Act.0013:ところで、飯はまだですか?
少し憮然とした顔ながら、いちずが雰囲気をリセットするかのように咳払いをひとつした。
そして、正面の席にゆっくりと腰をおろす。
「まずは、あらためてお礼と自己紹介をさせてくれ」
そう言うと、彼女は真摯な視線を向けながら姿勢を正す。
「命を助けてくれてありがとう。私の名は、【東埜 いちず】。この【あずまや工房】の今は主だ。先日、持ちの主である父が死んだのでな」
「それはご愁傷様です。お悔やみ申し上げます」
出会ったばかりだが、世代は社交辞令として言葉を贈った。
彼とて、その手の常識ぐらいは持っている。
「ありがとう。……父はこの工房で、魔生機甲を魔生機甲設計書にデザインする魔生機甲設計者として働いていた。ただ最近は、他の工房に人気をとられて売上が落ちていたんだが」
「そんなに工房があるんですか?」
「ああ。この街だけで、15はあるな」
「なるほど」
うなずいて見たものの、15と言われても世代にはピンとはこない。
ただ、きっと話の流れから、15は多いと推測はできた。
つまり、それほど魔生機甲設計者というのはありふれているわけではないと言うことだ。
ならば、魔生機甲設計書はやはり高価なものなのかもしれない。
「あの5冊の魔生機甲設計書は、父が残した財産でな。実は競売所に送ろうとしていたのだ。その輸送中に、あの柳生に盗まれた」
「形見って言っていたのに、売っちゃうんですか?」
「仕方ないのだ。私は、魔生機甲設計者ではなく、魔生機甲のパイロットとなる道を選んだ。魔生機甲設計書があっても、活用できないしな」
「……すいません。それをボクが書き込んでしまったわけですね」
「いや。謝らないでいい。むしろ、それで助かったわけだし、もしかしたら売らなくても済むことになるかもしれないわけだからな」
「はぁ……?」
意味ありげな言い方に、世代は眉を少し顰めた。
だが、まだ話すつもりはないのか、いちずはニヤリと笑うだけだった。
「……で、君は何者なのだ?」
「名前は名のったとおり、【東城 世代】。高校二年生。17才」
「こうこう?」
「学校ですが……」
「おお。学校に行くとは金持ちなんだな」
「そうなんですか?」
「そりゃ、そうだろう。この規模の街では学校なんてない。都会の方にしかなく、都会には金がなければ住むことなんてできな……って、世代は都会に住んでいるんではないのか?」
「都会と言えば都会ですね。東京都ですから」
「おお! 東京か! すごいでは……東京『都』? 東京とは違うのか?」
どうやらこの世界にも「東京」があるらしいと知るが、この様子では「都」ではないのだろう。
世代はどのように説明しようか悩むが決まらない。
仕方なく、概要を簡単に説明してみることにする。
「えっと、ボクはこの世界の人間ではありません。別の世界から、なぜかこちらの世界に来てしまったのです」
「…………」
「…………」
「…………」
「……いや、ちょっと。そんな可哀想な子を見るような目で見ないでくださいよ」
「あ、すまん。しかしだな。そんな突拍子もない話は……あ。いや、待てよ」
いちずが、顎に手を当てて何か考え始める。
そして、さんざん低く唸ったあと……開口する。
「うん、すまん。気のせいだ!」
「……思わせぶりすぎますよ」
「すまんすまん。まあ、とりあえずだ、世代は行く当てはないのだろう?」
「ないですね……」
「ならばだ! そこでいい話があるのだ」
いちずは、両手をドンとテーブルに置いて、ずいっと上半身を世代に向けた。
それは故意的なのか、また非常に胸が強調されるポーズだった。
しかし、世代は気にせず平然と応じる。
「相談ですか?」
「ああ。世代は、この家を自分の家のように使ってくれていい。それに食事の世話もしよう。暮らすのに困らない世話をする。その代わり、私のために1機、魔生機甲をデザインして欲しいのだ」
「……ヴァルクじゃだめなんですか?」
「あれは、今の私では扱いきれん。せめてレベル25……つまり、25ページ程度でデザインして欲しいのだ」
「戦闘用……ですよね?」
「ああ。今度行われる、この街の対戦試合に勝つための魔生機甲が欲しいのだ」
「ぷぐな?」
「そうだ。この街の資産家がマッチメーカーとなり、魔生機甲同士の1vs1の対戦試合が行われる。誰でも参加はできるが、実質は15ある工房同士の性能アピールの場だ。そして、今年はどうも大がかりな大会らしく、優勝者には破格の賞金がでる」
(対戦試合……某ロボットアニメのバトリングみたいなのか……)
「私はもともと、対戦者として賞金稼ぎをするパイロットでな。まあ、それもこれも、父の魔生機甲を宣伝したかったためなんだ。私には、デザインの才能はなかったが、幸いにしてパイロットの才能と魔法の才能があったからな」
「なら、今はもう宣伝しても……」
「もちろん。今回の目当ては、賞金だけだ。だから、父の魔生機甲で出場する必要はないから、世代に頼んでいる」
「生活費のために金が欲しい……ということ?」
「いや。生活費ぐらいなら別に蓄えもあるしな。実はあの5冊の魔生機甲設計書なんだが、まだ製作者に金を払っていないのだ」
「えっ? マジですか……」
思わず世代は血の気がひく。
未払品のノートに落書きをしてしまったようなものだ。
「謝らなくていい」とは言われたが、「弁償しなくていい」とは言われていない。
あとで高額な請求が来たらどうしようと、世代は息を呑む。
「あっ、えーっと……ボク、ちょっと用事を思いだして……」
世代はぎこちない動きで、椅子から腰を浮かせた。
そんな世代に、いちずがかるくため息を漏らす。
「ふぅ……。安心しろ。君に、金を要求したりはしないから」
「ああ。なーんだ。安心しました。……ところで、飯はまだですか?」
「…………」
彼は非常に現金だった。




