためだという。
さらに、世代の立場をなくして、彼自身も手に入れたいのだという。
もし、大介が世代の魔生機甲設計書を目にしていなければ、クエの言うことなど信じなかったことだろう。
たかが若い魔生機甲設計者1人に、そんな大袈裟な作戦をとるわけがないと思ったに違いない。
しかし、彼は娘が持ってきた【ジルヴァラ・カットゥ】の魔生機甲設計書をじっくりと見て、そのすさまじさを垣間見てしまっている。
あれが対戦試合ではなく、実戦で本気を出せば確かに警務隊の魔生機甲などものともしないだろう。
もし、あのカットゥと同クラスの魔生機甲が記載された魔生機甲設計書が、3冊も解放軍の手に渡ったら……これは確かに恐ろしいことだった。
実際、盗まれた魔生機甲設計書からコピー品がこうして作られ、猛威をふるっているのだ。
クエからの情報によれば、あれでも劣化コピーらしい。
あれがオリジナルだったらと考えると、背筋が寒くなる思いだった。
だが、解放軍が欲しがっている魔生機甲設計書を警務隊に鹵獲させてどうするのかという問題がある。
それに対するクエの説明が、内通者だった。
要するに裏切り者がいるというのである。
もちろん、大介は最初、否定した。
警務隊にそんなものがいるわけがないと。
「そない言うなら、解放軍がつこーてる魔生機甲が、世代はんのという情報、どこぞから来たんです?」
それはもう1人の大隊長【キース・ワーグナー】からだった。
頭にシルバーヘアーが混ざった、大介より一回り年上で、先輩に当たる人物だ。
ちなみに大隊長は2名制度で、警務所長をサポートする役割を担う。
また、大隊長は必然的に次期所長候補でもある。
そういう意味で、キースは大介にとってライバルでもあった。
「あんたはんを今回の任務から外したのは、どちらはんでっしゃろ?」
それもキースだ。
「没収した魔生機甲設計書はどうなってはりますの?」
警務所にいた部下に連絡して聞いたみたところ、それもキースだった。
普通は、没収品の保管場所に入れておくのだが、証拠の品としてまちがいないか専門家に見せると言って持ちだしたというのだ。
「隣町が襲われた、この非常時、大隊長2人ともいーひんとは、ずいぶんと余裕でおますなぁ」
「…………」
そこまで来れば、さすがの大介も疑いたくなる。
確かに腑に落ちないことも多く、なによりこのままでは娘の双葉までテロリストの一味ということになってしまう。
だから、クエの口車に乗った。
自宅にいて呆けているよりは、よっぽどマシだと思ったのだ。
ただ、危険があるかもしれないと言うことで、妻の【桜】は別の街に逃げさせた。
そして今、部下から得た情報の通り、向こうから馬車が一台やってきた。
小型軽量の4人乗り用馬車で、屋根も飾り気も特にない。
全体は朱色に塗られていて、警務隊の青色の馬車とは異なっていた。
後部座席にキース、そして前部席に彼の部下が2名乗っていた。
3人とも、警務隊の服装をしていなかった。
その時点で、ほぼクエの話を大介は確信することになった。
「部下がいますなぁ。どないします?」
「ここまできて、引き下がれるか……。君は、ここに隠れてろ」
大介はいつものジンクスとして、自慢の顎髭を一度だけ撫でる。
こうしてから出撃して負けたことは今までないのだ。
そして、腰に下げた剣のロックベルトをはずしてから、ゆっくりと道の真ん中に歩みでた。
クエの安全のために、少し前に歩みでてから、大きく両腕を横に広げて道を塞ぐ。
「その馬車、止まれ!」
馬車は5メートルほど前で素直に止まった。
大介は、御者席に座っている2人の顔をにらむ。
その顔は、見知っている者たちだ。
「神守大隊長、自宅待機のはずの貴殿が、なぜこんなところにいるのかね?」
後部座席のキースが席から降りながら、訊ねてきた。
その手には、しっかりと剣が握られている。
御者席にいた2人も席を降りる。
すでに剣呑な雰囲気を漂わせている。
(……ちょっとやべえかな)
大介もクエも、裏切るならキースの単独犯だと思っていたのだ。
1対3で戦うことなど、考えていなかった。
「キース大隊長こそ、こんなところでなにを?」
「我らは、極秘任務にて行動中だ」
「街があんな状態なのに、それを放置してもかまわない極秘任務ってのがなんなのか、ぜひ聞かせていただきたいものですな」
挑発的な態度で、キースの眉間に皺が寄る。
「貴殿に説明する義務はない! そう言う貴殿こそ、こんなところにいないで、救援にむかえばよいではないか」
齢60を迎える老兵は、その武勲の歴史を感じさせるように迫力がある睨みを利かす。
だが、大介とて同じく大隊長だ。
気迫で負けることはない。
「それが、こちらも極秘任務なんですよ。内通者探し……っていうね」
「ほう。内通者探しと? それはまたおも――」
「――危なっ!」
そこに響いたのは、クエの声。
それで気がついた。
キースの背後に隠れていた部下の1人が、弓を構えている。
とっさ、剣を抜く。
矢が放たれる。
だが、大介は対応できる。
体をさばいて飛来する矢を避け、一連の動きのまま剣をふるう。
しかし、キースを狙った刃は簡単に避けられてしまう。
「ちぃーっ!」
抜かれたキースの剣が頭上から襲ってくる。
大介はそれを自分の剣でさばく。
「あの女を逃がすな!」
キースの命令で部下の弓矢が、木の陰から出てきたクエへ向けられる。
(――まずい!)
