Act.0032:ウェルカムで、ばっちこい!
その顔は、長門に伝説の龍を想像させた。
4本立った角に、少し細長い顔つき。
鋭い黒い目の横には、ヒレを思わすような飾りもついている。
ショルダーガードが横に伸びて尖り、その下からは丸い縞模様の入った腕が伸びている。
その腕はまるで蛇のようで、前腕につけられた蛇の頭を思わすようなパーツが、よりそのイメージを強くしていた。
脚はバランス的には細目に作られており、その先はまるでハイヒールでも履いているかのようなつま先と踵をしている。
そして異様なのが尻尾だった。
それは脚よりも遙かに太く、まるで蛇の半身でもついているかのように、地面にベタッとついていた。
だが、何より特徴的だったのは、そのボディのカラーというか、材質感であろう。
一言で表せば、それは氷河だった。
白とも水色とも言えぬグラデーションの中に、藍色や碧天が光るように鮮やかなラインを作っている。
縁取り部分は、半透明のクリスタルのようで、中天の陽射しを青色にして影を薄めているようだった。
その美しい材質が何なのか、名工と呼ばれる長門はすぐに理解した。
(まさか金剛鉄と金剛水晶石……こんな大量に……いくらかけたんだ。……いいや。それよりも、イメージによる加工が難しい材質をここまで……。さらにカラーリングを完璧にコントロールしておる……)
このような技術は、長門さえ見たことなかった。
さらに見事なのは、腰にさしている日本刀だった。
スラリと抜いたその刃は、金剛水晶石よる透明の刃だったのだ。
刀は鋼を鍛えるものという固定観念からは考えられない、そして考えられない故にイメージできず、作ることができない武器だった。
「こっ……これを君がデザインした……と?」
としても信じられない長門は、半信半疑でふりむいた。
イメージ力による具現化というのは、多くのものを見て、知って、その経験から生みだされる具体性を焼きつけることだ。
だから、見たものをそのままコピーするのと違い、オリジナルで創りだすには、ある程度年輪を重ねなければならないというのが常識だった。
30代でオリジナルを創りだせば、「天才」と呼ばれる世界なのだ。
目の前の青年は、まだ20にも満たない年齢だろう。
それなのに、未だこの世に全くなかった「新しい形」を生みだしてしまっている。
目の前の魔生機甲には、誰もがきっと見ただけで、「今までとは別物」と認識できるほどのオリジナリティがあるのだ。
「本当に……本当に、君が?」
「ボクですよ。カッコイイでしょう?」
「カッコイイ……いいや。カッコイイだけではダメだよ。あくまで魔生機甲は戦闘用だ。戦った時に強くなければ、意味がない」
「そうですか。カッコイイだけでも、ボクは意味があると思っていますよ。……ただ、あの魔生機甲にあるのは、機能美ですけどね」
その時、ウォンウォンと唸る戦闘開始のサイレンが鳴り響いた。
その途端、アダラが長い尻尾を上げたまま、右横に駆けだす。
直後、そのアダラのいた地面に着弾があり、地面が抉られる。
正面に立つ両曜は、両手を前に向けたまま、移動したアダラを追う。
アダラの尾が大地を叩く。
とたん、アダラの体は低く跳ね上がり、方向を急転換して左前方に着地する。
両曜の腕の砲門が、それを追うように左を向く。
だが、またアダラは尾を使って、急激な方向転換を行う。
「アダラの特徴は、奇襲です」
その奇妙な動きに長門が目を奪われていると、その横で若き魔生機甲設計者の青年が呟いた。
「蛇、蛟、龍……まあ、その手の生き物の曲線の動きを一見、普通の人型に組み込むことで、予想外の動きを生みだします」
「……なるほど。だが、所詮奇襲。慣れてしまえば、意味がないのではないか?」
「はい。それはただし、アダラに奇襲しかない場合です」
2人が話している間に、アダラは両曜を剣の射程に捕らえていた。
アダラが、透明の刃をふるう。
だが、両曜は、その鉄壁を俊敏に動かす。
肩につけられたアームが自動的に動き、その先のラウンドシールドがアダラの刃を見事に弾く。
