Act.0033:俺のすべてをくれてやる
正式名【魔獣機甲】。
後に「狂気の変態魔生機甲設計者」と嫌悪された【セブンス・サーマドア】が生み出した、新機軸の魔生機甲だった。
セブンスは「いつも食べ物と下品話しか口にしない変態」と揶揄されていたが、次々と優れた魔生機甲を生みだす、天才的魔生機甲設計者でもあった。
しかも彼の強さを求める欲求は、とどまることを知らなかった。
そして欲望の先に、彼はとうとう禁断へ手を伸ばしてしまう。
それは、ゴーレムのベースとして魔獣を利用するというものだった。
魔獣とは、魔力の影響で突然変異した獣、もしくは別世界からやってきた魔力を操る化け物のことである。
セブンスは素材として魔獣の骨を組み込み、さらに魔生機甲のフレームとなるゴーレムを生みだす魔術式を改変し、魔獣召喚式を合成したのである。
それはまさに、魔生機甲の獣人化と言えた。
もちろん何度もの失敗を経たものの、片田舎で勢力を増し始めた【工房ハセガワ】からの資金協力を得て、最後は魔獣の力を持った魔生機甲を生みだすことに成功した。
かくして、最強の魔生機甲が、そこに生まれたのである。
ただし、それには問題があった。
魔生機甲のゴーレムに使われるのは、本能しかない意思なき魂だ。
だからこそ魔生機甲は、パイロットの意思通りに動く。
しかし、魔獣機甲は召喚した魔獣の「意思ある魂」をもっていた。
そのうえ無理やり合成された魂は、狂ってしまっていた。
魔獣機甲に植えつけられたのは、「狂気」だったのだ。
そしてその強い狂気は、同期するパイロットの精神状態を汚染した。
パイロットが健全な状態ならまだしも、興奮状態や疲労状態になると、精神に隙ができる。
その時、魔獣の意思が暴走してパイロットの魂をのっとり、狂気状態になってしまう。
そうなれば、敵も味方もない。
力尽きるまで目に見えるものを破壊し、喰らい尽くす。
狂っていないだけ、ただの魔物の方がましなぐらいであった。
そのような高い危険性。
それに加え、見た目も不気味な魔獣としての姿を残す魔獣機甲に対する反発は、すぐに生じることとなる。
国から製造禁止の命令が下るまで、さほど時間がかからなかったのも当然のことと言えるだろう。
しかし、禁忌とされても、その圧倒的強さはやはり魅力であった。
特に裏稼業にいる者たち、また解放軍、革命軍といった反政府勢力は、こぞってそれを欲しがった。
そしてそこに眠る莫大な利益に、成長過程にあった【工房ハセガワ】は魅入られてしまった。
世から隠れた【工房ハセガワ】は、【闇工房ハセガワ】と呼ばれるようになり、社会の裏で魔獣機甲を販売するようになったのである。
また同時に、「魔獣機甲のパイロットは悪党ばかり」という皮肉から、【魔獣機甲】と一般から呼ばれ、狩れば賞金が出るようにもなっていた。
「どーだぁ! 驚いたか獅子王!」
そんな魔獣機甲に乗ったスルトンの自慢げな声が焼けただれた戦場に響く。
なんとも場違いな濁声を和真は鼻で嗤う。
「コイツは、あの【十指】で最強のぉ、闇工房ハセガワ【ミヤビ・神牙】を元にした【ミヤビ・王牙】だ!」
「そんなこと、とっくにわかってるさ」
和真は雷獅子の中でボソッと応える。
もちろん、その声は外には聞こえていない。
今は男のままだし、そもそもスルトンと会話をしたいわけではない。
(しかし、ヒサコさんにもらった情報通りか。確かに厄介な相手だ。特にあのシステム……ハセガワ・ミヤビは質が悪い。そのうえ暴走しやすい、|闇工房ハセガワ・ロキ製ときている……)
頭の中で情報を反芻して特徴を思いだす。
これは危険な存在だった。
街の平和のためにも、ここで狩っておくべき相手である。
もちろん、簡単な話ではないが、暴走さえされなければ、雷獅子で倒せるはずだ。
「貴様のは所詮、獅子のかぶり物! こちらは本物の魔獣の力だ!」
そんな和真の心配をよそに、スルトンは言葉による牽制を続けている。
というか、すでに自ら高揚し始めている。
まさかスルトンは、|闇工房ハセガワ・ロキ製が、わざと暴走しやすいように作られている質の悪い機体だと言うことを知らないのだろうか。
和真は不安に駆られる。
(狂気状態は避けたい……)
和真は雷獅子の膝を曲げさせる。
狙うは、速攻。
――飛びこむ。
だが王牙の動きは、やはり既存の魔生機甲の動きを凌駕していた。
雷獅子の打突獣牙を屈んで避けると、そのまま横っ飛びする。
