Act.0062:絶対に、火種を絶やすな!
正直、名月にとって「日本王国からの解放」などという大義名分は、どうでもよかった。
そもそも日本が侵略を行った時に、自分は生まれてもいなかった。
生まれた時には、もう日本王国が支配している世の中だったが、独裁による民衆への圧政や、人種差別などまったくない。
それどころか、ほぼ統一状態になったため、国同士の摩擦も減っていて、大きな戦争もなく、全体の生活レベルは向上し文化レベルは上がりつつあった。
要するに、わりあい平和な世界に生まれたのだ。
名月は、それが気に入らなかった。
搭乗している魔生機甲のモニターに、2階建て木造の街並みが見える。
ふと足下近くを見ると、この街では少し大きめの建物がある。
きっと周囲より金持ちで、幸せな家族が住んでいると想像しやすい豪勢な見た目。
しかし、魔生機甲の腰よりも低い建物。
言葉に表せない不快で愉快な感情がわきあがり、名月はそれを蹴りあげてみることにした。
それは、本当に簡単だった。
魔生機甲のしっかりとした脚が、家に食いこみ、その半分を引きちぎった。
子供が癇癪を起こして、積み木を蹴り崩すかのようにかるい気持ち。
ちょっと楽しい。
木片が、豪快な音を立てて飛び散った。
まるで、お皿にくっついたスポンジケーキでも蹴りあげている感覚だ。
一軒丸ごとぶっ飛べば、もっとスッキリするのにと思いながら、魔生機甲の掌をその家屋に向けた。
「――【火弾】!」
魔法の力を伝えると、魔生機甲の掌についていた丸い筒状の中から、炎の弾が弾きだされる。
目の前の家が、その火力でぶっ飛んだ。
今度こそ本当に丸ごと、吹き飛んだのだ。
火の粉をまき散らしながら宙に舞う。
まるで地上に放たれた花火のようだ。
何度見てもこの威力はすごいと、名月は恍惚とした色を双眸に浮かべる。
掌に付けられた筒は、魔生機甲設計書の説明によると【ヘクサ・バレル】というらしい。
魔力の放出を強化する魔法陣が、バレルの内側にらせん状に刻まれており、そこを魔力が通っていくことで、増幅された魔法が発動するという仕組み……ということなのだが、10人以上集めた魔生機甲設計者のうちに、これをコピーできる者は3人しかいなかった。
しかも、その3人もオリジナルのようなイメージ力はなく、劣化したものしか作れない始末。
だが、それでもこの威力だ。
名月は、その力に陶酔してしまう。
「やべえなぁ。年甲斐もなく興奮するぜ、この【フルムーン・アルファ】ちゃん。……ん?」
その濁った瞳に、逃げ惑う親子が映る。
30メートルほど離れた場所。
子供は10才ちょっとの男の子だろうか。
そして、その母親なのだろう。
手をつないで、懸命に逃げている。
「いいね。そうだ。足掻け。生きのびろよ。ただし……」
名月はかるく【フルムーン・アルファ】を跳ねさせて、その親子の近くに着地する。
風圧と振動で、親子が転ぶ。
そこに向けて、ゆっくりと足を片方持ちあげた。
「ほら、踏むぞ……どうする?」
足の裏には、親子を完全にとらえていた。
もう間にあわない。
と、その時に子供だけが、足の裏から視界に現れて転がった。
母親がとっさに、子供を突き飛ばしたのだろう。
「よおおおおぉぉぉーし! そうだ! そうだよ! 偉いぞ、お母さん! 子供は助けないとなぁ〜」
そのまま巨大な足を何の躊躇もなく踏み降ろさせる。
ズンッという振動。
名月は、その踏みつけた感触を味わう。
もちろん、人を一人踏みつけた……そんな感触は伝わってこない。
魔生機甲の重量で考えれば、踏んだことさえ気がつかないだろう。
だが、名月にはわかる。
今、ひとつの命が足の下で失われた。
その伝わってこないはずの感触を味わい、それを哀れむ。
「ああ……。我が子を助けるため、自らの命をかける……。ああ、なんと愛おしいことか!」
名月は碧眼に涙を蓄え、そして嗚咽をもらす。
「愛のために死ぬ……うおおっ……辛い! なんて、辛いんだ……辛い……辛いよなぁ〜……オレにはわかんねーけどさ」
そして、モニターの向こうで母親の目の前での死を悲しむ子供を眺める。
わけがわからず、そこで跪き、泣きじゃくっている。
「ああ。子供よ。だめだ、お前に泣いている暇などないのだよ。お前は生きのびなければ……」
名月は母親を踏んだ足とは、逆の足を持ちあげる。
「ほら……ほら……ほらっ! ……逃げて……逃げるんだよ…………逃げろ!!」
まるでその声が届いたかのように、足の裏を向けられた子供はその場から走って逃げだす。
燃えさかる家の間をぬけて、戦火の少ない方に向かっていく。
「――そおぉぉうだ! 走れ! どこまでも逃げろ! 生きのびろ!」
先ほどまでの泣き顔が、今は爽やかな笑顔に変わっている。
嬉しかった。
名月は、子供が逃げて生きのびてくれることを心から祈った。
「おまえは生きのびるんだ。そして、目の前で母親を無残に殺されたことを忘れず、強く、強く、強く生きるんだ……くっ……くくくくっ……」
コックピットの中で、また名月は恍惚とした表情を浮かべる。
「強く……恨め。恨め……。そして、復讐を誓え! おれを許すな! 解放軍を憎め! 争いを起こせ! おまえも同じように誰かを殺し、恨まれるのだよ! 絶対に……絶対に、火種を絶やすな! アハハ……アハハハハハ!」
――ピィー!
