Act.0030:ちゃんと興奮しますから
「ご主人さーま~~~ぁ!!!」
大きな呼び声が聞こえて、世代は観客席から下を覗きこんだ。
下の方で双葉がピョンピョンと跳ねながら、両手を挙げて手をふっている。
高さにして5~6階のビルの上から、柵もなしの壁越しに下を覗きこむのと同じため、世代は怖々となりながらも手をふりかえす。
「おお! 次は双葉か! がんばれよー!」
「もち! 任せといて!」
元気にピョンピョンと飛び跳ねながら、双葉が返事を返した。
「ふう。間にあったな……」
そこに、いちずが両手一杯に紙袋を抱えて帰ってきた。
いくつかの紙袋からは湯気も立っている。
「屋台でいろいろと飯を買ってきたぞ」
「ありがと、いちずさん。悪いね」
「いや。今日は世代の勉強のために来ているようなものだ。ゆっくりと見るといい。朏さ……ミカも、食べるか?」
少し不自然な台詞になりながらも、いちずがミカに袋を差しだす。
ミカは居候として、家主であるいちずにも呼び捨てにするように言っていた。
「感謝する、いちず」
どうやら、互いに呼び捨てにすると言うことで、話がついたらしい。
ミカは立ちあがると、いちずの荷物を半分ほど受けとる。
そして、マットの上に置かれた低いテーブルの上に置いた。
その様子は、まるでちょっとしたキャンプ気分だ。
「だが、あとでいただくことにしよう。拙子もそろそろ準備に入らねばならぬ」
いつも堅苦しいミカだが、今日は一段と言葉遣いまで硬く見えた。
見れば微笑もぎこちなく、少し緊張した面持ちだ。
「……ミカ」
世代は、ミカに歩みよる。
このままでは魔生機甲の力が発揮できない。
「コントロールに余分な力は禁物だよ。大丈夫。練習を見てたけど、驚くほどミカはアダラを掌握しているよ。アダラは特殊な操作が多い機体だから、完璧はもちろん無理だろうけど、今のレベルでもミカに敵はいないよ」
その言葉に、ミカは一瞬だけ目を見開くが、その後に褐色の頬を少し赤らませた。
そして、すっと突然、その場で片膝をついて頭を垂れる。
本当に彼女は武士のようだと思う。
世代から見れば時代錯誤だ。
しかし、ここは黙って受け入れる。
「主殿。勝ってまいります」
「うん。勝っておいで」
満足そうにうなずくと、ミカがさっと踵を返して、その場から走り去りはじめる。
ピンと伸びた背筋に、世代は自信を感じて安心した。
「世代。そろそろ双葉が構成するぞ」
いちずが、会場を見下ろしながら手招きする。
慌てて世代も、いちずの横に並んで上から双葉を見る。
「――構成!!」
ちょうど、そのタイミングで双葉の声が響く。
上から見ると、その風景は面白かった。
浮かびあがってくる双葉と共に光の渦があがり、それが少しずつ銀色のボディを象っていく。
そして双葉を包みこみ、銀色の耳までができあがる。
昼前の太陽を容赦なく全身で照り返させる、プラチナのような輝きのボディ。
今まで戦っていた魔生機甲のような無骨さはどこにもない。
スリムでいながら、野性的。
猫を思わせながらも、有機的ではなく機械的デザイン。
全体に流線型に光が流れ、マカライトの瞳が命を宿す。
(カットゥの……自分の作った魔生機甲の初バトル見学……やばい。興奮して鼻血が出そう……)
「世代、鼻息が荒すぎるぞ」
興奮していたことが丸わかりだったらしい。
横でいちずが苦笑するが、こればかりは仕方がない。
何度、世代はこのシチュエーションを元の世界で夢見たことだろうか。
自分が作ったロボット、それに惚れこんだパイロット。
この2つの条件がそろって戦ってくれる。
これほどビルダー冥利に尽きることはない。
絶対に叶わないと思っていた夢がまたひとつ叶うのだ。
興奮するなというのが無理というものだ。
