Act.0018:ほかのじゃもう満足できない……
それは銀細工でできた、人型の彫刻のようだった。
四肢や胴の鏡面加工された部分は、周囲の風景を映像として写しだす。
そして角度を変えると、まれに陽射しが強く反射して、見る者の視界を真っ白にする。
その直射を避けたとしても、大部分は白銀で艶やかな眩さをまとっている。
周りを象るいぶし銀が、まるでその眩さを囲って縛りつけているかのようだ。
その眩しいシルバーボディーの合間に覗く関節パーツは、黒と見まちがう暗いグレー。
そして、所々にある丸いパーツと、二つの鋭い目が、マラカイトグリーンに光っている。
「あっ……ああぁぁ……なんて美しいの……」
いちずにより構築された魔生機甲、正式名称【ジルヴァラ・カットゥ】を下から見上げ、双葉は高揚した頬をとろけさせるように、うっとりと見上げていた。
頭部は丸く、頭頂部付近に三角の耳のようなパーツがついている。
それにともなって、上下に重なったマスクの様な顔が猫を思わすようだった。
ボディ全体は、女性を思わすスリムながら、バストの強調されたデザインで、ヒップラインが美しい。
さらに未だかつてないデザインは、その白銀の尻尾だろう。
歴史上、尻尾がある魔生機甲は存在しなかった。
「本来、素材はレムシルバー合金を考えていたんだけど、イメージ通りの仕上がりになったなぁ。きれいな銀だよね」
双葉の横で顎に手を当てながら、隅々まで観察するように世代も見上げていた。
「そりゃそうよ。最高級素材の真銀も大量に使ってるんだから」
カットゥ完成後、いちずは素材にも妥協したくないと、自宅にあった在庫のデザイン済み魔生機甲設計書をすべて売り払って、何種類かの高級素材を大量に手に入れてきていた。
その中の一つ真銀をマテリアルとして、ビルモアにロードしていた。
奇しくも、その素材の性質は、世代が想定していた性能とマッチしていたらしい。
世代が「会心の出来に仕上がったよ」と満足そうに言っていた。
「いちずさん、動いてみてよ」
大声で呼びかける世代に、カットゥからいちずの声が返る。
「いや、これ……コックピットがかなり違うのだが……」
「基本的な体の動きは、思念コントロールできると思うから、すぐ慣れると思うよ。試しに手を動かしてみて」
キュインという少し高い音を鳴らしながら、フレームが可動して丸みを帯びたカットゥの前腕がかるく持ちあげられる。
軋むような音はしない。
掌が上に向けられ、指が有機的な生き物のように、握ったり開いたりされる。
女性的なスリムな指先は、かなりの自由度を持って滑らかに動いていた。
「爪は伸びるから。やり方はヘルプを参照してよ」
「了解した」
しばらくすると、バシュと派手な噴出音がして、開いていた両手の親指を覗く8本の爪が勢いよく伸びた。
爪の先は鋼の銀色で、その指一本一本がまるで刃のようになっていた。
その素材は、この世界で最高硬度を持つ金属、金剛鉄。
「少し、離れていてくれ。運動テストを開始する」
いちずの声に応じて二人が離れると、カットゥがゆっくりと加速して走りだす。
先の尖ったつま先が、地面を噛むように蹴る。
土を巻きあげながら、高いモーター音と金属の振動音がだんだんとわきあがる。
さらに加速する。
その勢いは、双葉が知る最も速い魔生機甲【メルヘイター】を遙かに凌ぐ。
風が唸る音が、双葉の耳を劈くほどだ。
しかも、速いだけではなかった。
脚部のクッション性を活かして地面を削りながらも、かなりの速度から一八〇度急反転する。
そこから脚を深く曲げ、土をまきあげながら高くジャンプする。
一瞬で、7~80メートル浮き上がる。
「うそっ……高い……」
双葉が驚いているうちに、その巨体が落下してくる。
あの高さから落ちて壊れないかと、彼女は心配になるが、それは杞憂だった。
風を足下から巻きあげたカットゥは、他の魔生機甲とは比べものにならないほど、ふわりと軽やかに着地してみせたのだ。