そこに両曜の砲撃が、向けられる。
アダラは、それをギリギリでかわし、さらにそのうちの一発を斬り落としてみせる。
「アダラのパイロットは、正統派の剣士でもあるんですよ。そういうのが使う奇襲は怖いですよ」
「ふむふむ。だがね、あのシールドは、同じく金剛鉄に強化魔力障壁がかけられている。あの刃が如何に魔力で斬れ味を増してようと、破ることはできないぞ」
長門は自信満々だった。
なにしろ、あのシールドは長門の中でも最高傑作の一つだった。
未だ、あのシールドを打ち破った武器はない。
「確かにすごいですね」
青年も認めた。
だが、その顔には微笑が浮かんでいる。
「まあ、別にあの盾を打ち破る必要はないんですけどね」
先の攻防でつめた距離が、また空いた。
これでまた両曜の間合いになる。
ふと、両方の動きが止り、互いの出方をうかがい始める。
それを見ていた青年は、腕を組んで低くうなりだす。
長門は、それを見て苦笑した。
「どうやら、勝負が見えたみたいだね」
「……そうですね」
青年は、素直に長門の言葉を肯定する。
とたん、彼の横にいた女性が慌てだす。
「おい、世代! まだ勝負中だぞ!」
「でも、結果はわかったよ」
「なに言っている! ミカは負けない!」
「当たり前だよ」
「え?」
「……なに?」
世代という青年の言葉に、長門も聞きかえす。
「地面の弾痕を見て」
世代の言葉で、女性と共に長門も地面を見る。
両曜の弾が当たった地面が、激しく抉れている。
あの弾は土の魔法で岩を高速射出し、砲門につけた螺旋の溝で回転をつけて飛ばしている。
その威力はかなりのもので、地面はがっつりとくぼみを作っていた。
「それから、アダラの尻尾が打った地面もめりこんでるよね」
確かにアダラが方向転換する時に打った地面もめりこんでいる。
「あれを比べると、両曜の砲撃の方が2倍ぐらい深く地面を削っている」
「……そうだね。つまり、両曜の砲撃の方が攻撃力があると言うことになるね」
「まあ、そうなんですけどね。2倍じゃダメなんですよ」
「なに?」
「あの尻尾の打撃の2倍ぐらいの攻撃では、壊せるのはせいぜいアダラの脚ぐらいです」
「……何を言っているのかね? 十分ではないか。脚がなくなれば――」
「不十分なんです。アダラは脚が壊されても、実は尻尾があれば動けます」
「な、なに!?」
「それに被弾しやすい、尻尾とボディについては、脱皮複合装甲を採用しています。セラミックは手に入りませんが、素材として人工ダイヤモンド以上にすばらしい、金剛鉄と金剛水晶石を複合装甲化し、それをいざとなれば魔術修復で脱皮のように脱ぎ捨てられる構造になっています。まあ、消費魔力は大きいのですが」
「……チョバム? 意味が……」
「要するに、2倍ぐらいの威力では破れないと言うことです。つまり、あの砲撃ではアダラを倒すことはできないんです。どうせ当たらないでしょうけどね」
「…………」
長門は、世代の推察の根拠がよくわからなかった。
複合装甲化? そんな技術は聞いたことがないし、装甲を脱皮させるなど思いもよらなかった。
説明をされてもイメージさえできない。
ここ数十年の間に、こんな事はなかった。
一瞬、この青年はただハッタリを言っているだけではないだろうかと考える。
しかし、彼の横顔は、自信にあふれている。
勝利を疑っていない。
だが、長門にはまだ秘策がある。
「しかしだね。残念ながら今回のレベルアップで、両曜には、さらに強力な兵器があるのだよ」
だから、長門は慌てない。
しかし、世代も慌てていない。
「だからこそ、負けやすくなるということもありますよ」
「……どういうことかね?」
「アダラに乗っているパイロットは、戦い慣れしていて事前調査もちゃんとやっています。だから、両曜がレベルアップしていることも知っていますし、当然新兵器なども予想しているでしょう」
「…………」
「ただ、強力な兵器は反動があったり、準備に時間がかかるのが定石。実際、アダラが動き回っていた間、それを使うそぶりはありませんでした。しかし、今は動きをとめています。そして、射撃には非常にいい間合いです」
