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Act.0051:マスターのものにして欲しい

「なんかさぁ、明らかに態度が変わった気がするんだけど……」


 双葉が朝食の後、いちずに耳打ちをしてきた。

 主語はなかったが、それが誰のことだかは、言わずもがなだった。

 なにしろ、それはいちずも感じている。


「ああ。懐いているかのようだな……」


 それは、フォーのことだった。

 朝食を食べる時も、やたらと世代(セダイ)のことを上目づかいにチラチラと見ていた。

 朝食後に世代(セダイ)が仮眠をとると言った時も、自分が借りていたベッドを使うように勧めた。

 そして気がつけば、フォーもベッドの横に座り、掛け布団を枕に寝ていた。

 さらに先ほど。世代(セダイ)が気分転換に散歩に行くと言うと、フォーも一緒に行くと言ってついていった。


「あれじゃ、まるで本当にペットよね……」


「ああ。本人が宣言していたとおりだな」


「ねえ。奴隷とペットってどっちが上?」


「ペットは愛玩動物というぐらいだから、愛がある分、奴隷より上ではないのか?」


「うそっ! ちょっと不利じゃない! というより、ご主人様はいつのまにフォーちゃんを陥落させたわけ!? なんなの、あの変態ジゴロっぷりは!」


「実は今朝、フォーが風呂場でのぼせていたのだが、世代(セダイ)も風呂に入った形跡があった……」


「ちょっ!? いきなり裸のつきあいしちゃったの!? えっ!? いきなりトップ独走状態!? あたしが一番のはずでしょ!? こうなったら夜這いをかけて無理矢理……」


「待て。それは犯罪だ……」


 そんな馬鹿話をしていると、廊下への扉が開いて渦中のフォーが顔をだす。


 2人は瞬時に口を閉じて、そちらをうかがった。


「ん? どうかしたか?」


「い、いやなんでも……」


「いちず、マスターが呼んでるね」


「りょ、了解した」


 一瞬だけ双葉と目を合わせてから、いちずは工房に向かった。


 世代(セダイ)は、生前にいつも父親が座っていた事務机についていた。

 いちずは、机を挟んで反対側に立つ。


「えーっと。まず最初に、いちずさんに謝らないといけない事があります」


 改まった口調の世代(セダイ)が、すっと席を立つ。

 その様子に、いちずは妙な緊張感を味わう。


「な、なんだ、謝らないといけないこととは?」


「うん。まず、資料をあさっていて、いちずさんのお父さんの日記を見てしまいました。ごめんなさい」


「日記……。ああ、父さんは書いていたみたいだな。見せてもらったことはないが。それはまあ、別に謝ることではない。むしろ、私も見せて欲しいぐらいだ」


「いや。けっこう娘に言えないような恥ずかしいことも書いてあったから、見ない方がいいよ」


「――ちょっ! 私に言えない恥ずかしい事ってなんなんだ!? むしろ気になるぞ!」


「まあ、それは置いといて」


「父と娘の大事な問題をかるく流すな!」


「でも、ボクにはまだ謝ることがあるので。……これ」


 世代(セダイ)は、テーブルの上の魔生機甲設計書(ビルモア)を指さした。


「いちずさんのお父さんが描きかけだった魔生機甲設計書(ビルモア)。記念に残したいと言っていたけど、無断でボクが続きを描いちゃった」


「――なっ!?」


 いちずは思わず息を呑んで驚く。


 もともと世代(セダイ)を一番最初に頼った理由は、この魔生機甲設計書(ビルモア)を手元に置いて保管しておきたかったからだ。

 そのことは、世代(セダイ)もよくわかっているはずだ。


「ど、どうしてそんなことを……」


 それには答えず、世代(セダイ)魔生機甲設計書(ビルモア)を持ち、机をまわっていちずの真横にやってくる。

 そして、頭をさげた。


「ごめんなさい。勝手にやってしまって。でも、やりたかったんだ」


「やりたかった……?」


「うん……」


 そう言って、まっすぐ立つ。

 並んで立つとわかるが、世代(セダイ)の身長はいちずとほぼ同じだった。

 おかげで、目線がぴったり合う。


「…………」


 いちずは、その瞳の奥を覗きこむように真っ直ぐと見つめた。

 はたして、そこに悪意はない。

 それどころか、満ちあふれるような温かさがある。

 もちろん、その温かい愛は、すべて魔生機甲(レムロイド)に向かっているものだと言うことは承知している。


(……そう言えば、もう新しい魔生機甲設計書(ビルモア)はここになかったのだったな)


