Act.0020:女装ではない! 女体化変装だ!
アラベラはゆっくりと上半身だけを起こした。
ズキンッという痛みが胸の下辺りから響く。
思わず低く呻いて体を屈する。
「大丈夫か?」
横からの声に、アラベラは手ぶりだけで気にするなと伝える。
敵の魔生機甲に吹き飛ばされた時に受けた打撲だろうか。
あばらにヒビぐらい入っているかもしれない。
その痛みが、獅子王に抱きかかえられていた時に限界を超えてしまったのだろう。
こんな時にだらしなくも気を失い、しかも過去を夢見るなど恥もいいところだ。
アラベラは自分を内心で、そうたしなめる。
「ここは?」
「森の西側でみつけた、岩山の洞窟だ」
白い袖と裾がついた黒いタイトスーツに、革ショートジャケット、そしてミニのフレアスカートという異様な姿の獅子王は、艶やかな唇でアルトに近い声を紡いだ。
相変わらずよくわからないセンスだが、それ以上に今の状況がよくわからない。
アラベラは、浮かびあがった、冷たい色の岩肌を見まわす。
洞窟はカーブしているらしく、アラベラの位置からは外の様子は見えない。
掌サイズの魔光石の弱い光だけが、ほのかな視界を確保していた。
そして、嘘のように静かだ。
「光は、大丈夫なのか?」
「一応、カモフラージュはしている。外からは見えないはずだ」
「……ずいぶんと豊富に魔術道具を持っているな。警務隊よりも豊富じゃないか?」
「正義の味方には、いいパトロンが必要だからな」
「ふん。しかし、ここは奴らの本拠地の膝元。こんな隠れやすい場所などすぐに……」
「その点は心配ない。奴らも、この辺りは詳しくないそうだ」
「……どういうことだ?」
「もう、気がついているんだろう?」
獅子王が、そのかぶり物から覗く瞳を向ける。
その明眸に貫かれ、アラベラは不覚にも胸を高鳴らす。
あの仮面の下にあるのは、どんな顔なのだろうか。
彼女はそんな思考に囚われるが、慌ててそれを振りはらう。
「も……もちろん。罠であるということなら」
「そう。罠だ。その罠の餌に、馬鹿正直に本拠地を使うと思うか?」
「――なっ!? では、ここは……」
「ただのダミーだ。森の中に見えた建物もハリボテ。だからあいつらも、この深い森のことなんてよくわかっちゃいないらしい。その点は、禍い転じて福となすってところだな」
「…………」
アラベラとて落ちついて考えればわかることだ。
当たり前である。
敵を罠にかけるのに、わざわざリスクを負う必要はないだろう。
そしてそれが事実となれば、あの情報を持ってきた隊員の裏切りは確定的である。
「それでどうして、貴様がここにいる?」
「正義の味方だからだよ。理由なんていらないだろう」
「この場所がわかった理由を聞いているんだが?」
「……街の心配をする変人たちに頼まれてね。あんたらに全滅されるのは困るんだ。その変人たちにとっても、私にとってもな。要するに正義の味方にもいろいろ事情があるのさ」
「……なるほど。よい情報網をもっているようだな。しかし、全滅……か。なら、手遅れだ」
臍を噬むように、アラベラは言葉を濁らした。
涙など流すつもりはない。
自分にはそんな権利などない。
だが、苦渋に噛んだ下唇の痛みが、涙の代わりに血を滲ます。
「たぶん、私の部隊は――」
「少なくとも、半数ぐらいは生き残ったはずだ」
「……え?」
獅子王の言葉が理解できず、しばらく呆然とアラベラは彼女を見つめてしまう。
その様子に獅子王が、ふっと力を抜いたように柔らかい声をだす。
「全員無事とは残念ながらいかなかったが、魔動車が1台だけ逃げ果せた」
「ほ……本当か!? 後方部隊もやられていた、あの状態でまさか!?」
「確かに私が到着した時、警務隊の後方部隊はすでにやられていた。だが、そのあとそこにいた敵と戦闘に入ると、周辺で爆発があちらこちらで起こってね。あやうく、私も巻きこまれるところだった」
「爆発……だと?」
「ああ。神守大隊長は、あんたのところの小隊長たちに『罠の可能性を考えて、逃げる手段を考えておけ』と伝えていたそうだ。そこであんたの部下は、逃げ道に魔術式爆弾を仕掛けておいたらしい。敵もまさか、逃げ道のあちこちに爆弾が仕掛けてあるとは思わなかっただろうな。それを使って混乱を起こして、包囲網を突破していた。魔力の感知力が高い奴でもいたのか、敵を巻きこむのに見事なタイミングだった。ただ、魔動車1台は残念ながら、敵の魔生機甲に潰されちまった。もう1台は、私も逃がすのを手伝って逃げきるところは見届けた。だからたぶん、半数は残っているだろう」
「……本当か……本当なのか!?」
獅子王が鬣の頭をかるくうなずかせる。
瞳に現れたのは、アラベラをいたわるような色。
濁りのない、清らかな黒水晶のような双眼は、確かな温かさを感じさせる。
「よか……よかった……」
その温かさにあてられたように、アラベラは目頭が熱くなる。
「半分でも……たとえ半分でも……」
だが、アラベラは落涙を耐える。
今は泣いている暇など、どこにもないのだ。
彼女はキッと顔を上げると、獅子王を正面から睨むように見つめた。
そして、体の痛みを抑えながらも頭をできる限り深くさげる。
「感謝する。へん……いや、獅子王殿。貴殿は部下と私の命を救ってくれた」
