Act.0032:問題は、あいつが逃げるかどうかだが……
「……山からの狙撃。残っていたフルムーン・ベータか!」
【百獣狩猟結界】が属性結界の役割もするおかげで、飛来した石の鏃は雷獅子に当たることなく、フィールドに発生した雷で砂塵と化した。
しかし、敵はフィールドの外にいるうえに、平地ではなく山の中腹あたりで構えている。
さらに相対距離は、1,000メートル近くはあるだろう。
それは魔生機甲の視力なら視認できる距離である。
この状況で敵に近づくのは、やはりリスクが高い。
和真は独り、低くうなった。
(メルヘイターだったら、手詰まりだったな……)
メルヘイターは、「近距離戦闘型」であった。
移動速度、行動速度にこだわり、その効果を上げるために余計な武装は積まないようになっていた。
逆に言えば、速度を活かして距離を詰めないと攻撃の手段がない――|近距離のみ戦闘ができる《・・・・・・・・・・・》機体だった。
しかし、それは対戦試合ならまだしも、多対一、もしくは多対多がある実戦では戦法として決死戦過ぎる。
また、このように対戦試合ではありえない長距離戦になった場合はかなり難しい。
たとえば、1,000メートルは人間の大きさで換算すれば、100メートルほどの感覚である。
いくら高速に動けると言っても、障害物もあるその距離を敵の攻撃を避けながら進むのは至難の業であろう。
対して雷獅子は、「近接戦闘型」である。
この違い、和真も最初はよくわからなかった。
雷獅子を世代から託された時、「近距離戦闘型ではなく、基本は接近戦闘型です」と言われて、首を捻ったものだ。
しかし、雷獅子の性能と、その戦法例を聞くことで和真は得心した。
世代の言う「接近戦闘型」というのは、|近距離以外も戦闘ができる《・・・・・・・・・・・・》点が、「近距離戦闘型」と大きく違う。
すばやく自分が動いて間合いをつめるだけではなく、攻撃で敵の足止めを行うなど近距離にするための手段が存在するということである。
その最たるものが【百獣狩猟結界】だった。
敵を電撃の網で捕らえて、自分はその網に流れる電磁の力を利用して高速移動することができるという、かなり反則的な術である。
また、両手に装備して素手よりも射程を延ばす【打突獣牙】も、接近中の攻撃をガードする【雷撃断絶珠】も、すべて近接戦を行うための支援能力だった。
雷獅子は、世代が「スーパーロボットらしい」と命名した、いろいろな攻撃や防御を行い、得意な近接戦闘にもちこむことができるのだ。
そんな武装の中で異色なのが、選択型武装【霹靂電磁砲】であった。
選択型武装とは、本体とは別に後から構築することができる武装である。
これを有効活用することで、戦局への対応キャパシティをあげることができる機能だった。
ところが、長期戦を強いられる可能性がある軍事用魔生機甲以外でほぼ使用する者はいないのが現状である。
この問題は、構築がページ単位でしかできないことに起因する。
つまり、選択型武装はそれだけで1ページ利用しなければならないのだ。
結果、選択型武装を1つつけるたびに、魔生機甲設計書のレベルが1つ上がることになる。
しかも、選択型武装を使用していなくても、魔生機甲設計書のレベルが上がれば、それだけで魔生機甲の操作難度や消費魔力に影響がでてしまう。
もし、あまりに特殊な戦局用の選択型武装をつけてしまったりすると、無駄なレベルアップになってしまうのだ。
だから選択型武装の選択は高度な判断が必要となり、よほどレベルや魔力に余裕がなければ行う者は少なかった。
しかし、選択さえまちがえなければ、大きく戦局を変える有効な手段となりうることもまちがいない。
「選択型武装【霹靂電磁砲】構築!」
コックピットの正面で開かれていた魔生機甲設計書へ、和真は手をかざした。
誰もふれていない魔生機甲設計書が高速にめくられ、【霹靂電磁砲】のページまで進む。
そしてそこから放出された光の渦が、雷獅子の内部を通って右肩から放出されはじめる。
光の渦は瞬く間に、折りたたみ式砲身を具現化した。
それは折りたたみ状態ですでに、17メートルの雷獅子の高さと同じぐらいの全長があった。
そしてそれが前方に展開されると2倍になり、約35メートルの超ロングバレルとなる。
世代から「電磁力がどうの」「ローレンツがどうの」と説明されても、和真は理屈を理解することはできなかったが、これを「電磁砲」と呼ぶことだけは理解した。
和真は「風」と「地」の基本属性と相性が良かった。