 きっと、いちずの心情よりも、魔生機甲(レムロイド)を描きたいという欲望が強く、父の書き残しの魔生機甲設計書(ビルモア)を使ってしまったのだろう。

 なにしろ、人間より魔生機甲(レムロイド)を愛する男なのだ。


(購入するのを忘れていた、私のミスだな……)


 世代(セダイ)の性格はわかっているつもりだった。

 わかっている上で、用意していなかったなら自分が悪い。


「父のデザインをやり直してしまったのか……。まあ、仕方ないな」


「ううん。リメイクというより利用したんだ。だって、いちずさんのお父さんの日記を読んだらね」


「え? それはどういう……」


「日記にはね、お父さんがいなくなった後のいちずさんを心配する気持ちが綴ってあったんだ。だから……」


 そう言って世代(セダイ)は、いちずに魔生機甲設計書(ビルモア)を差しだした。


「これが、いちずさんの魔生機甲(レムロイド)だよ」


「…………」


 いちずは黙って受けとった。

 そして、深呼吸を一度する。

 たとえ、父のデザインを消されていたとしても絶対に怒らない。

 もう一度、そう自分に言い聞かせてから、いちずは魔生機甲設計書(ビルモア)を見た。


「【フラム・ドラーク】……」


 命名欄には、意味はわからないが、力強い音が描いてある。


 ゆっくりと1ページ目を開く。

 そこには、見覚えがあるデザイン画が描いてあった。

 そのデザイン自体は、ほぼ大きく変更されていない。

 ほんの少し、修正されている程度だ。

 だが、その周りに書き足されている説明を見て、いちずは理解するのにしばらくかかる。


「【ドラーク・リダラ】システム……これは……」


「それは、いちずさんのお父さんの意志」


「父の意志……」


 よくわからず、いちずはそのまま次のページをめくる。


「――これは!?」


 それを見て、いちずはやっと理解する。


「初めての試みだけどね。長門に借りた資料で、その手の研究があったのでいけると思うんだ。……いちずさんのことは、きっとお父さんが守ってくれるよ」


「せ、世代(セダイ)……」


 いちずは、魔生機甲設計書(ビルモア)を机に置いて、両手で世代(セダイ)を抱きしめた。

 あまりの嬉しさに、知らず知らずに流涕する。


「ありがとう、世代(セダイ)……ありがとう……」


 父の気持ちが嬉しかった。

 それをくみ取ってくれた世代(セダイ)の気持ちが嬉しかった。

 そして、それが形となり、自分と共に立ってくれるということが嬉しかった。

 同時に、やはり世代(セダイ)のことを自分は好きなんだと思い知る。


「マスター、人間に興味がないのではなかったのか? 想定外ね」


 ソファに座って、じっと一部始終を黙って見ていたフォーが、ふと口を挟む。


 その声に、いちずは自分がしていることに気がついて、慌てて体を離した。


「まあ、もちろんただの人間にたいして興味はないよ」


 まるで何事もなかったかのように、世代(セダイ)が答えた。


「でもね、仲間とか家族とかは、『ただの人間』じゃなくて『特別な人間』じゃない?」


 フォー、そしていちずも、2人そろって目を見開いて驚いてしまう。


「意外。想定外ね」


「それでも魔生機甲(レムロイド)より下だけどね」


「それは想定内ね」


「まあ、こんなボクだけど、それでもちゃんと、いちずさんに感謝しているんだよ」


世代(セダイ)……」


 その言葉に、いちずはまた涙がこぼれてしまう。

 一度泣いてしまうと、涙腺の緩みがなかなか元に戻らない。


「こうやって一緒に暮らしているんだから、いわば家族みたいなもんでしょ」


「か、家族……」


 また、感動で涙があふれる。


「そう。料理を作ってくれたり、お風呂の用意をしてくれたりする、いちずさんはボクにとって……」


「ボ、ボクにとって……」


「ボクにとって、母親みたいな存在だから」


「――ちょっ! そこは母親ではないだろう!」


