Act.0033:これじゃ、まるっきり旦那様と妻
双葉の試合を見ていた、サングラスをかけた黒いスーツ姿の男。
彼はコロシアムから離れて、近くの酒場に来ていた。
このコロシアムがある【南天】の街で、ごく普通の酒場。
20畳ぐらいのスペースに、小さな丸椅子と丸テーブルが所狭しと並べてある。
この時間、客はほとんどいないが、もう少しすれば本日の対戦試合興業が終わり、大量の客が流れてくるだろう。
男はそれまでの間、カウンターの立ち飲み席でブランデーを少しずつ口に運んでいた。
オールバックの黒髪。その下の色黒な肌は、黒人の血が強いことがうかがえた。
そこに同じように黒い男性用スーツに身を包んだ長髪の女性が入ってくる。
鮮やかな金髪に、真っ白な肌をしていたが、やはり大きめのサングラスをかけているために表情はよくわからない。
彼女は彼の横について同じ酒を注文する。
店の店主らしい、やせ形の中年男が酒を「はいよ」と無愛想にグラスを置くのを確認すると、女がおもむろに開口した。
「主催者の情報によると、あの2機は【四阿】の街にある【あずまや工房】という魔生機甲設計者の店の関係者のようです」
「名前は聞いたことがあるな。……ああ。確か店主は……」
「はい。偶然、知られてしまったため、1ヶ月ほど前に。無論、病死です」
「……死ぬ前に、あんな物を作っていたのか。ならば、病気にならないでもらった方がよかったな」
男は酒を口にまた含んでから、言葉を続ける。
「あれを複製して売れば、資金稼ぎにはちょうどいいと思っていたが……。あの戦闘力、2機とも規格外だ。たとえ劣化コピーでも、うまくやればかなりの戦力にできる」
「はい……」
「あの2機は人目についたから、正面から金を積んでみよう。だが、まだ公開されていない本があるかもしれん。適当な、回収系のゴト屋を使え」
「はい」
そう言うと、女は一気に酒をあおった。
そして、チェイサーとして水を飲むと、あらためて男に頭をさげる。
「では、失礼します」
「――待て」
男が女の背中を呼びとめる。
「酒代をおいてけ」
「同志の経費につけておいてください」
「オレとて、予算ギリギリなん――」
男が一瞬、目を離した隙に女の姿は消えていた。
「――ふっ。あいかわらず、せこいやつだ」
負け惜しみで笑ってみせるが、こめかみがつりあがる。
男があの女にたかられたのは、初めてではなかった。
◆
「長門さん、これだけちょっと借りてもいい?」
世代が両手で本を5~6冊積んで持っていた。
本と言っても、1冊の厚みがどれも5センチ以上はありそうな辞典のような厚みのため、かなりずっしりくるはずだ。
さらに同じぐらいの量をいちずも、彼に頼まれて持っていた。
その量に驚いたのか、長門が苦笑いを見せる。
「そりゃ別にかまわないよ。でも、もうすぐ食事ができるぞ」
「じゃあ、それまで読ませてください」
「そんな無理しなくても、貸してやるからゆっくり読むといい」
「それは助かります。……でも、とりあえず食事まで見せてください」
世代は広々としたリビングの床に本を積むと、その側の大きなソファに腰かけて、さっそく一冊目を読み始める。
いちずも、持っていた本を横に積んでおく。
すでに世代が、本の世界に没入してしまっている。
いちずは、そんな仕事に熱中している世代の姿を見ると妙にドキドキとしてしまう。
女としては放置されている立場だが、彼ががんばっている姿を見るのは非常に好きだった。
だからつい、じっとしばらく見つめてしまう。
……と、隣のダイニングルームから視線を感じる。
10人ぐらいが余裕で席に着けるダイニングテーブル。
そこに座る、双葉、ミカ、そして長門の視線だった。
全員が全員、妙に弓形をした目で、いちずを見ていた。
「――!!」