助けにいこうとするが、間にキースが割りこむ。
キースの剣技は、大介とほぼ同等だ。
力ずくで押しとおすことなどできない。
「逃げろ!」
「――!」
クエが走りだす。
だが、まにあわない。
「ハイヤー――ッ!!!」
そこに道の横の木の上から、ピンクの影が飛びだしてくる。
「――ぐはっ!」
弓を構えていた男が、その影に真横から思いっきり蹴り飛ばされる。
そのまま蹴られた男は、地面に何回転もして転がりピクリとも動かなくなる。
「なんだ!?」
残った部下が、その影――ピンクのチャイナドレスの娘に剣を向ける。
しかし、その部下は不意に後ろから肩をたたかれる。
「へっ!?」
ふりむいたとたん、部下が腹部に突きを食らいその場に沈んだ。
それを行ったのは、青い長衣をまとった青年だった。
「なんだ貴様達!?」
キースが動揺する。
同じように動揺しながらも、その隙を大介は見逃さなかった。
大介の剣が、キースの剣を弾き飛ばす。
「しまっ――!」
最後まで慚愧を口にさせなかった。
一瞬で喉元に刃を当てる。
「くっ……」
キースが屈辱的に口をならす。
「いきなり襲いかかってくると言うことは、予想通りと言うことですね。残念です、キース大隊長」
「…………」
大介は呪縛環という魔術道具で、キースの腕と胴、そして足を拘束して転がした。
拘束された者自身の魔力で束縛する金の環で、警務隊で使われている道具だ。
キースの顔が見たことがないほど顰められる。
普段、自分たちが犯罪者を捕まえるのに使う道具で束縛されるのは、非常に屈辱的なのだろう。
だが自業自得だと、大介は冷めた目を向けた。
「さてと……」
問題は、突如現れた助っ人2人の若者の方だった。
2人はまだ20才そこそこというところだろう。
娘の方は、双葉と大差ないように見える。
だが、その体さばきを見てわかる。
2名とも、かなりの格闘術を身につけているようだ。
つまり油断はできない。
「君たちはいった――」
「ヤン! ウェイウェイ!」
答えたのは、歩み寄ってきたクエであった。
彼女は眉間に皺を寄せて、腰に手を当てて2人の若者を睨んでいる。
「なしてあんたはんたち、ここにいるんや!? 帰りなはれと言うたやろ!」
「だってよ。俺たちがもらう約束の魔生機甲設計書、クイーンが持ってんじゃねーか」
「そうなのですわ。そうなのですわ。さんざん、こき使われたのに、魔生機甲設計書もらえなかったら、ただ働きの大損なのですわ」
2人から反撃され、クエが「うぐっ」と息を呑む。
「ああ、もう! 少し待ちなはれ!」
クエが駆け足で木陰に戻り、すぐにそこにおいていたリュックをもってくる。
そして、そこからビルモアを2冊出すと、2人に手渡した。
「ほな、これが約束の品や。今までおおきに。とにかく、ここらは危ないさかい、これ持ってさっさと家に帰りなはれ!」
「……対戦試合で、ジェネとかいう奴の作った魔生機甲に勝つのが、魔生機甲設計書をくれる条件じゃなかったけか?」
ヤンと言われた青服の青年が、どこか不服な顔を見せる。
だが、クエはその表情を見もしない。
「事情が変わったんや。あんたはんら、ここは危険や。死にとうなかったら、はよう帰りや」
「さっき、自分の方が死にそうになってたのですわ。ですわ」
ウェイウェイのツッコミに、クエが「うぐっ」とまた声を詰まらす。
「や、やかましいおます! とにもかくにも、2人になんかおましたら、あんたはんたちの親御はんに申し訳たちまへん!」
「なんだよ、それ。オレより年下のくせに。クイーンはオレのねーちゃんかよ!」
