Act.0060:業が深いでいいのかな?
世代は、完全に舐めていた。
過小評価していたのである。
何しろ、名前が【怪盗・魔法少女】である。
なんと恥ずかしい名前だろうか。
普通は「怪盗」ときたら、その後ろは名前のはずだ。
つまり「魔法少女」が名前だと言いたいのだろうか。
それは、「ザ・魔法少女」=「自分こそが魔法少女である」みたいなものだ。
なんとバカな名前なのだろうか……と思っていたのである。
だが彼女は、警務隊に見張られた自宅から、見事な手際で魔生機甲設計書を持ちだしてきた。
たぶん、あの見張りの警務隊は、未だに彼女が忍びこんだことさえ気がついていないはずだ。
なるほど、「怪盗」としてはバカにできない実力をもっているのだろう。
世代は、そう考え直した。
だが、魔法少女は言い過ぎだという部分は変わらなかった。
アニメの魔法少女のように、何でもかんでも魔法で解決できるはずもない。
しかも次の任務は、自宅から魔生機甲設計書を持ちだす事に比べたら何倍も難しいはずだ。
なにしろ警務隊が詰めている警務所の牢屋の中から3人を助けだす、つまり脱走計画なのだ。
ターゲットは、人間3人。
魔生機甲設計書のように簡単に持ちだせるものではない。
だから、時間はないが綿密な計画が必要だと思っていた。
ところが、【怪盗・魔法少女 フォー】は、そんな世代の予想の遙か上をいっていた。
「ここに検討材料はそろってるね。警務所の全体見取り図、ここ数日のシフト表、彼女たちが捕まっている場所の情報、その牢屋の鍵の仕組み」
「……これは、どこから出てきたの?」
「蛇の道は蛇。想定内ね」
ほとんど、クッキング番組のスタート状態のようである。
もうすでに、料理の材料は目の前にきれいに並べられていたのだ。
あとは料理するだけの状態だ。
「では、行ってくるね。マスターは、このクイーンの部屋で待ってるね」
「…………」
――10分経過。
「…………」
――20分経過。
「…………」
――30分経過。
「はい。助けてきたね」
「――って、早いよ! 早すぎるでしょ! なにその『これから30分煮込みます。ですが今回は、こちらに煮込み済みのものをご用意しました』ぐらい簡単に助けてきちゃうの!? 3分間クッキングですか!?」
世代はいつもツッコミされる側だが、今日は珍しくツッコミ側になる。
「3分? いや、作戦開始から救助完了まで、30分はかかっている。想定内ね」
「それでも早いよ! もっとスリル満点のドキドキシーンとかあるべきじゃないの?」
「そんないつもスリル満点だったら、怪盗なんて続けられないね。続けられるのは、リスクを極力少なくしているから。想定内ね」
まったくもって、もっともな意見だった。
そんな世代のクレームには、助けられた3人も喜びあう前に唖然としてしまっている。
「まあ、それでも今回は、かなり無理した方ね。もうすぐ見回りシフトの関係で寝かせていた監視員が見つかる。行動は急ぐね」
彼女がやった作戦は、確かに「無理した」感じの大胆さだった。
まず、なんと警務所にある牢獄棟という建物すべてを【想起結界】という魔術でまるごと囲ってしまったのだ。
【想起結界】は、大事な物を隠す時、魔生機甲のテストなどを隠れて行う時などに使われる魔術だった。
特定空間を【世界の記憶】という壁で覆うもので、外から見ると結界を張った直前の様子が固定されているから、中でなにがあっても外の人間は気がつけない。
さらに壁は周囲からの影響を「記憶を保持」することで無効化し、内部が完全に遮断される。
また内部の音や光も外にもれることはない。
通常、この魔法で建物のような物を囲むには、魔導師4~5人が必要とのことだったが、フォーはそれをたった1人でやってのけた。
法術を使うことができない世代でも、ある程度は勉強したおかげで、それがとんでもなく高等であるということは察することができた。
さらにその状態で、彼女は牢獄棟の中にいる者達を丸ごと寝かせたという。
あとは、3人だけを起こして救出し、姿を隠して逃走したのだ。
「OK、分かった。……フォー、君はすごい。【怪盗・魔法少女】をバカにしていてすいませんでした」
「……バカにしてたのか。本当に失礼。想定外ね」
世代は、フォーのジト目から逃げるように助かった3人の顔を見る。
「とにかく、みんな無事で何より。状況をかいつまんで話すね」
世代は、解放軍の事、自分が狙われていること、警務隊にスパイがいるらしいこと、クエが手伝ってくれていること、3人の魔生機甲設計書がまだ行方不明なことなどをまずは説明した。
「そこで、みんなに力を貸して欲しい」
「ああ!」
「もち!」
「無論!」
3人が躊躇いなく返事をしてくれる。
だから、世代も力強く頷いた。
しかし、いちずが不安そうに尋ねてくる。
「でも、どうやって誤解を解くんだ?」
「うん。それなんだけど、もう口で言っても信じてもらえないだろうから、関係ないということを示すために、解放軍を倒すことにする」
