Act.0036:ウッヒョー
世代の態度が、コロッと軟化した。
「双葉、ミカ、二人の魔生機甲設計書を持ってきて、長門さんに見せてあげて」
魔生機甲設計書は素人が見てもマネはできないが、ある程度の技術力があればマネして作ることもできる。
そのため普通は、自分の最新技術が詰まった魔生機甲設計書を他の魔生機甲設計者に見せることはない。
だからだろう。
双葉が一瞬、躊躇った。
しかし、ミカは黙って立ちあがり、部屋に魔生機甲設計書を取りに行く。
それに少し遅れて、双葉も行動した。
「……こ、これ、本当に見てもいいのか、世代君」
長門が目の前に積まれた2冊の魔生機甲設計書をまるで「おあずけ」された犬のように見ている。
よだれが垂れそうな顔で、両手がワキワキと動き、今にも魔生機甲設計書に襲いかかるのではないかとさえ思えてしまう。
「もちろんいいのですが、ボクのことは『世代』と呼び捨てでいいですよ。我らは同志じゃないですか」
「おお。ならば、わしの事も長門でいいぞ! ……で、見ていいか?」
「どうぞ」
「ウッヒョー――!」
奇声と共に、長門が魔生機甲設計書に手を伸ばした。
その様子に、双葉がいちずへ耳打ちする。
「さ、三大名工の1人が、『ウッヒョー』って言ったわよ」
「言ったな……」
「これだけでニュースよね……」
態度が変わったのは、長門の方もだった。
腹を割って笑ってから、まるで子供のようにはしゃぎだしたのである。
「うひゃひゃひゃひゃ! こりゃすごい! すごいぞ、こりゃ!」
「三大名工の1人が、『うひゃひゃ』って笑ったわよ」
「笑ったな……」
双葉の囁きに、いちずは相づちを打つ。
何かのたがが外れたように、先ほどまでの落ちついた雰囲気がなくなってしまったのである。
「こりゃ、ヤバイ! ヤバすぎだ!」
「三大名工の1人が、『ヤバイ』って叫んだわよ」
「ヤバイな……」
「おおお、これは。おい、世代! これ、どうなってるんだ?」
「ああ、それ。よくぞ聞いてくれた。それはね……」
長門に呼ばれ、世代が一緒に魔生機甲設計書を覗きこむ。
その様子に、双葉はさらに顔をひきつらす。
「うちのご主人様、三大名工の1人に何か教えてますよ……」
「さすが我が主だな……」
答えたのは、ミカだった。
彼女は妙に嬉しそうに、いちずと双葉の横に並んで、うんうんと頷いている。
「これはいいな、世代!」
「おお! そうそう。わかってるね、長門!」
「三大名工の1人を呼び捨てに……」
「世代、これはなんでこんな風にしたんだ? こっちに持ってきた方がいいじゃないか」
「バカだな、長門! こっちのがカッコイイだろう?」
「三大名工の1人をバカ呼ばわり……」
「うんうん」
ミカは相変わらず、横で嬉しそうに頷いている。
だが、さすがに双葉も慌て始める。
「ミカ! そんな呑気に頷いている場合じゃないよ! いくらなんでも……」
「ご当人は、楽しそうではないか」
確かにミカの言うとおり、長門は楽しそうに笑っており、世代の言動に欠片も不機嫌さは見せていない。
「だからと言って……」
「名誉なことに、長門殿は我が主を対等な友と認めてくださったのだ」
「いや~。それはいくらなんでも……」
「いえ。その通りでございますよ」
三人の後ろから、声が割りこんだ。
ふりむくと、そこには長門の妻である美月とミーシャが立っていた。
「旦那様のあのようにざっくばらんな姿、久々に見させていただきました」
赤髪のミーシャが口元に手を当てながらクスクスと笑う。
「あれはどう見ても、世代様を同等な友達として接しておられます」
「しかも、それだけではありませんね」
黒いストレートヘアの清楚な美月も、同じように口元に手を寄せて笑う。
「あの長門の雰囲気は、40前後の全盛期を思いだします。まだ、協会の重役などに縛られない、自由な頃。たぶん、自分も若返った気分なのでしょう」
美月は40半ばで、ミーシャは30半ば。
そして長門は60半ばだった。
ところが最初、観客席で出会った時は、70過ぎの老人に見えたのだ。
力なくあとは静かに死を待つような空気をまとって。
それが今では、まだ現役バリバリにさえ見えてしまう。
死の香りなど、微塵も感じさせない。
「引退を決めてから、本当に気力も弱くなって心配しておりましたが、これで一安心です。本当にありがとうございます」
「い、いや、とんでもない!」
美月とミーシャに頭をさげられ、三人も思わず頭をさげてしまう。
そして全員が顔を上げると、互いに顔を見合わせる。
その瞬間に全員に「面倒な男を好きになった」という共感が生まれ、5人は思わず笑いあってしまうのだった。




