Act.0029:拙子はあえて斬り込みますがね……
巨大な鋼鉄の塊が激しくぶつかりあい、ワンワンと周囲に音を響かせる。
まるで巨大な剣を振りまわす、鎧を着た2体の巨人が戦っているようだった。
それが目の前に来た時の迫力たるや凄まじい。
風圧が襲いかかり、砂埃が舞い、轟音が耳を劈く。
瞬き後に自分は死んでいるのではないか……そんな恐怖感が、ゾクゾクとした快感を与えてくれる。
それはどんなVRゲームでも再現不可能な、命の危険を感じる迫力があった。
「すげぇ……」
世代は、目の前で次々と繰り広げられる魔生機甲の対戦試合の様子に釘付けだった。
(魔生機甲……すごいじゃないか……)
全長10~20メートルある人型兵器【魔生機甲】は、もともと魔導師が生みだした、仮の魂で動く魔法生命体ゴーレムを武装させたことから始まった。
そのゴーレムを生みだす仕組みを魔導師たちは、魔導書に封じ込め、それをさらに汎用性があるものに進化させた。
そして、描かれた時の強いイメージ力を記憶して、それを具現化する驚異の魔導書【魔生機甲設計書】を生みだしたのだ。
目の前で戦っている2体もまた、そうやって生まれた魔生機甲だった。
1体は、やはり騎士のような鎧を身に纏っていた。
全体は、ペリドットのような黄緑色をしていて、あまりきれいな配色ではない。
鶏冠のような飾りのついた兜と、やたらに刺々しい装備を関節パーツにつけていて、世代には「荒廃した世紀末にでてくるモヒカンアウトロー」を想像させた。
もう1体は、ターコイズのような水色をしていた。
こちらは大人しいデザインで、プロテクター的なパーツを組み合わせた、意外にロボットに近いイメージがある魔生機甲だった。
スリムで動きもよく、パワータイプらしい相手に対して、コロシアムの広さを上手く使ってスピードで翻弄している。
この円形のコロシアムは、周辺の街でも2番目に大きい、直径400メートル以上はありそうな巨大な戦場だった。
と言っても、全体を大きな建造物で囲っているわけではない。
建造物があるのは、闘技場の周囲を均等間隔で8箇所。
1つの高さは20メートル、幅50メートルほどで、石造の観客席となっていた。
その各観客席には、魔術が仕込んであるそうで、コロシアムを囲む強力な魔力の結界が発生するようになっているという。
要するに、見えない壁が作られ、魔生機甲の攻撃が外にもれないようにしていたのだ。
しかも、空中には他の客席から見たらしい風景が、空間ディスプレイとして表示されている。
(本当に科学が魔法にとってかわられているなぁ。まあ、これだけ便利なら、科学なんていらなくなるのはわかるけど)
気がつけば、目の前の試合も決着がついていた。
ターコイズの魔生機甲が、見事に敵の脚を破壊し行動不能として勝利したのだ。
「いかがですかな、主殿。目の前で見る対戦試合は?」
ミカが横に来て、木製のコップに入った冷たいお茶をさしだしてくる。
世代は礼を言ってから、それを一気に喉の奥に流しこむ。
興奮し続けてカラカラに渇いていた口から喉の奥までが、心地よいミントの香りに潤され、ほうっと腹の奥にたまっていた緊張感みたいなものが抜けていく。
「うん。思っていたより、すごく楽しいですよ。ありがとうございます、ミカさ……ありがとう、ミカ」
敬語や敬称を使うと怒られるため、世代はわざわざ言い直した。
3歳も年上の女性に偉そうに話さなければならないのは、けっこう躊躇われるのだ。
「喜んでいただき、恐悦至極に存じます。このコロシアムは、毎日のように対戦試合が行われておりますからな」
逆に年上女性から、臣下が殿にでも話すような口調を使われるのも、激しい抵抗感を抱く。
まあ、すぐに慣れるだろうけどと、世代はあきらめていた。
「今日もまだ、たくさんのバトルを見学できますので、片道1日かけてでも来た甲斐もありましょう」
「うん。確かに。……見てよ、これ」
世代は、握っていたペンとノートを見せた。
開いたノートには、すでに10ページ以上ものアイデアがメモってある。
先ほどから世代の頭の中には、次から次へとアイデアが止めどなく湧きあがっていた。
もうメモが間にあわないぐらいなのだ。
「最初は迫力に押されてたけど、慣れてきたらアイデアが止らないよ」
「ほほう。さすが、主殿。これは帰ってからの新作が楽しみですな」
金髪のポニーテールを揺らしながら、ミカは褐色気味の顔を破顔する。
その笑顔は、かなり整っている。
グループ分けすれば、双葉は「かわいいグループ」だろうが、ミカはまちがいなく「美人グループ」だろう。
切れ長で長い睫で飾られた双眸は、いちずたちよりも一段上の女性らしさがある。
西洋の雰囲気がある高い鼻と、淡い桃色の唇も艶めかしい。
特に今は、青を基調にしたタイトなボディスーツで身を包んでいて、スレンダーながらもバランスのよいボディラインを余すことなく見せていた。
こんな美人がなぜ自分などに傅くのか、世代はまったく理解できない。
一度、きちんとそのことを聞いてみたい気もするが、今は別のことが気になっていた。
目の前の試合をいくつか見て気がついたことがあるのだ。
「ところでさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでございましょうか」
「いちずさんから、魔生機甲は武器をあまり使わないで魔法で戦うことが多いと聞いたんだけど、対戦試合を見ると、みんな剣とか槍とかもっているよね」
「はい。それは実戦との差異のためでございます。対戦試合は、大前提として対戦相手を殺してはいけないというルールがあるのです。しかし、魔法攻撃は強力なものも多い上に、標的を絞りにくいのです。そのため、下手に使うと相手を殺して反則負けになってしまいます」
「なるほど」
「また、コロシアムという場所の問題があります。このぐらいの距離では、相手が止ってでもいないかぎり、魔法は使いにくいのです。しかし、実戦ではわざわざ近づくよりも、遠くから魔法の撃ちあいをしたほうが、効率よい場合が多いのです」
(確かに剣で戦うより、銃で撃ちあい、最後はミサイルを撃ちあうようになるわけだから、そういうもんか……)
「しかし――」
そう言って、彼女はコロシアムの中心の方を見ながらほくそ笑む。
「拙子はあえて斬り込みますがね……フフフ……」
「…………」
その様子に、世代は身をふるわせてしまう。
(うん。ヤバいな。この人は、敵にしたくないタイプだ……)
こっそり警戒する世代であった。