そして、短い足ながらも低い姿勢で蹴り。
合わせるように、こちらも蹴る。
魔生機甲では珍しい、激しい肉弾戦が始まる。
まさに、二体の獣が四肢をフルに動かし、身体を伸縮させ、相手の隙を狙いあう。
その度に、足下の岩石が弾かれ、木々が弾かれる。
17メートルと20メートルの巨体がぶつかり合い、少しずつその場の地形を変えていく。
「――そこっ!」
和真が見つけたのは、左肩の隙。
突きつける、打突獣牙の突起。
――爆音。
突起が弾かれ伸びて、相手の左肩を貫く。
その衝撃で、左に上半身を歪ませて背後に傾く王牙。
その熊のようなずんぐりとした巨体が、尻尾で支えることもできずに斜め後ろに倒れこむ。
ダメ押し――と、思ったところに、脚と同じぐらいの太さが横から襲ってくる。
尻尾だ。
油断したつもりはなかった。
しかし、直撃。
撓る雷獅子の体は浮きあがり、真横に飛んでいく。
燃えさかる木々の中を転げて、火の粉をまき散らす。
コックピットが吸収しきれない激しい衝撃に、頭がふらつく。
「ちっ! 尻尾か……。魔獣戦をもっと経験しておくべきだったな」
尻尾がある魔生機甲など存在しない。
いや。世代が作りだすまでは、存在しなかった。
人間が元になったゴーレムに尻尾をつけるという発想自体がなかったのだ。
また、それをつければ、魔獣機甲に近くなるというイメージがあったのかもしれない。
しかし、世代が作った尻尾のある魔生機甲は、なぜか魔獣機甲のようなイメージをいっさいもっていなかった。
この雷獅子を含めて、あくまで「人」を感じさせていたのだ。
だが、目の前のはやはり違う。
「……そうだ。この動き、もう人間の動きじゃない……」
立ちあがった王牙が、突然雄叫びをあげる。
オオオッと嵐のように空気を揺るがし、荒波のような激しさを周りに伝える。
と、左肩を抉った穴が、紫の輝きと共に塞がっていく。
「ちっ! あれがくそったれのハセガワ・ミヤビ・システムか! ってことは、もう……」
華やかそうに聞こえる「ミヤビ」は、漢字で書くと「雅」ではなく、「身冶備」となる。
パイロットの魔力や生命力を吸いとって、急速自己修復を行う魔術システムである。
むろん、普通では考えられない量が吸いとられるため、一度でもやればパイロットは無事では済まない。
精神は崩壊し、なによりもその身体も魔獣機甲に喰われてしまう。
有機体が残っている魔獣機甲は、コックピット内にいるパイロットを融合してとりこみ、その生命自体をエネルギーとし始めるのだ。
それが狂気状態である。
この状態になれば、人間は単なるエネルギータンクとなる。
逆に言えば、コックピット内にパイロットがいた時ではできないような動きさえできるようになってしまう。
「殺す殺す殺す殺ろろろろろろろろろろっ!!!」
それは怨嗟か、忿怒なのか。
王牙からの殺意が、壊れた言葉で放たれた。
真っ赤にした目を爛々と輝かせ、大量の牙が並ぶ鰐口を大きく開き、熊のような巨体を大きく見せるように腕を広げて持ちあげている。
その雰囲気には、魔生機甲どころか、もう魔獣機甲であることさえも感じられない。
ただの狂った、1匹の魔獣であった。
「あいつ、もうとっくに取りこまれてやがるのか……。もう少し粘れよな!」
愚痴ってみるも、和真とてわかっていた。
魔獣機甲をまともに乗りこなせる奴など、ほとんどいないのだ。
せいぜい噂で聞いたことがあるのは、禁忌ながらも十指に数えられる、魔獣機甲・闇工房ハセガワ【ミヤビ・神牙】の女パイロットぐらいだ。
「まあ、そんなに乗りこなせる奴がいても困るけどな……」
誰ともなく呟いてから、そのことに和真は自嘲してしまう。
独り言が多くなっているのは、やはり無意識に緊張をほぐそうとしているのだろう。
自分でも、この状況が危険だとわかっていた。
なにしろ、もう魔力が底をつき始めている。
それなのに、あの狂気に震える獣を倒さなければならないのだ。
通常、こうなってしまった魔獣機甲を倒すのには、最低でも1中隊、最高で1大隊が出張ることもあるほどだというのに、こちらは1機。
「だからと言って、獅子王ともあろう者が、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないけどな」
改めて球体コントローラーを握ると、和真は覚悟を決める。
「俺のすべてをくれてやる、雷獅子!」




