Act.0050:普通のかわいい女の子でしょ
蒸し暑さを感じて、フォーは目を開けた。
肩甲骨まで届く銀の髪を絡まないように上半身を起こし、ベッドに腰かけてしばしの間、ぼーっとする。
ふとクリーム色の飾り気のないネグリジェが、しっとりと湿って冷たくなっていることに気がつく。
額にも、汗が滲んでいる。
このままでは風邪をひくかもしれない。
しかたなく彼女は立ちあがり、椅子の背もたれにかけてあったタオルで、まずは汗を拭いた。
(嫌な夢を見たわけでもないのに目が覚めた……。想定外ね)
まだ、日の頭がでたばかりのようだ。
いつも、夜中や早朝に眼を覚ます原因は、20年以上前を思いだす、気分の悪くなる夢だった。
しかし、今日は夢を見るどころか、妙に心安らかに寝てしまった気がする。
(油断……しているわけではないね)
情報収集は情報屋から毎日のように行っているが、解放軍【新月】が自分の動向をつかんでいる様子はないようだった。
というより、どうやらすでにこちらに興味をなくしたように、大きな動きがなく大人しいらしい。
だからこそ、不気味だった。
フォーとしては、また世代の魔生機甲設計書が狙われる可能性を考えていたのだ。
その時には詫びとして、命がけで守るつもりでいる。
ただし、詫びと言っても 「盗んだこと」に対する詫びではない。
解放軍のアジトに侵入した時に、知ってしまったのだ。
すでに、あの魔生機甲設計書のコピーが作られていたことを。
解放軍などといっているが、奴らはテロリストだ。
そのテロリストに自分のデザインした魔生機甲が使われるなど、魔生機甲設計者にとっては不名誉極まりないことだ。
だからと言って、フォーにテロリストたちの企みを止める方法などない。
優れた魔法技術で盗みを働く怪盗などと呼ばれても、所詮はただの盗人なのだ。
軍とやりあっているようなテロリストとまともに戦えるはずがない。
(できることだけやる。想定内ね)
彼女はタオルで首筋まで拭いたが、ふと腕の臭いを嗅いでみる。
汗臭さがやはりとれない。
(確か湯が張ってあると言っていたね……)
お人好しの世代が、双葉に用意させた着替えを棚から取りだす。
彼女にしてみれば、本当に世代という男は謎だった。
ひょろっとした軟弱そうな若造のくせに、たまに肝が据わったところを見せる。
特に魔生機甲が絡むと人が変わる。
あれほど変態的な魔生機甲バカは見たことがない。
しかし、人間より魔生機甲に興味があると言いながらも、昨日のようにいちずを気づかったり、フォーが生活できるようにと服をそろえたり、自分が寝ていた部屋までゆずってくれたりする。
(天才的な魔生機甲設計者で魔生機甲バカ……でも、人間嫌いというわけではない。想定外ね)
彼女はタオルも出すと、そのまま風呂場に向かう。
ここの風呂場は、4~5人ほど入れるサイズがある大きな物だった。
工房の風呂は、そういう所が多い。
それは、魔生機甲設計者になるために修行している、住みこみの技師がいる場合が多いからだ。
この【あずまや工房】にも、昔は離れの建物があり、最盛期には5人ほどの技師が住みこみで働いていたらしい。
今は住みこみ技師もいなくなり、その離れの建物も老朽化して処分されてしまったと聞いている。
しかし、本棟にある風呂は、その名残で大きいままであった。
(おや?)
