Act.0025:好きにしてよいよ
「まずは、そちらのご都合も確認せずに訪問したことを謝らせていただきたい」
ミカは深々と頭をさげた。
双葉が去った後、ミカはとりあえず話をすることとなった。
今は、いちずと世代の前に座っている。
「まずは自己紹介をさせていただく。拙子は、名を【朏・クリスタル】と申す。生まれは、西方。歳は20。魔生機甲のパイロットで、賞金稼ぎをしておる」
「賞金稼ぎ? 悪い奴、捕まえたりするやつ?」
「それもしかり。だが、基本は対戦試合にて優勝賞金を稼ぐことの方が主となる」
「へー。対戦試合ってけっこうあちこちでやってるんだ?」
世代の目線を受けたいちずが、首肯する。
「ああ。興業としては、もっともポピュラーで人気があるぞ」
「拙子も、あちらこちらに旅をしながら参加をしておる」
「そうなのか。なら、見学しに行きたいなぁ……。ロボット……魔生機甲バトル、目の前で見たい」
「ああ。それはデザインの参考になって良いかもしれないな、世代」
「よし。なら、行こう!」
いきなり世代が席を立とうとするのをわかっていたように、いちずが肩を抑える。
「落ち着け。今日はもう近くではやっていない。それに目の前の客はどうするんだ。対戦試合は調べておいてやるから、今日は待て」
いちずの説得に、残念そうに世代が浮いていた腰を戻す。
その様子が、ミカには妙におかしかった。
「まるで、二人は夫婦のようだな」
「――なっ!? そ、そんなことはないぞ!」
慌てるいちずの姿で、よけいおかしくなってしまう。
ミカは、いちずとレベルが近いものの、なかなか機会がなく、数回ぐらいしか対戦したことがなかった。
そのため、双葉のように親しく話すこともなく、いちずのことはあまり知らなかったのだ。
しかし、今回のことで、ミカはいちずに好感を持つ。
なにしろ、押しかけてきた自分を受け入れ、いろいろと事情を話してくれたり、世代との会話も取りもってくれたのだ。
非難するどころか、嫌そうな顔ひとつせずにだ。
それだけで、ミカはたいそう救われた気分になっていた。
「いちず殿。本当に今日は受け入れていただき感謝する。そして、世代殿。不躾ながら、我が願いを聞きいれていただきたい。拙子は、双葉が乗っていた【ジルヴァラ・カットゥ】という魔生機甲を見た瞬間に直感したのだ。あれを作った魔生機甲設計者こそが、我の求めていた魔生機甲を生み出せる者であると」
「つまり、魔生機甲をデザインして欲しいってこと?」
「うむ。最初は、そのつもりで参った。しかし――」
ミカは、テーブルの上に置いてあった魔生機甲設計書を自分の元に持ってきた。
「しかし、もしよければだが、この魔生機甲【ズワールド・アダラ】をゆずってはもらえぬだろうか!」
「……え?」
短く驚きの声をだしたのは、世代ではなくいちずの方だった。
「乗ってもいないのに、それでいいの?」
「いいや。これがよいのだ。このアダラを見た瞬間、拙子の体に何か走った。まさに、運命とも言うべき出会いを感じたのだ!」
ミカは、この魔生機甲設計書の最初のページを開いた時の衝撃を思いだす。
魔生機甲設計書の中の魔生機甲に、誘惑されている気分になったのだ。
そして、その誘惑はたとえようがないほど甘露だった。
今まで受けたどんな男の誘惑も、足下にもおよばない魅力。
見ているだけで体の芯が痺れる快感さえともない、性的な衝動さえ起こさせる。
こんな気分は、初めてだったのだ。
「運命か……。双葉と同じようなことを」
いちずが静かに笑う。
「どうする、世代?」
「どーするもなにも、それはいちずさんにあげたんだから、好きにしてよいよ」
そう言った世代の様子は、自然体だった。
かっこをつけて見栄を張っているという感じは微塵もない。
そのことで、ミカは大いに驚く。
「あ、あげたと申したか?」
「え? ……ああ。あげたと申したよ」
「これだけの魔生機甲を生みだしておいて、いちず殿の好きにしてよいと?」
「あげたんだから、当然じゃないの?」
(な、なんと豪気な……)
ミカから見て、世代は一見、かなりひ弱で頼りなさそうな男に見えた。
いや。体格などは、すくなくともその通りだろう。
先ほど、双葉に押されて転んだところを見ても、その倒れ方は無様であった。
しかし、その精神の強さは、違うのかもしれない。
金に執着なく、このような宝をすっぱりとゆずる豪快さ。
(そう言えば、先ほど裸を見られた時も、堂々としたものだったな……)
だから、ミカは思った。
彼は、豪胆な漢の中の漢なのではないかと。
双葉が惚れているようだったが、それもわかる気がしてきていた。
「世代。実は私、蛇が苦手でな。だから、その……」
「あ、そうなの。蛇というより、蛟とか龍のイメージも混ざっているんだけど、合わないなら、ちょうど良いからゆずれば?」
(なんと簡単な! いちず殿の言葉にかけらも腹を立てぬとは!)
そこでまた、彼女は世代をさらに評価してしまう。
有名な魔生機甲設計者は、かなりの権力を持つことがある。
パイロットなどは掃いて捨てるほどいるが、魔生機甲設計者の数はそれにくらべてはるかに少なく、しかもオリジナルを生み出せる優秀な者は、その中でもわずかしかいない。
そのためか、どうしても魔生機甲設計者は傲慢だったり、不遜な者が多いのだ。
人によっては、パイロットが意見を言うだけで、もう二度と売らないと言いだす者までいる。
いろいろな旅先で、そういう魔生機甲設計者を数多く見てきたミカにとっては、世代の態度は驚愕すべきものだったのだ。
(やはり、真にすばらしい魔生機甲を生み出す者は、人間的にもすばらしいのかもしれぬ)
ミカには、世代がだんだんと魅力的で偉大な人間に見えてきていた。
本当は、世代が面倒でこのような態度をとっているだけだとは、思いも寄らなかったのである。




