Act.0054:父さん、力を貸してくれ!
油断をしていたわけではなかった。
だが、ほんの一瞬で300メートルの距離をつめられ、いちずが慌ててしまったのも事実だった。
「――速い!」
和真の駆る魔生機甲【メルヘイター】のナックルが、いちずの魔生機甲【フラム・ドラーク】の顔を狙ってくる。
「――ちっ!」
左腕につけられた盾を構え、それを打ち返す。
だが、思いの外、衝撃が強い。
盾と拳の間で陽炎が立つ。
パワーでメルヘイターを凌ぐはずのドラークがバランスを崩す。
そこに、回し蹴りが来る。
右の盾で、外受けする。
だが、これもまた力負けする。
今度はバランスを崩さないように、左後方に跳んで間合いをとる。
しかし、それをメルヘイターは許さない。
地面を瞬時に蹴ってくる。
爆発的な風を巻きあげながら、ナックルが迫る。
「――いつまでもっ!」
今度は、こちらから右腕の盾で拳をはたきに行く。
力は十分、乗っている。
ドラークの盾は、【フラム・スヒルトゥ】という。
魔術により断熱されているが、表面は異常な超高温状態になっている。
その高温の盾で、メルヘイターのナックルを見事に外へ払う。
そのままの勢いで、左手の大剣を横振りにする。
胴は狙えない。
狙うは、脚。
だが、その狙いは失敗だった。
バランスを崩したメルヘイターは、そのまま自ら横向きになる。
脚が瞬時にもちがあり、そして踵が落とされる。
恐ろしい正確さで、大剣の腹を横から地面にたたき落とす。
「――なっ!?」
もう片方の足があがる。
体をヒネリながら、その足がドラークのボディを狙う。
ドラークに避ける術はなかった。
モロに蹴られながら、背後にすっ飛ばされる。
唯一、大剣を手放さなかったのは僥倖だった。
ドラークは背中につけられたブースターを噴射し、なんとか転倒を免れる。
すぐさま大剣を構えて牽制する。
(わかっていたが……強い!)
各関節に風の自動魔法が組みこまれ、爆風を発生させて手足を加速させるのがメルヘイターの特徴だった。
だが、それを有効に使うには、並ならぬ反射神経と戦闘センスが必要だ。
また、消費魔力量もバカにならない。
メルヘイターをここまで操れるのは、この辺りでは和真だけだろう。
そして、そんな和真の猛攻に耐えられたのは、偏にドラークの性能のおかげとしか思えなかった。
(ダメだ……性能を生かしきれていない……)
本当はドラークには多くの装備があった。
だが、まだ操りきれない彼女は、それを封印せざるを得なかった。
相手を誤って殺してしまう可能性がある武器は使えない。
(まだ1つしかできないが、一発勝負をかけてみるか。【ドラーク・リダラ】システム……父さん、力を貸してくれ!)
◆
「じょーぶだな、おい……」
和真は、その頑丈さに驚いていた。
しかし、強さという意味では拍子抜けだった。
いや。たぶん、あのドラークという魔生機甲は、かなりの性能を誇るのだろう。
このほんの一瞬の戦闘でも、それは充分に伝わってきた。
だが、やはりパイロットがダメだった。
操りきれていないのだ。
(正直、もったいねーな……)
あれを自分が操ったら、どれだけ強くなれるのだろうかと考えてしまう。
篠崎屋の魔生機甲を宣伝するために契約している身としては、絶対に口に出すことはできないが、「乗りたい」と思ってしまう。
(しかし、あの盾はやっかいだ……)
ドラークの両腕につけられた、長細い六角形の盾は、高温に強いことで有名な金剛鉄のナックルをわずかに溶かしたのだ。
(いったい、どんだけ熱くなってるんだよ……)
熱をあれだけ放ちながら、あれだけの強度を保っていられるのは、魔力を高効率で発動できる神聖黄金銅に強化の魔術でもかけてあるのだろう。
普通の金属では、絶対にあり得ないことだった。
(ムカつぐらい、よく研究して作られている)
とにかく、距離をつめてあの盾を避けて攻撃を入れるしかない。
接近戦の技術は、いちずを遙かに凌いでいる。
不可能ではないはずだ。
まずはまた、距離をつめなければならない。
(さて。どんなフェイントで…………ん?)
ドラークの片腕がこちらに向けられた。
見れば、先ほどの盾と腕の間に2本の爪が顔を見せている。
そのうちの1本が飛びだした。
コックピットを狙えないため、脚を狙ったのだろう。
とっさに大きく飛び退くだけで、低い弾道の爪は地面に突き刺さる。
そのタイミングを狙っていたのか、ドラークも翼らしき物を広げて高速で突っこんでくる。
それは超低空飛行なのか、足は空中に浮いている。
「速いな!」
陽炎をまとった翼による移動は、メルヘイターさえも上回っている。
「――だが、遠い!」
この距離なら、十分に見切って攻撃できる。
メルヘイターも、地面を蹴って突進する。
だが、そこに予想外のことが起きた。
先ほど爪が刺さった地面が急激に盛りあがる。
「なっ!?」
それは、本当に1秒ぐらいのことだった。
(――なっ!? 魔生機甲!?)
騎士の形をし、片手に剣を持った真っ黒な魔生機甲が、地面から突如として現れたのだ。
そして、そいつが正面から剣をふりおろしてくる。
「――くっ!」
とっさに、和真はその剣にナックルを放つ。
上手くすれば、打ち返せるはずだ。
だが、意外にも剣は粉々に砕けた。
「――土だと!?」
その瞬間、正体がわかった。
それは硬質化した土の塊だったのだ。
だが、すでに遅かった。
剣を砕かれた土の魔生機甲は、両腕でメルヘイターをはがいじめにしていたのだ。
(まずい!)
と思った瞬間、足下に陽炎をまとったドラークの姿がある。
大剣が横に走る。
土の魔生機甲の両脚と共に、メルヘイターの両脚にも大剣が走る。
(……うそ……だろ……)
メルヘイターが倒れる、コンマ何秒の時間。
和真はこれまで味わったことのない絶望感を味わったのだった。




