Act.0005:知らないよ?
「盗人め! 父の形見、私のビルモアを返せ!」
その美少女の迫力に、向けられた灰色の大剣の迫力も加わり、世代はかなり圧倒されてしまう。
年齢はあまり変わらないようだが、たいして鍛えていない彼に比べて、彼女の体はあきらかに引きしまっている。
(……うん。勝てないね)
世代の頭の中から、「戦う」という選択肢が消えた。
もちろん、本来は戦う必要性などない話だ。
なにしろ、身に覚えがない。
何を盗んだのかわからない。
「返せと言われても……ビルモアってなに?」
世代は剣で威されながらも、平然と聞きかえした。
彼にはまだ、いろいろと実感がなかったのだ。
剣を向けられても、まるで夢の中のことのように感じてしまう。
しかし、その態度が癇に障ったのか、彼女は烈火のごとく怒声をあげる。
「とぼけるな! 貴様が手にしているのは、私の魔生機甲設計書だろうが!」
「……このノート?」
世代は、手に持っていたノートを掲げる。
もちろん、彼が5時間以上かけて描きあげたロボットのデザインが描いてある。
「なにがノートだ! その表紙の魔法陣は、まちがいなく我が父が所有していた魔生機甲設計書ではないか! 我が家からの輸送中に狙うとは、どうしてこの輸送計画を知り得た!? 白状しろ!」
「白状と言われても……」
相手が怒りにまかせてくるので、逆に世代はますます落ち着いてしまう。
要するに、このノート――魔生機甲設計書――は、彼女の物らしい。
そして、盗まれた。
盗んだのは世代ではないので、考えられるのは彼がかるく倒した2人だろう。
しかし、それを説明して納得してくれるだろうかと、世代は「うーん」と低くうなる。
「なにを難しそうな顔をしているのか! とにかく返せ!」
「はい、どうぞ」
「……え?」
世代は、普通にさしだした。
せっかく傑作を描いたが、他人のノートでは仕方がない。
それに、アイデアはほぼ頭に入っている。
だから、また描けば良いだけの話である。
「……ふん!」
何か仕掛けられるとでも勘ぐったのか、彼女が怖々と手を伸ばした。
そして、世代からビルモアをひったくるみたいに取りあげる。
「他の4冊はどうした!?」
「あの中にあったけど……」
「なに? ……よし、貴様はそこで待っていろ!」
警戒しながらも、彼女は小走りにコンテナの中に走りこんだ。
そしてしばらくすると、「あった! やった! よかったぁ~!」という歓喜の声があがる。
その声は先ほどまでの雄々しい声よりも、かなり子供っぽいイメージを世代に与えた。
だから彼は、今なら「いける!」と睨んだ。
「それはよかった。ボクはたまたま通りかかった、さすらいの旅人なので、これにて失敬いたしまする……」
三十六計逃げるに如かずと、彼は早々に踵を返す。
お腹は空いているが、殺されてはたまらない。
「待てーい!」
だが、大剣を持つ彼女は、それを許してくれなかった。
コンテナから飛びだしてくる。
「お前、犯人だろう!」
「いえ。『犯人だろう』と言われましても。それにたかが、ノート5冊で……」
「ノートではない! これは魔生機甲設計書だろう!」
「そのロボットの設計書がビルモアなの?」
「ロボット? なんだ、それ? ……もしかして、お前、魔生機甲設計書を知らないのか?」
「知らないよ?」
世代の答えで、彼女の目が丸くなる。
「そんなバカな……。魔生機甲設計書を知らない人間がいるなんて……。赤ん坊だって知っていることだぞ」
「そんなバカな……」
「マネするな! そのぐらい有名なことだと言うことだ! まさか、魔生機甲も知らないのか!?」
「あ。それは知ってる。BMRSのロボットね」
「BMRS? お前、さっきから何を? ……いいか。魔生機甲というのは、この魔生機甲設計書に、こう……」
そう言いながら、彼女は持っていた魔生機甲設計書のページをめくった。
パラパラ、パラパラ……と。
「――!?」
その次々にめくられていくページを彼女は二度見する。
そして、そこに多くの図と文字が在ることを認識した途端、鼓膜を破るかと思うような悲鳴をあげる。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫に近い声で、世代は思わず耳を塞ぐ。
「な、な、な……なにか、描きこまれているぅ!? というか、すでに素材調達済み!? なにこれっ!?」
「…………」
世代は、心の中で冷や汗を流す。
(……うん。ボクは、何も知らないよ?)
とりあえず彼は、無関係を装って、すっとぼけてみることにしたのだった。




