Act.0049:自分で決着をつけておいでよ
法術で身を守る方法には大きくわけて、魔力をまとう【魔力障壁】と、法術による隔離を行う【魔術結界】という2種類がある。
魔術結界は高等魔術の1つだが、その中でもすべてを遮断する大呪【想起結界】という魔術結界は非常に強力だった。
特定空間を【世界の記憶】という壁で覆うもので、外から見ると結界を張った直前の様子が固定されている。
壁は周囲からの影響を「記憶を保持」することで無効化し、内部が完全に遮断される。
この結界ならば、外部から見ても内部での行為は見えないし、内部の行為が外にもれることもない。
ただし、【想起結界】は飛びぬけて消費魔力が高いため、数人の魔術士で術をおこなって、数十分しかできないのが普通だった。
しかし、それだけあれば、秘密裏に魔生機甲のテストを行うには十分である。
「これで劣化コピーなのか?」
弦月は、サングラスをクイッとあげてから肩をすくめた。
「冗談みたいだな。この狭い空間で、同レベルの魔生機甲5機を相手に、1機で勝ててしまうとは」
もし、この結果だけ報告されたら信じられなかっただろう。
魔法障壁の中で行われた実験を目の当たりにしていたからこそ、弦月も結果を受け入れることができたのだ。
彼は少し乱れたオールバックの髪を整え、黒いスーツの埃を払ってから、隣のやはり黒スーツの男に口角をあげてみせる。
「名月、オリジナルはもっとすごいのだろう?」
尋ねられた名月が、さらさらの金髪を掻きながら答える。
「ああ。たぶんね~。劣化コピーの数倍、下手したら10倍ぐらいは強いかもしれないぞ。まあ、パイロット次第だけどさ」
「まあ、そうだろうな。私が南天で見た魔生機甲2機も、性能で言えばそのぐらいはありそうだった」
「交渉できなかったのかい?」
「残念ながら、長門がなぜか匿ってな。関係性はわからないが、そのまま逃げられてしまった。今は騒動を起こしたくないしな」
「あらま。弦月さんにしてはドジったね」
「フン。お前だって奪い返されたくせに」
「面目次第もないな」
まったく悪びれず、名月は楽しそうに笑う。
その態度に、弦月は肩をすくめた。
「しかし、これでも十分楽しめるだろう」
「まあね。次の作戦時には、18機が用意できそうだよ」
「ほう。ずいぶんと全力を注ぎこんだな」
「そりゃあ、この強さを見ればね。幹部連が手が空いている魔生機甲設計者を全員集めてきたよ。全部で17人。コピー作業に1機あたり5日はかかるらしい」
「レベル25に5日……それほど難しいと言うことか」
「ホントにな。いったい、このオリジナルを作るのに、どのぐらいの月日をかけたやら」
「ああ。でも、そのオリジナルのレベルが量産されたりしたら、今の魔生機甲は、ゴミになるぞ。それどころか、それを最初に握った奴が、歴史を変える力を得る……」
弦月は考えただけで、ぞっと寒気を感じる。
下手すれば、4~5台で今の大隊を相手にできる戦力だ。
小さな工房が握っていていい戦力ではない。
(やはり今回の作戦のどさくさで奪うしかないな……)
一計を案じていた弦月は、それを実行することを決めていた。
「で、この劣化コピー魔生機甲の名前は?」
「劣化、劣化言うなよ。今後、この新機軸のは【フルムーン】と呼称することになったんだからさ。こいつは、その第一モデルとして【フルムーン・アルファ】だよ」
「なるほど。【新月】という組織が使うのが【満月】とは皮肉だな」
「いい名前だろう。日の本の国に、月の明かりを照らして、日の光を消してやろうじゃないか!」
彼らは、ひっそりと、しかし大胆に準備を着々と進めていた。
そして、そのふりかかる火の粉は、世代の居場所を奪おうとするものであった。
◆
和真が帰った後、あずまや工房では、また会議が行われていた。
「あんな約束して、どーするのよ、ご主人様?」
双葉に問いつめられるが、世代は上の空だった。
長門から借りてきた魔生機甲の資料を片手に見ながら、とりあえず「うーん」と低く唸っておく。
「ちょっとご主人様! 聞いていますか! まさか、いちずをゆずるつもりじゃないでしょーね!」
「……あのさ、ゆずるも何もないと思うんだけど。いちずさんは、ボクの物じゃないし」
