Act.0040:そこまで驚かなくても!?
「まさか、12本中1本しか命中しないとは恐れいったな……」
名月は、率直に感心した。
20畳程度の個室のコーナーでは、ランタンが揺らめき、薄暗いながら中の様子を浮かびあがらせている。
中央には木製の大きなテーブルがあり、その周りに多くの魔生機甲に関する資料などが置いてあった。
そのテーブルのある床下には、魔消石という魔力を吸いとる石が敷いてある。
床上には、散らばった小刀と切り刻まれた網。
そして斑点を残す血痕が、床に染みこみつつあった。
その様子に、名月は肩をすくめた。
20代半ばの真っ白な肌と金髪碧眼、高い鼻が特徴的な男だった。
地域的に、このエリアでは珍しい純潔の白人である。
「オレの目に狂いはなかった……と喜ぶべきなのかな?」
鼻を鳴らしながら、苦笑を漏らす。
彼は、どうせ使うなら安い道具よりも、値がはってもいい道具を使う主義だった。
たとえ、簡単なことで利用する道具であるとしても、かならずいい道具を選ぶ。
だから、今回もいい道具を選び、成果ははたして優秀だった。
しかし、反面で優秀な道具は使い方が難しい。
優秀だからこそ、知らなくていいことまで知ってしまう。
優秀だからこそ、最後まで仕事の責任を持とうとする。
だからこそ、念のために保険をかけていた。
そう。あくまで保険であり、使うことはないだろうと思っていたのだ。
なぜなら、情報漏洩対策に自信があったからなのだが、間に入った道具もなかなか優秀だったようだ。
「ここは、すなおに反省すべきか……」
黒いジャケットの襟を正し、緩んでいた黒いネクタイを締めなおす。
そして、おもむろにジャケットのポケットから煙草をとりだして、口にくわえた。
――シュボッ!
それをまるで待っていたように、横から人差し指が伸びてきて、その先に小さな火がともる。
「アリガト、朔ちゃん」
名月は、それに煙草の先端を近づけて火を移す。
吸って吐いて、そして思い切り肺まで吸いこむと、その暖かい煙を吐きだした。
おかげで、少し心が落ちつく。
「……ゴト屋、見失ったみたい」
まるで、そのタイミングを狙っていたかのように、朔と呼ばれた女性は紫の唇を動かした。
やはり真っ白な肌に金髪だが、彼女の目許は前髪に隠れてよく見えない。
青眼かどうかもわからないし、それどころか表情も少々読み取りにくいものだった。
「じゃあ、適当に追撃に行った奴らを戻して。相手は、あの怪盗だ。見失ったら見つけるのは無理でしょ」
「……いいの?」
「まあ、いいんじゃないかな。コピーはもうとれてるし、ここはお払い箱だし。量産にも入り始めているから、情報を持ってきた弦月さんと玉兎さんの面目も立つでしょ。それに下手に騒ぎになっても逆にまずいじゃない?」
「……わかったわ」
「まあ、あのオリジナルの魔生機甲、もったいなかったけどね。あれはビルドして一度、乗りたかったよ」
「……素材の調達が間にあわなかったわね」
「まあ、急な話だから仕方ないさ。それにコピーでも十分面白いと思うよ。この国の奴らをこの国の力で苦しめられる……楽しいねぇ」
名月はその口角をグイッと耳元近くまであげて嗤うのだった。
◆
彼女は、魔法の扱いが常人よりも優れていた。
それは才能とかではなく、この13~4才で成長が止った体と同じく、理由があることなのだが、今はとりあえずおいておく。
とにかく、魔法を駆使することにより、彼女は多くの不可能を今まで可能にしてきたのだ。
特に彼女の優れた部分は、魔力の感知能力だった。
人は誰しも、多かれ少なかれ魔力を持っている。
だから、彼女は魔力の感知範囲を広げることで、視界に頼らずに人の動きを感知することができた。
しかも、自分の魔力を放射せずに隠蔽することもできる。
月明かりもない完全に寝静まった夜。
さらに、建物が多く建ち並ぶ街の中。
この状態で敵が彼女を見つけることは、かなり困難なはずである。
「はぁ……はぁ……」
彼女は荒がる息をなんとか抑えこみながら、とある建物の隙間に身をはさみ、壁によりかかる。
伸縮性の優れた素材で作られた飾り気のない、黒い全身を包むスーツごしに、石の壁の冷たい感触が伝わってくる。
土の湿気と、錆びた鉄の香り。
いや。本当にそんな香りがしているのか怪しい。
自分でそう思い込んでいるだけではないかと、腰に手を当ててみる。
やはりまたじんわりと濡れてきており、その周辺がジンジンという痛みに包まれている。
(また血が……)
魔法で止血を少しだけ行った。
敵に感知される可能性があるため、長く魔力を使うわけにはいかなかったのだ。
しかし、止血程度では激しく歩き回ると、やはりすぐに傷口が開いてしまう。
(もう少しのはず……)
彼女は、また周囲を探る。
動く者と言えば、彼女にとってほぼ敵だ。
たとえ、傷で朦朧としようとも、この地の利がある街で捕まらない自信はあった。
だが、それも体が保てばの話だ。
このままでは、見つからなくても力尽きて倒れてしまう。
彼女は小さな体に鞭を打って目的地まで歩ませる。
幸い、敵の気配は遠のいた。
あきらめたのか、たまたまなのか。
とにかく、盗んだ魔生機甲設計書を返したら、治癒魔法をかけよう。
役目さえ終えれば、あとは見つかってもかまわない。
彼女はそう考えながら、やっとの想いで目的の家の裏にたどりついた。
【あずまや工房】の裏口にある木戸。
そこから続く工房の様子を探る。
人の魔力気配は、3つあるが、どれも金庫があった部屋とは別の部屋である。
(あの部屋に、人はいない。想定内ね)
盗む時に入ったように、裏口のドアの鍵を外す。
そこは廊下になっており、少し進むと工房の作業部屋がある。
なぜか作業机の上に、明かりがともっている大きめのランタンが一つある。
だが、やはり魔力探査で人の気配はない。
(消し忘れか。危ないね……)
中に入り、そのランタンがともる作業机の上に、盗んだ魔生機甲設計書をそっと置く。
そしてあらかじめ記載していたカードを添える。
――ポリシーにより、お宝はお返し致します。
――怪盗・魔法少女
(よし。任務完了ね)
彼女は一安心し、その場を去ろうとした。
――まさに、その時だった。
「……誰?」
背後から声がした。
「――なっ!?」
彼女は、慌ててふりむく。
すると、ランタンが灯す薄闇の中、すぐ近くのソファで起き上がる人影。
(人!? なんでそんなところに!? 魔力探査に引っかからない!? 想定外ね!?)
気がつかないうちに、彼女はここまでの接近を許したことがない。
そのため、完全にパニックに陥る。
そして、その精神の揺らぎは、なんとか気力で抑えていた腹部の痛みを増幅する。
「――くっ!」
急激な痛み、そして任務を完了した安心感も後押しし、意識を保っていられなくなる。
(な……なんと無様ね。これが、怪盗・魔法少女の最後。想定外ね……)
糸の切れた操り人形のように、彼女はその場で膝から崩れ落ちた。
「――お、おい! そこまで驚かなくても!?」
意識を失う寸前に聞こえたのは、そんな勘違いした魔力反応がない男の声だった。