「……まさか誘っていると?」
「新兵器って、手に入れたらやっぱり、すぐ使いたくなりますよね」
「……たとえ誘っていても、先ほどのように回避はできぬぞ。その攻撃は、側方へ扇状に拡がるようになっているからね」
その瞬間、アダラが真っ正面に向かって走りだす。
それに合わせて、両曜の盾の先端が正面に向けられる。
盾は裏側を内側に向け、まるで両手を広げて歓迎しているかのように構えられている。
「でも、上には拡がらないでしょう? コックピットは狙えませんから、当然ながら足下を狙いますよね」
「……なに?」
「調べてわかったんですが、魔生機甲には飛行能力がない。それどころか、ジャンプ能力も大したことがない」
両曜の盾の魔法障壁が消え、そのエネルギーがすべて盾の先端に行き、そして盾と盾の間、つまり両曜の正面にエネルギーの玉となって集まっていく。
アダラの膝が軽く曲げられ、次の瞬間尻尾と共に大地を蹴る。
両曜の正面から炎の弾が扇状に広がって射出される。
しかし、そこにアダラはいなかった。
「だから、まさかこんなにジャンプするとは考えてなかったでしょう?」
アダラは空高く跳びあがっていた。
その1回のジャンプで、両曜の頭上に達する。
瞬間、アダラは空転して、尻尾で両曜を叩こうとする。
両曜がギリギリ盾を戻して、それを受けとめる。
だが、魔法障壁のない盾では、その衝撃を受けきれない。
盾が腕ごと弾きとばされ、両曜は前方にもんどり打って倒れる。
「まだ盾はある!」
着地と同時に走りより、アダラが袈裟斬りに刀を降ろす。
なんとかすばやく体勢を立て直した両曜は、長門の言葉通り、盾を前にかざす。
上手くすれば盾で弾けるし、悪くても盾を犠牲にして助かる……両曜のパイロットの算段は、そうだったのだろう。
しかし、瞬間的にアダラの腕が伸びて、奇妙なところで外側に曲線を描く。
刃が急激に軌道を変えて、盾をよけるように外向きに走る。
それはまるで鞭のように、それでいて強引な軌道を走り、両曜の足下まで降りると、今度は真横に走りだす。
金剛水晶石の刃が、両曜の両脚を真横から切断する。
激しい振動と共に、砂埃の中に両曜が横倒しになる。
そして、倒れた両曜のコックピットに刃が向けられた。
両曜、そして長門のゲームオーバーの瞬間だった。
「なっ、なんと……」
「通常時は固定して人間と同じ関節ですが、アンロック時には最大1.5倍に伸び、自由関節をリニアベアリングモーターで可動。さすがにマニュアルによるコントロールは難しいので、魔力による思念コントロールという設定にしました。この奇襲は、そうそう避けられないでしょう」
世代の説明に、長門は大きなため息をつく。
そして顔をゆっくり左右に振ると、すっかり両肩を落とした。
「……わしはまだ、引退は早いのかもしれないね。このわしが、説明を聞いて理解できないことがこれほどあるとは」
「魔生機甲を嫌いになったんですか?」
「ん? いいや。好きだよ」
「好きなら続ければいいじゃないですか。結婚と同じですよ。ロボ……魔生機甲に愛がある限り、現役です! 引退――離婚は、嫌いになった時です!」
「おいおい。魔生機甲と結婚でもする気かい?」
「ウェルカムで、ばっちこい!」
躊躇いなく、世代は両手を腰にあてて胸を張る。
「……くっくくく……あはははは!」
長門は、心の底からおかしくなる。
自分の魔生機甲が負けたことも、自分が三大名工であることさえも、本当に小さな事であるような気がしてしまう。
「このわしが教わるとはねぇ。引退したくなくなったよ」
そうだ。まだまだ知りたいこと、やらなければならないことがある。
まずは、目の前の若き魔生機甲設計者を世に出さなければならない。
下手な権力に呑まれないよう、この若者の能力を十分に発揮できるように。
そして、できる限り、この若者が生み出す物を見ていきたい。
それが、これからの長門の目標となった。