赤面を隠せないものの、いちずはまじめくさった顔を作り、何事もないといった体でダイニングの席に戻る。
「あ、えっと、長門先生。せっかくご自宅にご招待を受けたのに、あのような失礼な感じで本当に申し訳ございません」
いちずは、その場の雰囲気をごまかすかのように頭をさげた。
「いやいや。わしは下手に媚びられるより、ああいう好きなことに対する貪欲さが好ましい。本当に世代君は、魔生機甲が好きなんだというのがわかる」
「す、すいません……」
魔生機甲設計者の憧れの三大名工の家に招待されてきているというのに、主と話をするでもなく、本を読みふけっているのだから、連れとしてはいたたまれない。
「むしろ、感心さえしているんだよ。あれだけの物を作りながらも、まだもっと先を求める意識の高さ。彼が会場で『愛』という言葉を使ったが、彼からは本当に魔生機甲に対する『愛』が感じられる」
そこまで言ってから、長門は双葉、ミカ、そしていちずの顔を流し見た。
「しかし、それだけに周りは、やきもきするだろうね」
全員が、それぞれの思惑で照れ笑いと苦笑いが混ざったような顔をする。
「しかしまあ、優秀な魔生機甲設計者はモテるのはたしかだし、このわしも妻は2人いるが、それも成功した30代後半でやっとだった。あの歳で、もう3人も妻がいるとはね」
「わ、私は違います! 私は雇い主です!」
「あたしもまだ妻じゃなく、奴隷で~す」
「拙子も妻ではなく、奴隷、もしくは忠臣でございます」
「あはははは。まあ、なんにせよ、あれだけの甲斐性があれば、あの歳でも奴隷を持とうが、妻を10人娶ろうが余裕だろうよ」
確かに、甲斐性だけはそのぐらい余裕だった。
なにしろ今日だけで世代は、6億600万円を稼いだのだ。
実は世代の指示で、ミカのアダラの素材を買うため、全財産のほとんどを使ってしまっていた。
だがそれも、今日だけで倍になって戻ってきたことになる。
それもこれも、双葉とミカが対戦試合で、それぞれ3戦行い、余裕で3勝したおかげだった。
それにより多くの賞金が手に入ったのだが、それはそのまま約束通りに世代の収入となった。
だが、それで得られた収入は600万円程度だった。
むしろ大きかったのは、世代が賭けに参加したことだった。
対戦試合は、基本的に賭け試合による興業収入がメインとなる。
ここでもそれは同じで、賭けが行われていた。
世代はその賭けに参加し、2人の3試合勝利に、なんと賭け金の最大金額である1千万円ずつ賭けたのだ。
この地方で知られておらず、さらにさほど高い戦績もない2人は、当然のことながら大穴だった。
結果、3連勝の倍率はミカで20倍、レベルの低い双葉に関しては40倍にもなっていた。
それは大会史上、最高の賞金額となり、その場は大騒ぎとなったぐらいだ。
もちろん、賭けに勝った根本は、彼が生みだした魔生機甲の優秀さにある。
それに彼は、魔生機甲設計書を1冊書けば、これからも何億という金を生むことができるだろう。
これだけの甲斐性があれば、妻10人ぐらいは確かに余裕だ。
しかし、世代は女どころか、金にさえも大した興味がなかった。
なにしろ、そのすべての金の管理は、いちずに一任しているぐらいなのだ。
彼にとって金は、魔生機甲のためにだけあればよかった。
趣味も、生きがいも、仕事も、すべて魔生機甲――世代曰く、ロボット――なのだ。
(しかし、雇い主なんて言ったけど、むしろ私が雇われてる立場だな。食事や家事をやっているだけで、金は入れてもらっているのだから。これじゃ、まるっきり旦那様と妻…………はっ!?)
「ん? どうした? 顔が異常に赤いぞ……」
「なななな、なんでもございませんです、はい!」
長門に顔を覗きこまれ、いちずは大慌てしてしまう。
最近、妄想で1人悶えてしまうことが多い、いちずであった。