 涙が涸れた。


世代(セダイ)。君はもう、そのなんだ……私の気持ちに、気がついてはいるのだろう?」


「うん。ボクも、そこまで鈍くはないので。昨日のカルマさんの件もあったし……」


「和真だ!」


「あ、ごめん。あまり興味なかったので、適当に覚えていた」


「勝負を受けたのにか!? ……って、ともかく、その、私の気持ちに気がついているならばだな……そこは、母親ではなくてな、つ、つ、つ……妻と……」


「いや、でも、妻とか面倒そうだし。母親の方が便利そうだし」


「面倒とか、便利とかで語るな!」


「まあ、そんなことより――」


「また、そんなことか!?」


「――早く、ドラークのテストをしに行こうよ。どうせ、みんなも見たいだろうから、声をかけてさ」


 そんな世代(セダイ)に、いちずは大きなため息をつく。

 仕方がない、こういう奴なのだと納得する。


「わかった。みんなに声をかけてくる」


「うん。ボクもちょっと片づけたら行くから、そっちで待ってて」


「ああ」


 いちずは、魔生機甲設計書(ビルモア)を抱きかかえるように大事に持つと、なんだかんだと言いながらも、スキップしそうな気分で、双葉の待つリビングに向かっていった。



   ◆



「フォーちゃん……」


 いちずが出ていった後、世代(セダイ)の様子が少し変わった。


「ちゃんはやめるね」


「じゃあ、フォー。君は情報網とか持っている?」


「あるね。想定内ね」


 普段なら、自分の情報網などばらさないが、フォーとしてはもう世代(セダイ)に何も隠すつもりがなくなっていた。


「じゃあ、貸しを返して欲しいんだけど」


「なにか?」


「もし危険があるなら、安全な範囲でいいんだけど、情報が欲しいんだ」


 そう言いながら、世代(セダイ)は机から1冊のノートを取りだした。


 フォーは、それを受けとる。

 拍子は焦げ茶色。分厚い背表紙で、厚さは3センチぐらいあった。

 フットプリントは、魔生機甲設計書(ビルモア)と変わらないサイズがある。


 フォーは、その最初の方を開いてみる。


「これは……もしかして、いちずの父親の日記か?」


「そう」


「これに書いてある、娘にも言えない、エロいことを調べるのか? 想定外ね」


「いや。エロいことは書いてないから。付箋紙のページを見てくれる?」


 細長い紙が挟んであるところを見つけて、フォーはそのページを開く。

 そして、そのページにあった剣呑な文字群を見て、目玉が落ちそうなほど見開いた。


「こ、これは……まさか……命を狙われていたのか。想定外ね」


「うん。前の方にでてくるけど、解放軍とかいう奴ららしい」


「――!!」


 フォーは慌てて前のページを見ていく。

 すると世代(セダイ)の言うとおり、解放軍の文字が見つかった。


「解放軍……因縁ね……」


「知っているの、解放軍?」


「……マスター。頼みがある」


 フォーは、まっすぐと灰色の瞳を世代(セダイ)に向けた。


「フォーは、盗賊業から足を洗う。だから、フォーをマスターのものにして欲しい。そうすれば、フォーの知っていることをすべて話す。それに貸し借り関係なく、マスターのために働くね」


「……まあ、今さら1人や2人増えたところで、どうってことないけど。どうしてまた、ボクの物にならないといけないわけ?」


「普通の女の子というのを味わいたくなった……では理由にならないか?」


「……了解」


「ならば、契約成立。これでフォーはマスターの物ね」


 フォーは、いつものクールな顔を一瞬だけ破顔した。


 だが、すぐに顔をひきしめる。


「マスター、最初に言っておく。解放軍はヤバイやつらね。でも、たぶんマスターはもう巻きこまれている。想定外ね」


 フォーは、自分の知っていることを世代(セダイ)に説明し始めた。


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