Act.0046:シチューが冷めていますよ!
和真は、食事が途中から喉を通らなくなっていた。
腹は空いているが、頭がいっぱいすぎて手が動いてくれないのだ。
まず聞いたことは、目の前にいる【東城 世代】という17才の少年が、魔生機甲設計者であるということだ。
この若さで魔生機甲設計者というだけで、ほとんど信じられないことだ。
だが、さらに驚くべきことに、初めて魔生機甲設計書に描いてから1ヶ月経っていないという。
それなのにもう4機の魔生機甲を生みだし、そのうち1機はこの街ならば、【工房大和】の魔生機甲設計者【大和 武雄】にしか生みだせない、レベル50だというのだ。
しかも、最初に作ったのがレベル50という非常識さだ。
和真にしてみれば、ありえなさ満載である。
魔生機甲のレベルが高くなると言うことは、それだけ情報量が多くなると言うことだ。
もちろん、1ページの記載量の違いもあるが、記載が少なすぎても魔生機甲設計書にイメージが伝わらずに活性化できない。
だからと言って情報量が多くなれば、構成的な矛盾がでたり、無駄な情報が増えやすくなったり、そもそもイメージするにも多くの情報に対して行わなければいけなくなる。
素人がやれば情報は混乱し、イメージ力も追いつかずに活性化もできなくなる。
そうなれば、高額な魔生機甲設計書が、ただのゴミになる……というのが常識なのだ。
それなのに、それを初めてで成功させるというのは考えにくい。
どうやら、このことは銀髪の少女もそのことは知らなかったらしく、しきりに「想定外ね」と呟いていた。
もちろん、和真もなかなか信じられなかったが、双葉とミカが横でまちがいないと太鼓判を押す。
さらに言えば、あの魔生機甲設計者の三大名工の一人である【長門 大門】に認められ、友人扱いされたというのだ。
その証拠にと、なんと長門直筆の色紙を見せられた。
それには、「我が友人、魔生機甲設計者【東城 世代】に贈る」と書いてあり、そこには見たことがある長門のサインが入っていた。
そこまで来ると、信じないわけにもいかなくなる。
「それで彼をこの工房の魔生機甲設計者として雇うことにしたと?」
「そうなのだ」
「へーえ」
と、最後に世代が反応する。
「へーえって、お前のことだろうが!」
「それが、初耳だったんで……」
「はあぁ~?」
和真は答えを求めるように、いちずを睨む。
彼女は、頭を抱えていた。
「いや、その、これから正式に話す予定だったのだ。今は臨時契約なのでな」
「まだ正式でもないのに、家に住みこませているのか?」
「仕方あるまい。住むところがないのだし、彼にはいわば借金があるようなものだ。多額の収入をいただいている」
「…………」
和真はふと天井を見る。
そこには鏡で反射するように作られた、魔光石の照明が吊してあった。
しかも、リビングだけでなくキッチンにも吊してある。
キッチンに吊すぐらいだから、工房にもあるのだろう。
1つの相場が、100万円ほどする品物だ。
これは世代が暗いといい、自腹で購入して寄付した物らしいが、前のこの工房の収入では、おいそれとできない豪華さである。
「……おい。東城世代。お前、どこから来たんだ?」
「……異世界ですけど」
「……そうか。教えるつもりはないと言うことか。胡散臭い奴め」
和真の中で、すでに世代は敵対者に近い存在だった。
「それで、双葉がいるのはどうしてなんだ?」
「あたしは、ごしゅ……世代の奴隷になったの」
「……はあぁ~? お前、バカだバカだと思ったけどそこまでか?」
「バカじゃないもん!」
膨れ顔の双葉が、勢いよく立ちあがった。
「あたしは、世代のデザインした魔生機甲の魔生機甲設計書を全財産叩いて買おうとしたけど、足らなかったから、あたし自身も世代にあげることにしたわけ!」
「……おまえ、なに言ってんだ? 魔生機甲が欲しいからって奴隷になるって……意味がわかんねぇよ。正気か? 奴隷になったら、自分の持ち物なんて持てないんだぞ。意味がねーじゃんか!」
「そこはご主人様と約束したから平気。魔生機甲だけはあたしのもの。あとはご主人様のもの」
「いや、でも、魔生機甲のために自分の身売りするバカなんていねーぞ!」
「残念でしたー。ここに、もう1人、バカがいるわよ!」
そう言って双葉が指さしたのは、彼女の正面にいるミカだった。
「朏さん……あんたもまさか?」
「ミカと呼んでくれ。拙子は、今までのすべてを捨てて、主殿……世代殿にこの身を捧げて忠臣となったのだ。クリスタルの姓も今となっては関係ない。まあ、魔生機甲と引き替えに、主殿の所有物になった点は、双葉と変わらぬバカだということだ」
苦笑を見せるミカだが、決して嫌がっているわけではなさそうだ。
最後に世代を見た彼女の視線から垣間見られたのは、親愛の情だと和真には感じてられた。
「……まさかと思うが、そっちのお嬢ちゃんもか?」
「お嬢ちゃんではなく、フォーね。フォーは、奴隷ではないね」
和真はそれを聞いて、少しだけ安堵する。
だが、フォーが言葉を続ける。
「しかし、世代に借りがある。かいと……フォーは、必ず借りは返すポリシーね。それまでは、ここにいさせてもらう」
「え? そうなの?」
と驚いたのは、また世代だった。
「まあ、ペットでも飼っているつもりでいて欲しいね。ご主人様、主殿……ふむ。フォーは『マスター』と呼ぶね」
「なんでよ。世代でいいのに」
「けじめね。まあ、ペットでも奴隷でも、自由に扱うといいね」
「あ、そ。……いちずさん、シチューおかわり」
「おかわりじゃねーよ!」
さらっと流す世代に、和真がキレる。
だが、そこで世代は、誰もが想定外の反応をみせる。
「――あなたこそ、なんですか! シチューが冷めていますよ!」
「……え?」
「いいですか。シチューは熱々が美味いんです。おいしいタイミングで呑まないなんて、こんなにおいしいシチューを作ってくれた、いちずさんに申し訳ないと思わないんですか!」
「……あ、え、あ……そ、そうだな……うん。ごめん……」
「さあ。みんなもまずは、シチューを食べよう! ボクも早く食べて、魔生機甲のデザインに入りたいし」
そう言うと、顔を真っ赤に紅潮させているいちずに、世代はボールをさしだした。
早く食べ終わりたいくせに、おかわりはきっちりするらしい。
「ご主人様は、こだわる物にはすごい集中したいタイプなんだよね」
「いや、そういう問題かよ……」
和真は納得がいかないものの、とりあえずスプーンを口に運ぶのだった。