「双葉が裸を見せると言っても興奮しなかったくせに。本当に魔生機甲が好きなのだな」
「うん。もちろん!」
世代は力強く肯定する……が、ふと勘違いされていることに気がつき、言葉を続ける。
「ただね、正直言うと、別に女性の裸も興奮するんだよ」
「――えっ!? そ、そうなのか!?」
いちずが本気で驚く。
「私はてっきり、世代は生物としてどこかおかしいのではないか、と思っていたが……」
「失礼だなぁ。絶対的な意味なら、双葉はかわいいと思うし、ミカさんも美人だし、もちろんいちずさんもきれいだと思うよ。裸を見たら、ちゃんと興奮しますから」
「――いっ、いきなり何を……」
いちずがなぜか真っ赤になり、固まっている。
世代にしてみれば、自分程度に褒められてなぜ照れるのかわからない。
彼は、自分が大してモテる男だとは思っていない。
見た目は、本当にごく普通なのだ。
だがまあ、世代にとってみれば、それらはどうでもいいことだ。
とりあえず、それを無視して言葉を続ける。
「でもね。相対的に見て、ロボットの方が上なんだよ。たとえば、3人の裸と【ヴァルク】と、どっちを眺めたいと言われたら、迷わず【ヴァルク】をボクは選ぶ!」
「……やっぱり、世代は生物的に欠陥があると思うぞ。魔生機甲に興奮しすぎだ!」
「失礼だなぁ。……でも、今は興奮しても仕方ないでしょう。カットゥの戦いを見られるんだから」
「まあ、それはわかる。実は、私も興奮気味だしな……。ただ、予想通り、興奮しているのは我々だけではないようだぞ」
2人が無駄話をしている間にも、すでに周りはザワザワとただならぬ雰囲気になっていた。
「なんだ、ありゃ!」
「なんてきれいな魔生機甲だ!」
「あれ、噂になってた……」
「欲しい! いくらなんだ!?」
「あんなの誰が作ったんだ!?」
「信じられん! 動くのか!?」
観客達が、あちらこちらで騒ぎだしている。
そして、一部の観客たちは、その視線を世代といちずの2人に向けていた。
なにしろ、パイロットである双葉と仲良く話しているところを見られているのだから当たり前だろう。
カットゥの事を知りたい者達は、2人を囲むように遠巻きに輪を作り始める。
「おい。あんたたち――」
意を決したように、周囲の観客の一人が声をかけてきた。
その瞬間を狙い、世代が大きな声をあげる。
「――うおお! なんだぁ、あの魔生機甲!? あいつ、あんなの持ってたのか!?」
「本当だー! 初めて見たー! いつ、手に入れたんだろうーねー!」
世代につきあい、少しわざとらしいながら、いちずも決められていた台詞を放った。
「お、おい。あんたたち、あの魔生機甲のパイロットの友達なんだろう!?」
話しかけ途中だった男性観客の1人が、世代たちに詰めよる。
「あの魔生機甲のこと、なにか知らないのか?」
「ええ。ボクたちも初めてで。……あ、でも、なんかデザインした人が、向かい側の観客席にいるらしいと聞きましたよ。すごい美人の女性らしいです」
「なんだって!?」
突然、人の波が動きだした。
多くの者達が、2人の周りからいなくなってしまう。
「……これでしばらく静かかな」
「世代……君は平気な顔で嘘がつけるな」
「一応、心が痛んでますよ」
「絶対に嘘だ!」
ちなみに、カットゥは敵と2回交差しただけで、手足と頭をもぎ取って圧勝してしまった。
その強さ故に、また観客席は大騒ぎになっていた。
◆
世代たちとは別の観客席で、カットゥの活躍を見ていた、スーツ姿の男性がいた。
サングラスで目線は見えないものの、ただならぬ剣呑な雰囲気を漂わせている。
「……おい」
横に立っていた、同じようにスーツを着た女性を彼は呼んだ。
「調べろ」
命令はそれだけだった。
しかし、女性はそれだけですべてを承知したように、黙したまま首肯し、そのまま去って行った。




