Act.0003:探すとしよう
(これは、都市伝説にあったあれかな……)
乗降用のワイヤータラップがついていることに気がつき、世代はとりあえずコックピットから降りた。
少し乾燥した土の感触は、まぎれもなく本物だ。
彼は指先で地面を撫でる。
指の腹には、砂汚れがきちんと残った。
(現実……まさか本当にこんなことがあるなんて。……まあ、プロト・ヴァルクが一緒ならどこでもいいけど)
全長18メートルほどで、赤ベースに黒、そして関節部分に黄金をあしらったカラーリングの鋭角的なレムロイドは、全体を見ても確かに世代がデザインしたものだった。
彼はその姿をなめるように見て、感動に身を震わせる。
それからゆっくり深呼吸し、先ほどのコンテナを調べに向かった。
巨大ロボットが実際に手に入ったことを考えれば、ここがどこでも文句は言わないつもりだが、どこだかは知らなくてはならない。
そのために、とりあえず手近なところから調べることにしたのだ。
灰色のコンテナは、鉄ではなく木製だった。
5メートル四方ほどの大きさで、かなり頑丈にできている。
しかし、鍵がついていたらしいドアは、閂ごと引きちぎられるように開いていた。
そこからコンテナの中にはいると、そこには小さな箱が固定されていた。
今度は金属製で、アタッシュケースに脚が付いたテーブルのような形をしている。
もう少し観察すると、ケースの正面に「開」と書かれたボタンがついていた。
世代は、誘われるようにそのボタンを押しこむ。
ブシュッと空気を吸い込む音とともに、油圧式ダンパーでもついているかのように、ゆっくりと蓋が上がっていった。
「……本?」
中には、豪勢な琥珀色の布に囲まれるように、かなりぶ厚い本が5冊並んでいた。
そのうちの1冊を手に取ってみる。
「……魔生機甲設計書? なんじゃそりゃ?」
牛革のような焦げ茶色の表紙の全面には、まるで何かの回路図でも思わすような点と線と記号が並んでいる。
そして、ど真ん中に「魔生機甲設計書」という文字が、漢字で彫るように描かれていた。
「日本語……噂の異世界かなと思ったけど……なんだ、ここ日本か?」
そう思いながら、表紙をめくってみる。
だが、そこには何も書かれていない。
真っ白なページがあるだけだった。
いや。よく見ると、紙一枚一枚に透かし絵のように、薄く表紙と同じ文様が描かれている。
「新品のノート? それにしては随分と……」
別のノートも手にしてみる。
すると、そっちは白紙ではなかった。
そこには、ロボットらしきイラストが描かれていたのだ。
(……イラストというよりも、設定資料?)
ロボット全体図に、注釈や説明文などが付与されている。
ただ、2ページほどしか描かれておらず、どうやらそれも描きかけらしい。
「設計書って……ロボットの設計書か。でも……」
世代にとって、そこにデザインされているロボットはかっこ悪いとしか思えなかった。
先ほどの2体より少しましだが、基本的には中世ヨーロッパ風の鎧を思わすデザインだ。
しかも、さらに許せなかったのが、その設定内容の大雑把さである。
「関節部分は黒く塗りつぶしただけ。サスペンションもダンパーもない。武器の説明も『剣』としか書いてない。動力や操作方法、コックピットのデザイン、アクション時のイメージもない……。これで設計書とは……ロボットデザインに対する冒涜だよ! メカニックデザイナーの神【大河森】大先生の罰が当たる!」
何かの衝動に体を突き動かされ、すぐさま彼はコックピットに戻った。
BMRSに寄ったのは学校帰り。
だから、コックピットには学生鞄が置きっぱなしになっていた。
その中には、デザイン用の筆記具、定規、コンパスなどの製図道具、そして色鉛筆までも常備している。
「……机がいるな……」
世代は、木製コンテナの屋根をレムロイドでちぎり取った。
そして、コンテナの中に入る。
少し熱いが、これなら太陽は照っていて明るい。
夕方までは、天然の照明になってくれるだろう。
そして中にあるアタッシュケースの蓋を閉めれば、立ち机としてはちょうどいい。
「……よし!」
白紙の魔生機甲設計書を1冊取りだし、臨時の机の上でバンッと1ページ目を開いた。
(設計書なら、ちょうどいい。長年、温めてきたデザインを描き起こしてやるぞ!)
彼は、恐ろしいほどの勢いでペンを走らせ始めた。
自分でも不思議になるぐらい集中し、思いのたけをぶつけていく。
大好きなロボットをこの設計書に生みだす、それだけしか頭になかったのである。
◆
日差しが少し斜陽に近づいてきて、世代はやっと設計書作りを一段落させた。
ナンバリングしていったところ、ちょうど50ページも書いてしまっていたからだ。
学校帰りに買ったスポーツドリンクが半分ほど残っていたのを思いだし、それを口にして喉の渇きを潤す。
(まだ描き足らないが、ここまでは会心の出来だなぁ)
ページをめくりながら、ウンウンとうなずいたり、ニヤニヤとしたりをくり返す。
これはぜひロボット愛好家の仲間に見せてやりたいところだ。
そこまで考えて、彼はハタッと気がつく。
「あっ。そー言えば、ここがどこなのか調べるのを忘れていた……」
まぬけにも、ゲーム機から知らない場所に飛ばされたことなど、すっかりきれいに忘れていた。
それをやっと思いだす。
(そうだった。これは困ったぞ……このままでは……)
ここにいたり、世代は初めて不安を感じる。
「仕方ない。探すとしよう」
彼は、自分のレムロイドを見上げながら決心した。
「ボクのロボット自慢を聞いてくれる相手を!」
すっかり彼は、ここがどこでもよくなっていたのである。