双葉のキャンキャンした声に我慢しかねて、世代は資料を閉じた。
そして、ダイニングテーブルに座っている他の3人の顔を見まわす。
「それにあの場合、受けなければ収まらないと思ったから受けたんだけど。断れると思う?」
「まあ、無理でしょうな」
答えたのは、ミカだった。
「彼とて本気で、いちずを好きだったのでしょうから、男として退けるわけもないでしょう。しかも、相手が変態となれば」
「……ミカさんも、主とか言いながらハッキリ言うね」
「拙子は別に、主殿が変態でもかまいませぬからな」
「そう言われると、言い返す言葉も見つからないけど」
世代は、ふうとため息を一度ついてからまた話し始める。
「とにかく、ボクはどうでもいいけど、彼は引かないでしょ。引かないと、ボクは魔生機甲のデザインに集中できないでしょ。だから、勝負は受けたんだよ」
「しかし、世代。今から自分の魔生機甲を作る気か? レベル制限が35の大会だから、ヴァルクは使えないぞ」
不安そうな顔のいちずに、世代は目をパチクリさせる。
「いちずさん、なに言ってんの? ボクは魔力がないんだから、1人じゃ魔生機甲を動かすことできないじゃない」
「……あっ!」
心底驚いたように少し青ざめて、いちずが口元を手で押さえる。
「そうだった! どうするのだ! 複座など認められぬぞ!」
「いや、そもそもボクは参加するとは言ってないし……」
「ちょっと逃げるの、ご主人様!」
「勝負から逃げるのはいただけぬぞ、主殿」
「わ、私はどうなるのだ!?」
3人に迫られ、世代は怯えて身をそらす。
ロボットに関することなら強気でいられる自信はある。
しかし、それ以外で威圧されることには、あまり慣れていなかった。
思わず、世代は言いよどんでしまう。
「みんな落ちつくね。マスターは逃げない。想定内ね」
そこに助け船をだしてくれたのは、今まで黙っていたフォーだった。
彼女は、落ちついた様子で3人の女性を流し見る。
「慌てないね。話は簡単ね。あなたたち3人の内、1人でもマスターのデザインした魔生機甲で大会にでて、優勝すればマスターの勝ちね」
意味がわからず、3人が顔を見合わす。
その様子に、フォーがやれやれと首をふった。
「あなたたち、マスターに一言一句きちんと覚えておけと言われたのに覚えていないのか。想定外ね」
「い、いや。覚えているぞ。主殿は『【東王杯】でどちらが勝つか決めましょう』と仰った」
そう言ったミカをフォーが指さした。
「問題は、その後ね」
「その後? ……『あなたが操縦する魔生機甲が勝つか、ボクの魔生機甲が勝つか。直接対――』」
「――ストップ。そこが和真の想定外ね」
「む? そこだと? ……『あなたが操縦する魔生機甲が勝つか、ボクの魔生機甲が勝つか』……はっ! そうか!」
「そうね。マスターは、『ボクの魔生機甲』とは言ったが、自分が操縦するとは一言も言ってないね」
全員の視線が、世代に集まる。
やっとわかってくれたかと安心して、世代はかるく頷き返す。
「だって、ボクはパイロットではなく魔生機甲設計者。ならば、ボクの魔生機甲での戦い方は、優れた魔生機甲をパイロットに託すことじゃない?」
「筋は通っていますが、だます気で仰いましたな……」
ミカの苦笑に、世代は心外だと苦笑を返す。
「だますと言うと人聞き悪いなぁ。ただね、ボクが戦うのは違うと思っただけなんだよ」
そうだ。ボクじゃない。
改めてそう考えた世代は、横にいたいちずの目を覗きこむように見つめた。
そこに、世代は真摯な心をこめる。
「これは、ボクの問題じゃない。いちずさん、魔生機甲は必ず用意する。だから、自分で決着をつけておいでよ」
「……世代……」
一瞬だけ、いちずは驚いた顔を見せた。
しかし、すぐに目を閉じて黙考する。
それは、ほんの1、2秒のこと。
彼女は何かを呑みこむように、深くうなずく。
「ああ、そうだな。……魔生機甲を頼む、世代」
伝わった。
そう感じた世代は、いちずを安心させるように力強くうなずく。
自分で投げた賽だ。
必ずふさわしい魔生機甲を用意しなくてはならない。
(やっぱりあのアイデアを実行するしかないか……)
一つだけ問題があり、どうするか悩んでいたアイデア。
しかし、世代はそれを実行することを決心するのだった。