そのことから、雷獅子は、その2つの基本属性から生まれる拡張属性「雷」がテーマとして与えられていた。
「電磁砲」は、その「雷」の力を使うらしい。
ただし、発射するのはたった5発しかない、金剛鉄の砲弾。
しかも、即座には撃てず構えが必要な超長距離用武装。
これは一見、近接戦闘型と矛盾している武装である。
だが、これもまた近接戦闘をするために、「遠くにいる複数の敵に近づくための手段」だった。
敵の攻撃が届かない位置から狙撃し、敵の数を減らして出鼻を挫く。
見えないところから、仲間を1撃で沈められる高威力を見せつけられた敵は、混乱しながらも逃げるか、もしくはこちらを目指すだろう。
距離を詰めてこようとすれば、こちらの思うつぼだ。
自ら雷獅子の領域に突っこんできてくれる。
あらかじめ【百獣狩猟結界】を用意しておけば、飛んで火にいる夏の虫である。
だが、今は敵が1機のみ。
誘い込む必要もない。
射出のための長い充電時間は、【百獣狩猟結界】の力を吸収することで短縮できる。
「時限自壊1秒に設定。ジャイロ作動。ジンバル作動。風力補正、オン。転向力補正、オン。魔力誘導設定。弾道クリア。……悪いが放置すると危険なんでな」
フローティングディスプレイに表示される十字型の照準線を逃げだそうとするフルムーン・ベータに重ねる。
魔法攻撃の中でも飛距離がでやすい【石鏃】が狙ったところに命中させられる距離は、通常の魔生機甲で500メートル。
フルムーン・アルファでゆっくり狙いを定めれば、1,000メートル。
フルムーン・ベータなら、最高有効射程距離は1,500メートルにも及ぶらしい。
しかし、雷獅子の【霹靂電磁砲】の有効射程距離は――
「100,000メートル、単純に最高射程距離なら200,000メートル……見えるかぎり、逃げられないぜ」
吸収した【百獣狩猟結界】が消える間際に、最後の1機であるフルムーン・ベータを狙い撃つ。
雷獅子の肩にかかる衝撃を打ち消すように、背面ノズルから爆発的風力が発生する。
ほとんどの衝撃を打ち消すコックピットにも伝わる激動。
逃げようとしたその背後に、金剛鉄の鏃が貫通。
次の瞬間には、衝撃波によりフルムーン・ベータの胴体は2つに別れて吹き飛んでいた。
遅れた轟音が、和真の耳にその破壊力を伝えてくる。
自分で放っておきながら、その威力に慄いてしまうほどだ。
「とりあえず終わったが……」
和真はコックピットで独り言ちる。
そして巨砲【霹靂電磁砲】を格納すると、辺りを見まわした。
戦場は、凄惨そのものだった。
荒地はさらに荒れて、地面があちらこちら抉られていた。
森は70パーセントが焼けただれ、今も炎が消えていない。
そして、十数体分の巨大な死体が、半分以上黒こげになって転がっている。
その殺伐とした風景は、決して心地良い勝利などではない。
(問題は、あいつが逃げるかどうかだが……)
そう願っているうちにも、遠くで光柱が立ちあがる。
それは、偽のアジトがある場所だった。
仕掛けを設置しにくかったというのもあるが、全滅を避けるためにわざと見逃した場所でもある。
(……逃げなかったか)
和真は、内心で塞翁が馬とほくそ笑む。
本心で言えば和真とて、【赤月の紋】の悪事を許すわけにはいかず、壊滅させておきたかった。
特に頭のスルトン・閑崎は、悪質だ。
このままのさばらしておくわけにはいかない。
【混沌の遠吠え】の情報提供の条件として「逃げる者を追ってまで殺したりしない」とは約束した。
だから、義理を通して一応は逃げられるルートは作ったつもりだが、向こうから戦いを挑んでくるならば倒しても問題ないはずだ。
(望んでいた結果……か。しかも、危険なアレを使ってくれるなら、まさに潰しておく絶好の機会だ……)
目の前の光柱に、巨体が作られ始める。
その現れ方は、明らかに魔生機甲と同じだった。
しかし、出現したそれは魔生機甲ではない。
魔生機甲は、ゴーレムの魔術を基本としている。
いわば魂のない「人造人間」である。
つまり、その形は自然と人形となる。
しかし、目の前に現れたのは、人の形をしていなかった。
ずんぐりとした前屈みの体に、短いが太い脚と、同じぐらいの長さの腕が生えている。
その体毛に包まれた全体的な形は、まさにプロテクターをつけた熊のようだった。
だが、明らかに違うのは尻尾だ。
体毛はあるものの、それはワニの尾のような形をしている。
また、その面相も熊よりも少し縦長であり、まちがいなく肉食獣であろう牙がはみ出す巨大な口が印象的だった。
それは得ていた情報通りの姿である。
「出てきたな。禁忌の魔獣機甲が……」