警告音が鳴り響き、名月は唐突に笑いを止めた。
その顔には、先ほどまで泣き笑いをしていた様子はまったくない。
まるで正気に戻ったように、いつものシニカルな顔つきに戻る。
「……まだ残っていたか、警務隊の魔生機甲」
名月は、フルムーン・アルファを後ろに向けた。
周囲を見ると、味方機のフルムーン・アルファの姿が数体見える。
その形は、オリジナルの【ヘクサ・ペガスス】と比べて、かなりの部分で変更が加えられていた。
たとえば、オリジナルの足はかなり細く作られていた。
それに対して、フルムーン・アルファは太めに作られている。
理由は、オリジナルが「空を飛ぶ」ということを考えて作られていたのだが、コピーではそれを再現できなかったのだ。
多くの者が「こんな重い魔生機甲が空高く飛ぶわけがない」という固定観念があり、飛ぶイメージが強くできずに活性化できなかった。
そのために、逆にしっかりとした脚が設計され、地上戦での安定性を重視させたのである。
また、そのために翼も排除され、代わりに後光のような大きな円形の魔力吸収アンテナがつけられた。
それが、【フルムーン】という名前の由来にもなった。
組織の魔生機甲設計者たちは、そのアンテナを自分たちのオリジナルだと言っていた。
だが、名月は気がついている。
実際は【ヘクサ・ペガスス】の武装や手足についていた輪っか状のオプションを大きくした流用アイデアにすぎない。
他にも飛ばないことで、逆にボディに装甲が追加され、元のイメージよりもかなり鈍重なイメージになっている。
頭の形も異なり、特に長い髪の毛のような装飾があったが、そこに書いてあった説明が誰一人理解できず、けっきょく採用されていなかった。
結果、オリジナルの【ヘクサ・ペカスス】のレベルが25に対して、劣化コピーの【フルムーン・アルファ】のレベルは18に収まった。
そして見た目も、ほとんど違うものになっていたのだ。
だが、強力な魔法攻撃を放つ【ヘクサ・バレル】と、魔力強化機能、それに精度の高い動作があれば、十分だった。
接近戦能力は皆無であったが、そもそも敵を寄せつけない。
敵の魔法攻撃は、魔力強化機能を使って作った強力な魔力障壁が無効化する。
そして、遠距離から放つこちらの魔法も強力。
的確に敵を貫き、粉砕する。
まさに一方的だった。
今もまた、目の前でその一方的な殺戮が行われた。
出てきた警務隊の魔生機甲のコックピットが、魔法で作られた石の矢で貫かれている。
一撃必殺。
この正確な射撃能力も、この魔生機甲の高い能力のひとつだった。
「つまんね……」
そんな風に興奮も冷めつつ、名月がこの戦いに飽きてきたころだった。
「……はん?」
今まで聞いたことのない、なにかの発射音らしきものが2つ、どこからか響いた。
――ズーン!
続けて、背後で何か巨大なものが倒れる音がする。
それも2回。
魔生機甲をふりむかせると、そこには味方機2台が力なく倒れている。
コックピットに風穴を開けて……。
「なんだ!? どこからだ!?」
〈リーダー! 西の山の上です!〉
仲間からの通信が入り、名月はあわててそちらを見る。
高い山と、傾きかけたまぶしい太陽。
他に何も見えない。
「なんにもいねーじゃんかよ! とにかく魔力障壁を強化しろ!」
そう言いながらも、自分も魔力を送って魔力障壁を張る。
周りを回すと、味方機が次々と魔力障壁を張っている。
とりあえず、これで大丈夫だ、そう名月が思った瞬間だった。
〈――また現れました!〉
その声に、また山の上を見る。
――それは確かにいた。
まばゆい太陽を背に、黒い塊のような影。
逆光でよく見えないが、その塊は太陽の輪郭よりも広がる光の粒子がある。
「つ、つば……さ? と、飛んでやがるのか……」
通常の魔生機甲よりも一回りは大きそうな巨体が、太陽の前で静止している。
その姿は、まるで太陽の中から現れた神のようにも見えた。
その神の手らしきものが、地上に向けられる。
光がそこから放たれる。
先ほどと同じく、聞いたことのない発射音。
その光が、2機のフルムーン・アルファのコックピットを正確に撃ちぬく。
魔力を打ち消し跳ね返す魔力障壁など、まったく無意味だ。
それは、まるで神の下した制裁の鉄槌。
コックピットごと魔生機甲設計書を失った魔生機甲は、糸が切れた操り人形のように、その場に崩れた。
それはもう魔生機甲ではなく、ただのパーツに過ぎない。
神の怒りに逆らうことは能わず、2機のフルムーンが地に沈んだのだ。
そして、その裁きをくだした太陽の神も、山向こうに沈んでいく。
「……神が沈むわけねぇよな……ふざけやがって!」
名月の退屈がぶっ飛んだ。
「1番隊は北から回れ! 2番隊はオレに続いて南から行くぞ!」
それがのちに、【四阿の月食】と呼ばれる戦いの始まりだった。