とても、16メートルほどの巨体が着地したとは思えない。
「な、なんて静かな着地……」
「そりゃあ、衝撃吸収素材を間に挟んだり、ショックアブソーバーをいれたりした上、初めての試みでブースターの代わりに自動魔法で風を吹き出す仕組みを組み込んでみたから」
「自動魔法って扱いが難しいと……」
「らしいね。昨日、借りて読みまくった、いちずさんのお父さんの魔導書にあったよ。力の調整がやりにくいらしいけど、幸いにもやりたいことに対して出力は十分だったから、そこは噴出弁をリミッターにすることで解決した。弱いのを強くするのは難しいけど、強いのを弱くするのは割と簡単だからね」
「よ、よくわからないけど……すごいことはわかったよ」
「いや、このぐらいで驚かれては困るよ! 実はね、インホイールモーターのローラーダッシュができるようにしようと思っていたんだけど、この風自動魔法の仕組みで、ホバーリング移動が可能になったんだよ。こんな軽量で実現できるなんて、魔法ってすごいよなぁ。BMRSだと、ホバーつけるのには、どうしても全体的に大型化しないとできなかったからなぁ」
「……へ、へぇ~……」
さすがの双葉も言っていることの半分も理解できず、世代の熱い語りについていけない。
だが、これだけはわかる。
目の前の男は、一種の天才なのだ。
実際、目の前に優雅に立つ魔生機甲は、どう見てもレベル25の動きには思えない。
それもそのはずで、1ページに詰め込まれた情報濃度が、他の魔生機甲設計書の10倍以上はある。
その詳細まで書きこまれた内容を見るたびに、双葉は目からうろこが落ちる思いだった。
今までの魔生機甲設計書が、突如どれも陳腐なものにしか思えなくなったのだ。
しかし、世代の真にすごいところは、その詳細に書き込まれた発想力や構成力自体ではなかった。
それを実現するイメージ力だ。
いくらアイデアを考えたところで、それを魔生機甲設計書に書きこむ時に、具体的に強くイメージできる能力がなければ活かすことができない。
活性化できない書き込みは、ただの落書きにすぎないのだ。
言い換えれば、想いを力にする能力こそが、魔生機甲設計者の才能だと言えた。
世代のすごいところは、書きこんだすべての要素を余すことなく活かしている、愛情にも似た強い気持ちのこもったイメージ力なのだ。
(こりゃ、確かにマネできないよね……)
今は、四阿の街から少し離れた山向こうにある荒れた野原に来ていた。
これだけすごい魔生機甲ならば、もっと離れた人目のつかないところでテストするべきだと双葉は言ったのだが、いちずは笑いながら「どうせ見ても真似できないさ」と言った。
実物を見た今、双葉もそれに同意する。
見様見真似ぐらいで実現できるものではない。
(ホント、すごい……。こんなすごいの知ったら、ほかのじゃもう満足できない……)
頭がぼーっとするほどの高揚感で、熱があるように顔が真っ赤になってしまう。
たとえレベルの頭打ちを言い渡されてしまったパイロットであっても、気持ちは魔生機甲に乗ることに憧れたパイロットのままなのだ。
そして目の前には、すべてをなげうってでも乗りたい魔生機甲が存在している。
自分の中にわき上がるモヤモヤとした気持ちに、双葉はとまどい始める。
「あれ? どうしたんだろう?」
世代の言葉で、ぼやっとしていた意識が戻り、双葉も気がついた。
カットゥが動きを止めて立ちっぱなしになっていた。
怪訝に思っていると、そのボディが光に変わっていく。
それは格納状態、つまりいちずが降りるということだ。
「……不具合でもあったのかな?」
空中から降りてくるいちずに、世代が不安そうに駆け寄っていく。
もちろん、双葉もついていく。
「どうかしましたか、いちずさん?」
「ごめん、世代……だめだ」
「……え?」
「この魔生機甲ではダメなんだ……」




