Act.0043:……バカ和真
【四阿】という街は、特に風光明媚な土地柄というわけでもなく、有名な特産物もない。
しかし、人口1万人以上で、この辺りでは大きめの街であり、この街を目指して訪れる来訪者も多い。
来訪者たちの目的の多くは、魔生機甲設計者の工房だった。
この街の中には、魔生機甲設計者の工房が15店もあり、その数は首都をのぞけば他に類を見ないだろう。
また、必然的に工房同士の競争も激しく、安くていい魔生機甲が手に入ると有名な場所であった。
むろん、そうなれば多くのパイロットが集まるのも必然だ。
そして、彼らを狙った興業として開かれる、【対戦試合】も多く開かれる。
その興業を見に来る客も、足を運んでくる。
その客を狙って、宿屋も繁盛する。
こうして回る経済を考えると、四阿という街の経済は、魔生機甲設計者の工房によって支えられていると言っても過言ではなかった。
ところが、毎日のように行われていた小さな対戦試合が、ここしばらく行われていない。
もちろん廃れたわけではなく、大規模な大会【東王杯】が行われる準備期間のためだった。
特に今回の東王杯は、スケールが大きい。
大会で優勝すると、パイロットにはこのエリアで最強である証の称号(と言われている)【東王】と、1億円の賞金が渡される。
この金額は、このエリアの賞金としてはトップクラスのものだった。
さらに成績優秀な者は、パイロットのエリートしか入れないという警務隊への推薦が受けられる可能性もある。
警務隊は、パイロットたちのあこがれの職業でもあり、入隊することさえ狭き門をくぐらなければならない。
もちろん隊長クラスにでもなれば、その地位は非常に高い。
ちなみに、その優勝パイロットが乗っていた魔生機甲をデザインした魔生機甲設計者には、2億円が渡されて、そのデザインが警務隊に採用される。
つまり、エリートパイロット集団である警務隊御用達の工房という肩書が手に入れられるのだ。
優れたデザインの描かれた魔生機甲設計書の値段として見たら安いかもしれないが、その肩書きはまさにプライスレスだった。
現在、街一番の人気工房【篠崎屋】も、前回の東王杯で優勝したことがきっかけで繁盛している。
当然ながらこの祭り騒ぎに、参加するパイロットも魔生機甲設計者も必死になっている。
中には、非常に気が立っている者も多かった。
「てめぇ! 今、なんつーた!」
角ばった顔のスキンヘッドの男が、唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。
「オメーのところの魔生機甲じゃあ、トーナメント1回戦で負けるのが関の山だと言ったんだよ!」
どちらが売り言葉で、どちらが買い言葉かは、すでに分からなくなっていたが、怒鳴りつけられた女性も負けじと怒鳴り散らした。
相手の男は30代後半、それに対して女性はまだ20前後の若さだった。
しかし、そのギロリと睨む目つきは、相手の男に負けていない。
日も沈んだ街中のとある酒場。
15メートル四方ある店内には、仕事帰りの技師やパイロットたちが、所狭しと集まって、食事と酒を楽しんでいる。
そんな中での喧嘩は、よくある風景だった。
周りの野次馬達も、その様子に集まってきて「やれ! やれ!」と無責任にヤジを飛ばし始める。
「いい度胸だ、くそガキ! 表でろや!」
「よっしゃー! やったろーじゃんか!」
ダポッとした服の袖をまくり上げ、決して筋肉隆々ではない腕を見せる。
彼女は、目の前のスキンヘッドを叩きのめす気満々だった。
――ボカッ!
だがとたん、彼女の赤いボサボサ短髪に、真上から拳が叩き落される。
「やめないか、ミチヨ」
「――いってぇ……。和真!?」
両手で頭頂部を押さえながら、ミチヨと呼ばれた女性はふりかえって目を見張った。
そこにいたのは、同じ歳ながら落ちつきのある青年だった。
短くツンツンになった髪の毛に、男らしい眉毛と黒い瞳、少し焼けた肌、そしてしっかりと筋肉がついたひきしまった体つきと、非常に男らしい。
「和真、帰ってきたのか! 明日じゃなかったのかよ!」
ミチヨが、先ほどまでの激憤が嘘のように顔をほころばせた。
だが、和真と呼ばれた男の方は、やれやれ顔だ。
「思ったより仕事が早く終わったので、もう一泊せずに帰ってきたんだよ。ってか、お前は喧嘩するなと工房長に言われてたろうが!」
「だ、だってよおぉ~。大和の奴らが、篠崎屋は新参者で、魔生機甲だって大したことないって……」
和真は、ミチヨの喧嘩相手を一瞥した。
スキンヘッドのことは知っている。
前回の東王杯で準優勝だった、【工房大和】の魔生機甲設計者の1人だ。
確かに、と和真は思う。
大和と比べれば、ミチヨと和真が専任パイロットとして所属している篠崎屋は、新しい工房だ。
しかし、それでも15あるこの街の工房で言えば、5番目ぐらいに古く、それなりに歴史がある工房でもある。
新参者と呼ぶには無理があるのだが、大和の人間が篠崎屋に思うところがあることも周知の事実であった。
「大和さんの方が歴史があるのはまちがいないだろう。魔生機甲の性能に関しては、大会で証明すればいいだけだ」
そうミチヨを叱ってから、和真はスキンヘッドに頭をさげた。
「うちのが失礼なことを言って申し訳なかった。互いに大会を控えた身だ。ここはひとつ、先輩の威厳を見せ、笑い飛ばして許してもらえないだろうか」
「……チッ!」
スキンヘッドは、いとも簡単にひきさがった。
それは和真の言うとおり、先輩の威厳を見せたわけではない。
相手が前回優勝した【雷堂 和也】の弟で、今大会の優勝候補である【雷堂 和真】だったからだ。
彼は魔生機甲の優れたパイロットで、兄をもしのぐ武術を身につけていて、近接戦では兄以上の実力者だと言われていた。
スキンヘッドはその強さを何度か見かけており、勝算と怒りを天秤にかけたのだ。
スキンヘッドが下がったことで、野次馬達も食事と酒に戻っていく。
場が収まったことを確認すると、和真は足下に置いていた荷物を背負った。
「和真、帰るのか?」
「ここには挨拶がてら、みんながいるか覗いてみただけだ」
和真は背後を親指で指さす。
そこには、篠崎屋の若い技師が数名座っている。
みな男であったが、誰もミチヨを止めようとせずに、大人しく席に座ったままだった。
前に出た仲間の女を止めも庇いもせずとは、男として情けないと思う。
だからと言って、彼らまで加われば大喧嘩になっていただろう。
それよりはましかと思い、和真はそこには触れずにいた。
それに和真は、急いでいきたいところもある。
「そんじゃ、また明日な」
「あっ、一緒に帰ろう! あたいも帰るからさ!」
「ダメだ。俺は寄るところがあるからな」
「……いちずのとこだろう!」
ミチヨは表情をまたコロッと変えた。
頬がこれ以上はないぐらい膨らみ、上目づかいに和真を睨んでいる。
「お前には関係ないだろう。じゃあな」
「あっ、こら! 和真!」
ミチヨに手をふると、和真はスタスタと店を出ていってしまう。
「……バカ和真」
ミチヨから漏れた悪態は、店内の喧噪でかき消されてしまうような弱々しいものだった。




