Act.0039:やられたね
「――やられた!」
日も昇りきらない内に長門邸をでて、ヘトヘトになりながら自宅【あずまや工房】についたのは、もう日が暮れた頃だった。
長距離移動用の魔術で浮かぶ乗り物【魔動車】を3人で順番に操縦して、休みなく進み続けてもこのぐらいの時間がかかってしまった。
これでやっとゆっくりできると全員が思った矢先、いちずは先ほどの声をあげたのだ。
「どーしたのよ?」
双葉とミカ、それに世代も声の元に集まってくる。
いちずは、目の前で開けっ放しになっている工房の壁に仕掛けられた金庫を指さした。
金庫と言っても、一見すると壁と区別がつかない作りになっている。
魔法により封印されており、さらに周りは熱にも強い金剛鉄で囲まれていた。
その封印が、まるでいちずしか知らない解除の呪文を唱えたかのように、壊されることもなく開いていたのだ。
そして、その中にはあるはずのものがなかった。
「魔生機甲設計書を……世代がデザインした魔生機甲設計書を盗まれた!」
「何ですって!?」
「なんと!」
驚く双葉とミカに、いちずは金庫の中にあった、あってはおかしい物を見せる。
「そ、そのカードはまさか……」
「あの、巧みに魔法を駆使して盗みを行う【怪盗・魔法少女】!」
「……はあ~ぁ?」
双葉とミカの言葉に、世代がバカにしたような声を続けた。
「怪盗? しかも魔法少女? 両方とも肩書きじゃないの? 普通は、『怪盗・双葉』とか、『魔法少女ミカ』とか、そういうネーミングだよね?」
「いや、普通とか言われても困るが……」
「ってか、あたし達を例にしないでよ、ご主人様!」
「盗まれたのは1冊なの?」
世代の質問に、いちずか首肯する。
「ああ。最新の魔法戦タイプだけがなくなっている……。あっ! 【ヴァルク】はどうした!?」
「大丈夫。帰ってから、いの一番に見にいったから」
「そうか。よかった」
ふぅと、いちずは安堵する。
あれまでも盗まれていたら、目も当てられない。
「ヴァルクって?」
首を傾げる双葉に、ミカも同じく顎に手を当ててわからないそぶりを見せる。
「ああ。世代が一番最初にデザインした、レベル50の魔生機甲だ」
「あっ! そう言えば前にそんなこと言ってたね!」
「レベル50とはまた凄まじい。そんな高額な物、金庫ではなくどちらにしまわれていたのです、主殿」
「枕の下」
「……は? 枕の……下?」
「うん。夢の中でも、ヴァルクと一緒にいられるかと思って」
「…………」
一瞬、全員が言葉を失う。
「でもね、夢を見るよりも何よりも、首が痛くなったよ」
「当たり前だ! あんな分厚い物、枕の下に入れるな!」
「うん。もう入れない」
さすがの世代も、素直にいちずの言葉に従う。
よほど痛かったらしい。
「それよりも、どうにも奇妙ですな……」
ミカが周りを観察しながら、言葉を続ける。
「他に、何かを物色した様子もない。しかも、いくら描きかけとはいえ、一緒に入っていた、もう1冊の魔生機甲設計書は盗んでいない。魔生機甲設計書は使いかけと言えど、売ればそれなりの金になるはず」
「そうか。つまり、怪盗・魔法少女は、最初から世代の魔生機甲が狙いだった……」
「多分。主殿の魔生機甲を見て、ここに他にも作品がないか探りにきたのであろう」
だが、今度はミカの推論に、世代が首を捻る。
「それってつまり、魔法少女さんがボクの魔生機甲を欲しかったってこと?」
「あ! そうでした。違います。魔法少女は依頼を受けて盗みを行う怪盗ゆえ、主殿の魔生機甲を欲しがっていた者は、別におります」
「だから、他の物は盗まなかったのか。割り切ってるな。でもさ、魔生機甲を盗んでも、使えばボクのだとすぐにばれるよね?」
「それは魔生機甲設計書を見れば、主殿のお名前がありますからな。しかし、基本的に魔生機甲設計書は他人に見せない物。この手の犯罪はよくあるのですが、今回の場合もデザインをしたのが主殿だという証拠もないため、問い詰めるのは難しいでしょう」
それでもまだ、世代は腑に落ちない顔をする。
「でもさ、自分で言うのもなんだけど、ボクのデザインだよ」
「……あ。確かに」
「あの【三体合体六変化】の長門が、『他にない』と太鼓判を押したデザインで白を切るのは無理じゃないの?」
「いや、あの、長門殿は一人ですし、合体も変化もしませぬ。三大名工ですな。……まあ、確かに利用は難しいかと。しかし、善意の第三者に転売することはできますでしょう」
「うーん……。どうなの、それ。わざわざ、依頼料を払い、人を使って盗ませて、それを転売するの? それにこれからボクが、警察……じゃなくて警務隊に、こういうデザインが盗まれましたとデザインのラフスケッチを描いて提出したら、下手したらかなり売りにくくなるよね? なんかモヤッとするなぁ」
「ふむ、確かに。主殿、ご明察ですな」
「なんか嫌な予感がするなぁ。大丈夫かな、ボクの魔生機甲……」
ロボットがらみには、敏感な世代であった。
◆
「くっ……。やられたね。想定外ね」
フォーはフウフウと息を荒げながら、脇腹を強く押さえた手を見る。
薄闇でよくわからないが、ねっとりとした液体が、手にべったりとくっついているはずだ。
唯一わかるのは、その温かさ。
だが、逆に体からは、体温が抜けていっている気がする。
(このままだと出血、多すぎるね……)
頭まですっぽりと覆われた、真っ黒で体にはりつくボディスーツは、魔法障壁でほとんどの攻撃を弾きかえすはずだった。
しかし、魔法障壁がなければ、ただの薄くて丈夫な服に過ぎない。
通常、大事な物を守るには、魔法障壁を使う。
魔法障壁で大事な物を包んでしまい固定するのだ。
しかし、今回の相手は違った。
魔力を吸収することで魔法を無効化する魔石を使い、大事な物の周りを逆に魔法無効化エリアにしていたのである。
おかげで、そこに入った途端に魔法障壁は消えてしまった。
そして仕掛けられた罠が発動。よける暇もなく、小型ナイフが飛来して脇腹に刺さった。
魔法を殺した上に、魔法を使わない罠。これは、明らかにフォーが取り返しに来ることを想定したものだ。
喰えない奴らだと、フォーはほぞを噛む。
それでも、なんとか盗みだすことはできたのは重畳だろう。
だが、その仕事に鮮やかさの欠片もなく、怪盗の名を貶めるような失態であろう。
それでもフォーにしてみれば、もうひとつの失態を犯すよりは遙かにましだった。
(せめてオリジナルは、テロに利用させないね!)
なんとか組織の隠れ家になっていた屋敷から逃げだし、街に立ち並ぶ建物の闇に身を潜めることができた。
地面に染みこませた血の跡も、闇が消してくれるだろう。
だが、追っ手の気配が大量に迫っている。
自分の体力が保つか、相手に見つかるのが先か……。
まずは隙を見て、回復魔法でせめて血だけでも止めなければならない。
(少なくとも、これは持主に返すね)
命を削るように息を荒げながらも、彼女は【あずまや工房】を目指すのだった。