脱衣所に行くと、先客がいるようだった。
丸めた衣服を見ると、どう見ても男性物。
そしてこんな早朝に風呂に入るのは、徹夜で魔生機甲設計書を描くと言っていた世代の他にいないだろう。
(ふむ……後にするね)
フォーはそのまま戻ろうとするが、ふと思いとどまる。
――女性がというより、人間にあまり興味がないんですよね。
昨夜の世代の言葉を思いだし、彼女の中に興味がわきだす。
確かに世代は、周りの女達を色欲の目で見るどころか、異性として興味を示したりする様子は見当たらなかった。
その気になれば、いつでも喜んで相手をしてくれる美女がいるというのに、彼はそんなことよりもと魔生機甲設計書に向きあう。
しかし、もしかしたら、単に好みが違うだけなのかもしれない。
中には、幼い身体が好きだという変態もいる。
それを隠しているだけかもしれない。
ならば、自分の体を見せれば、反応があるかもしれない。
もちろん、普通の少女ならこんな危険なことは考えないだろう。
だが、見た目は別として、彼女の中身は決して少女ではない。
それにいざとなれば、魔法を使うことだってできる。
(1回ぐらい相手をして、詫び代わりもありね……)
彼女は銀髪をきれにい巻き上げてタオルでくるみ、一糸まとわぬ姿で浴室の木戸を開けた。
「じゃまするね」
はたして、湯船には世代がつかっていた。
頭を後ろに倒して風呂枠を枕にして瞑想するように目を瞑っている。
あまり風呂場は湯煙が立っていなかった。
これならば、フォーの真っ白に透けた肌の隅々まで見えてしまうだろう。
「…………」
しばらくすると、世代が頭を上げてフォーを見た。
「どうぞー。……あ。ボク、でた方がいい?」
「……別にかまわないね」
「あ、そう」
それだけ言うと、また元の姿勢に戻ってしまう。
「…………」
そのままフォーが洗い場に行くが、世代が目を開ける様子はない。
(これは……本物ね)
普通の男子なら、大慌てしそうなものだが、まったく気にとめた様子もない。
(……変な奴。想定外ね)
フォーは体を洗い、洗髪も済ますと、また髪を巻きあげて湯船に入る。
「あ。風呂、ぬるめだけど温めた方がいい?」
「これでいいね」
確かに世代の言うとおり、少し温めのお湯だった。
だからこそ、世代も長風呂を楽しんでいるのだろう。
「……話しかけてもいいか」
「ん? どうぞ~」
目を瞑ったまま答える世代に、フォーはかまわず話し始める。
「マスター、女性の裸を見ても興味を持たないのか?」
「……うーん。正確には違うかなぁ」
「違うのか?」
「たとえば、フォーちゃんの今の姿を見て興奮するかと言えば、するんだけど……」
「えっ!?」
そう言われて、珍しくフォーは恥ずかしくなる。
自然に胸元に手を当ててしまう。
「でもね、ボクの頭の中は24時間365日、ロボ……魔生機甲でいっぱいで、そんなことを考える隙間がないんだよ。隙間ができたら、興奮する余裕もでるけどねえ~」
「……そこまでなのか。想定外ね」
「ボクの脳内は、89%が魔生機甲、8%が飯、3%が風呂のベスト3で占められているから」
「その極端な割合も想定外ね」
確かに、今の世代から「女の子と真っ裸で風呂に入っているという男の子」という感じはまったく受けない。
どこまでも自然体で、フォーは逆に自分の疑問の方がおかしいのではないかとさえ感じるほどだった。
「女性に興味がない……いや。人間に興味がないと言ってたね。なら、人間ではないものに、興味はあるのか?」
「人間ではないもの?」
「……あっ。いや……」
フォーは、自分で口走った事に驚いてしまう。
こんなこと、誰にも話したことがないのに、いきなり何を言う気なのだと自問する。
「フォーは、人間ではないね」
だが、自答する前に、口が勝手に動く。
いったいなぜ?
自分にとって最も秘密にしておきたいことを自ら口にしているのか?
なにを期待しているのか?