「精神年齢ではうちのが年上。ねえさんのようなもんや」
「…………」
ヤンもウェイウェイも不服を隠さずに頬を膨らませる。
そして2人は、互いに一瞥する。
「ねえさんね……それなら!」
ヤンが、クエのリュックをヒョイと奪いとった。
そして、自分の魔生機甲設計書をその中に戻してしまう。
それに続いて、ウェイウェイも自分の魔生機甲設計書をリュックにしまう。
「ほい。このぐらい持てよ!」
そのリュックをヤンが、クエの胸元に押しつける。
わけがわからないまま、クエはそれを受けとってしまう。
「な、なんやの……?」
「しっかりしてそうで、ちょっと抜けてる、あぶなっかしい、ねえちゃんの面倒を見るのは、しっかり者の弟の役目だろ」
「クイーンひとりじゃ、すぐに殺されるのがオチなのですわ。すぐに殺されるのがオチなのですわ。……大事なことだから2回言いましたのですわ。というわけで、ウェイウェイも用心棒をやってあげるのですわ」
「ヤン、ウェイウェイ……」
先ほどまで顔を顰めていたクエが破顔した。
「もう。しゃーないなぁ。用心棒、しっかり頼みますえ」
「代金はレベルアップで頼むぜ!」
「頼みますですわ。ですわ!」
「はいはい」
三人が穏やかに笑いあう。
それを見て、やっと話がついたのかと、大介は声をかける。
「話が一段落したところで、まず助けてくれて感謝する、2人とも。それから、ここに東城世代の魔生機甲設計書3冊もやはりあったぞ」
彼らが話している間にも、大介は部下2人も拘束し、馬車の後部座席に無理矢理詰めこんだり、証拠の品がないか探っていた。
あいにく証拠は見つからなかったが、「極秘指令」なるものがどこから出たのか確認できれば、それだけで十分な証拠となるだろう。
それに、今回の街の被害の責任も、キースにかかるはずだ。
たとえ、解放軍とのつながりを証明できなくとも、彼に権力はもうなくなる。
これで解放軍に危険な戦力を与える危険性は排除できた。
あとは、街にいる解放軍を追いだすだけだ。
「オレら、やってこうか?」
ヤンが軽い口調で提案する。
まるで、ちょっと買い物に行ってくるぐらいのノリだが、もちろん街を襲っている魔生機甲を倒してこようかという話だった。
だが、クエが首をふる。
「ダメや。今、行ったら、すぐ沈められてしまいます」
「おい、クイーン! あんたの造った魔生機甲に乗ったオレたちが、あの程度の解放軍にやられるってのかよ!」
「ですわ! ですわ!」
むきになるヤンとウェイウェイに、またクエが首をふる。
「まさか。そないなわけあらへん。あんたはんたちなら、あんぐらいの解放軍、簡単ですえ」
「それなら……」
「うちが言うてるのは、ジェネはんにまちがえて攻撃されたら危ないいうことです。まあ、ジェネはんなら、デザインで気ーつくかもしれへんけど……」
言いながらも、クエが街の方を見る。
「それに先ほど、大きい爆発音がしましたなぁ。あれ、ミサイルポッドでっしゃろ。街中では使えへんさかい、世代はんなら平原ある山の裏ん方に釣った……。あの爆発音やと倒した数は数体……うん!」
クエは何かを確信したのか、深く一度うなずいた。
そして、白いフリルのワンピースを舞わせながら、くるりとふりむく。
そこには、満面の笑顔があった。
「安心しなはれ。もうすぐ片付きますえ」
その表情にある、世代の実力に対する絶対の信頼。
それを感じて、大介も、そしてヤンとウェイウェイも、何も言えなくなってしまうのだった。