「た、倒す!?」
「主殿、そんな簡単には……。奴らには、主殿のデザインをコピーした魔生機甲があるのでしょう。さすがに生身では……」
不安そうなミカに、世代はサムズアップして答える。
「大丈夫。ヴァルクをとってきてある。これで【木通】の街のテロリストを追いだす。人質にとられるとまずいので、基本的には奇襲をかける。警務隊が来る前に動かなければならないから、簡単に説明するけど……」
「――マスター、警務隊はもうこないね」
唐突に、フォーがとある壁の方を見つめながら口を挟んだ。
その瞳は、まるで壁の先を見るように視点があっていない。
「どうしたの?」
「解放軍【新月】の魔生機甲が来たね。その数、約10機」
「……え?」
途端、激しい地響きと共に爆音が鳴り響いた。
「きゃあぁぁっ!」
「うわっ!」
小さな悲鳴があがる。
あまりにも激しく方向までは分からないが、フォーが見つめている方角だとすれば警務所のあるところである。
「……まさか?」
「警務所が襲われた。想定外ね」
「……やばいな。まずは、こっちを片づけないと」
「でも、【木通】の町の人たちを人質にとられちゃうとまずくない?」
双葉の言うことに、世代は低く唸る。
今回、彼の考えでは、自分たちは「正義の味方」になる必要性がある。
テロリストたちを倒し、危険性のないクリーンなイメージを作るのだ。
それには、町の人たちを助けるというミッションも含まれてしまう。
いつもの世代なら、「まあ興味ない人たちがどうなってもいいかな」などと思ったかもしれないが、今はそういうわけにはいかなかった。
「フォーが【木通】に行くね」
そこにフォーから助け船がだされる。
だが、その助け船はあまりにも小さい。
確かに彼女は、怪盗で魔法少女かもしれないが、相手は魔生機甲を所有するテロリストだ。
「無理だよ、1人では」
「こっそりと人質達を逃がすね。もともとはフォーの責任。想定内ね」
世代は、下から見上げる強い意志を見せたグレーの明眸に貫かれる。
幼い見た目だが、この緊急事態でもっとも冷静で、もっとも頼りになったのは彼女だった。
彼女がいなければ、世代は仲間たちを見捨てて逃げるか、解放軍に身を任せるぐらいしかできななかったはずだ。
彼女がいるからこそ、勝機ができた。
その恩人たるフォーが、無茶を承知で命を懸けて責任を取ろうとしている。
さすがの世代でも、そんな彼女の想いを叶えさせてやりたいと思う。
もちろん、死なせないように。
「う~ん。一か八かだけど……」
世代は横にあったテーブルで静かに鎮座していた1冊の魔生機甲設計書を手にした。
それはかつて、フォーが盗んだ魔生機甲設計書だ。
彼は、それを彼女にさしだす。
「フォー、本当はいろいろと終わってからにしようと思ったけど、これを君にあげるよ」
「……え?」
さしだした魔生機甲設計書をフォーは恐る恐る手にした。
あまり表情を変えない彼女も、さすがにグレーのビー玉みたいな瞳をクリッとさせる。
「でも、これは……」
「自分の不始末をつけたいんでしょ。こいつで劣化コピーを潰してきてよ」
「マスター……いいのか?」
「いいもなにも、すでにこれはフォー専用になっているから、もうフォーにしか乗れないよ」
フォーの顔が、少しほころぶ。
その表情は、まるで子供がおもちゃをプレゼントされた時のようだ。
意外に幼い子に弱い世代は、つられるように微笑を見せてから彼女の頭を軽くなぜた。
「大丈夫。フォーが、こいつ――【ヘクサ・ペガスス】を乗りこなせれば、ある意味で無敵の強さだよ。たぶん、反則級だ。あくまで、乗りこなせればだけどね」
話している内にも、また激しい爆音が響く。
その範囲は、だんだんと拡がっている。
街の外れにあるとはいえ、この宿にも被害が近づいていることはまちがいないだろう。
ゆっくりはしていられない。
「感謝するね、マスター。想定外ね」
フォーが一度、ギュッと魔生機甲設計書を抱きしめた。
だが、すぐに表情を硬くする。
「でも、マスター、こっちの10機はどうするか? ヴァルクは稼働時間が短いと言ってたね」
「大丈夫。こっちにもまだ隠し球がある。……みんな」
世代がいちず、双葉、ミカの顔を順番に見る。
「一度しか練習してないけど、クアッドコアシステムを使うよ」
3人が寸時、驚きを見せるものの、すぐに力強く頷く。
その様子に世代は、ニヤリと口元を歪ませてしまう。
不謹慎だと言うことはわかっている。
今、どこかで人が死んでいることもわかっている。
それを行っているのが、自分の作った魔生機甲設計書のコピー品だと言うことも分かっている。
それでも、彼は笑みを止められない。
(こういうのなんて言ったっけ……。業が深いでいいのかな?)
彼のロボットに対する執着は、常軌を逸している。
それは自覚している。
だが、この極限状態でも、このような感情になるとはさすがに思わなかった。
新しいヴァルクのシステムを使えると言うだけで、彼はすべてを許容してしまいそうな気分だったのだ。