「人間じゃない? ロボット……いや、アンドロイド?」
さすがの世代も、目を開けてフォーを見る。
その視線をフォーは恐れてしまい、背中を向ける。
これから話すことで、その視線がどう変わるのか知りたいくせに、一方で逃げたくなるほど怖いのだ。
「ロボット、アンドロイド……それ知らないね。ただ、基本は魔生機甲と大差ない、魔法により生みだされた兵器ね」
「兵器……戦闘用アンドロイドということか?」
「フォーは、大量の魔力を持ち、魔法をより効率的に使えるように作られたね。だから、普通の親もいない。年齢的には25~30才ぐらいだが、体もこれ以上成長しないね」
「…………」
「フォーは、人間ではない。……どうね? 人間に興味ないマスター、フォーには興味を持てるか?」
そこまで言って、やっと自分で気がついた。
彼女は、自分を認めて欲しいのだ。
成長せず、莫大な魔力量を誇るフォーは、今までも気持ち悪い、化け物と言われてきた。
その利用価値を見いだした心ない者達に、道具としても利用されてきた。
だから、自分を隠した。
だから、生きるために裏家業に身を落とした。
だから、ずっと寂しかった。
だが、目の前のこの男の子なら、人間に興味がないと言い切れる、この変態趣味の男の子なら、ありのままの自分を受け入れてくれるかもしれない。
そう無意識に思ってしまい、自分の秘密を暴露してしまったのだ。
――ピチャン……
湯船に、どこからか滴が落ちた。
その音が、やたらと響く。
気がつけば、両者とも無言だった。
静かにフォーは続く言葉を待とうとするが、怖さに耐えられなくなってしまう。
(……バカなことを口にした。想定外ね)
我ながら愚かなことをしたと、後悔に苛まされる。
恥辱で顔を上げられなくなり、そのまま彼女は風呂を出ようとした。
「――質問!」
その直前に、いきなり世代が手を挙げた。
「……な、なにね?」
その唐突な質問に恥辱も忘れ、フォーはふりむく。
すると、そこでは世代が難しい顔をしていた。
「まず、フォーちゃんの体は、機械の体なの?」
「機械……そう見えるか?」
フォーは、湯船から立って世代に身体を見せつける。
「からくり類が入っているわけではないね」
「なら、成長はできないけど進化システムが組み込まれていたり、魔生機甲とシンクロしてサポートシステムが起動できたりとかするの?」
「???? ……なんのことね? 想定外ね?」
意味不明のことを言われて、フォーは混乱してしまう。
「フォーの肉体は、ホムンクルス技術から生まれている。基本的に肉体はあるね」
フォーはあくまで魔力により人造された人間だ。
それをもう少し説明しようとすると、まるでそれを拒むように世代が深い深いため息をついてくる。
「……なーんだ。なら興味ないよ」
「――!」
フォーは、サーッと血の気がひいた。
やはりバカなことを言ってしまったのだ。
結局、自分を受け入れてくれるような人間はいないのだから……。
「だって、フォーちゃん、ただの人間じゃん」
「……え?」
世代の言葉に息を呑む。
「だって、機械類が入ってないなら、ロボットとかアンドロイドじゃないし。なんか生体コンピューターとかで、魔生機甲とシンクロできるとか、かっこいい機能もないし」
「…………」
「体が成長できないかもしれないし、魔力は多いかもしれないけど、要するに普通のかわいい女の子でしょ」
「普通の、か、かわいい……えっ? えっ? えっ?」
「普通」「かわいい」という世代の言葉が、フォーの中で反響しながらリフレインし始める。
今まで言われてきた「異常」「気持ち悪い」の真逆のような言葉だ。
(そんな風に見られている……)
フォーはふと自分の体を見てしまう。
突如、裸体を晒していることが、とんでもなく恥ずかしいことに感じてしまう。
彼女は、その自分でもよくわからない心境の変化に翻弄されながらも、体を抱きかかえるようにして湯船に沈みこむ。
「ん? どうしたの?」
「あっ、いや……。その……フォーは、普通の女の子か?」
「ふつー、ふつー。普通の人間すぎだよ。そんなのいちずさんたちと、なんら変わらないもん」
「かわらない……」
「うん。普通の人間すぎて、つまらないから興味は持てないよ。せめてサポートアンドロイドぐらいになってから出直してきて」
「??? なんのことね?」
「あ。でも、魔生機甲のパーツとしては、興味あるな。魔力が強いか……それなら、あれのコックピットを調整すれば……」
突然、今までと違った視線で、世代がフォーの体を舐めるように見はじめる。
今までの力の抜けた感じと全く違う明眸がギラギラとしはじめる。
気のせいか、世代の鼻息が荒くなる。
その熱い視線で、フォーの体まで熱くなる。
「……うん! よし、変更しておこう!」
突然、世代は立ちあがった。
そしてフォーが声をかける隙もないほどすばやく、そのまま風呂を出ていってしまう。
「…………」
1人残ったフォーは、半パニック状態だ。
世代の思考や行動は、本当にわかりにくいのだ。
だが、それでも、ひとつだけ確実にわかったことがある。
(……そうか。彼から見ると、フォーも普通の女の子か。想定外ね)
風呂の所為なのか、世代の所為なのか、のぼせ上がった顔が熱い。
普段のクールな顔つきからは考えられないほど、フォーの灰色の瞳が弓なりとなり、頬が緩んで戻らなくなっていた。
こんなに救われた気持ちになったのは、初めてだったのである。