「ふっ……。やっと変態仮面から卒業か。やれやれだな」
「それは、しかたあるまい。私の所為とは思わぬ」
両肩を落とす獅子王に、アラベラは苦笑する。
「貴殿の姿……どうみてもセンスが悪い。その短いフレアスカートはなんの冗談だ?」
「……センス、やっぱり悪いよな? 私もこういうのはよくわからないから、仲間の女性にそろえてもらったんだが……」
「……ほう。もしや、その女性とやらは、貴殿のことが好きなのではないか?」
「――えっ!?」
明らかな動揺。
アラベラは、自分の勘が当たっていたと確信する。
彼女もまた同好の士なのだ。
それなら、《《希望はある》》。
内心でアラベラは、遠慮を捨てる。
「どうやら、思い当たる節があるようだな。……これは無論、推測だが。その女性は、わざと貴殿が好かれないよう、奇天烈な格好をさせているのではないかな。貴殿がどのように活躍しても、一見して変人とすれば、簡単に悪い虫がつかぬ……と」
そう言って様子をうかがっていると、獅子王はハタとなにかに気がついたように拳で自らの掌をポンッと打ち、「ありうる……」と一言もらす。
その言葉で、アラベラは口火を切る。
「やはりそうか。貴殿も女性が好きなんだな」
「……え? そりゃぁ、女性の方が好きに……いや、待て!」
「隠さずともよい。かく言う私もいろいろあり、男らしいのは嫌いでな。愛らしい男か、女性しか愛せぬからわかる。だから、偏見など気にするな」
「あ、いや、私も偏見をもつつもりはないのだが、そのぉ~~~」
「安心しろ。恩人である獅子王の趣味を言いふらしたりもせぬ。それどころか、この身を貴殿に任せてもいいと思っている」
「……ふわぁっと!?」
「素顔を隠していても、目元と口元からわかる。貴殿はなかなかに美しい顔をしていると観た。たぶん、その容姿は好みだろう。それに命を助けられた礼もある。どうだ? 私と一晩、共にしてみないか?」
「――ちょっ!? 待て! 落ちつけ! 俺、あの、私、女だけど、女じゃ……ってか、今はそんな場合じゃないだろう!?」
「いや。こんな場合だからだ。むしろ、私に惚れてもらいたい。これは打算的な話なのだ」
アラベラは艶目を消し去り、力強い意志を灯す。
別に本気で色恋沙汰をやりたいわけではない。
痛みを我慢しながらも、彼女は正座をして姿勢を正す。
そして深く頭をさげた。
「獅子王、貴殿に我が身を捧げても手伝ってほしいことがある。奴らを斃して、2人の部下を助けたいのだ!」
「部下2人……もしかして、彼女たちは捕まったのか?」
「彼女たち……乙女とガランを知っているのか!?」
思わず乗りだしたせいで、アラベラの体がキシッと悲鳴をあげる。
心配そうに近寄ろうとする獅子王に、彼女は手ぶりでかまうなと伝える。
「なぜ、2人を?」
「えーっと……街で、その……たまたまあんたと一緒にいるところを見たことがあるだけだ。見かけないメンバーが警務隊にいたのでな。……そうか。捕まったのか」
「いいや。捕まったとは限らないのだ。私と一緒にばらけて逃げたので、うまくすれば……ただ……」
「……そういえば、あんたに合流する前だ。森の反対側で小さな戦闘があった。警務隊の部隊の影も見られなかったので変だと思ったが、もしかしたら、あれか。だとしたら、魔生機甲も加わっていたから、もう殺されて……あっ、すまん」
律儀に頭をさげる獅子王に、アラベラは首を横にふった。
もちろん、普通に考えればその可能性の方が高いに決まっている。
たとえその場で殺されなくとも、暴行のうえに殺されていることだってありえるだろう。
なにしろ、問答無用で奴ら山賊を殺してきたアラベラの部下である。
山賊たちが生かして返すわけはない。
だが、アラベラは考えたのだ。
この周到な罠は、自分に対してかけられたものではないかと。
ここ最近、アラベラの名前は山賊たちの間で一気に広まった。
多くの山賊たちには畏怖の対象となったはずだが、勢力の強い【赤月の紋】にとっては、むしろ「斃すべき相手」になっているはずだ。
ならば、復讐しようと思ってもおかしくはない。
しかし、アラベラは奴らから逃げ果せてしまった。
ならば、復讐を遂げるために、人質は有効な手段となる。
アラベラと一緒にこの街に現れたあの2人は、その点で最適だと判断するはずだ。
こちらの情報がもれている以上、敵がそのような作戦をとる可能性は高い。
それにアラベラにはもうひとつ、2人が生きている確証があった。
「あの2人は人質として生きていると思う。貴殿に助けられる寸前にわずかに感じたのだ。2人の魔力を……」
「……なるほど。なら、あの本拠地代わりの建物だろう。それ以外、ここら辺には身を寄せる場所はないらしいからな。となれば、夜陰にまぎれて……といきたいところだが……」
「……えっ!? た、助けてくれるのか!?」
あまりに自然に受けられて、アラベラは信じられず目を丸くする。
ここまで助けられただけでも大変な恩義だというのに、さらに身勝手な願いをしている。
どんなに獅子王が強くとも、命を賭けた話だ。
なにを要求されてもしかたがないと、アラベラは覚悟を決めていたのだ。
「私は正義の味方【獅子王】だからな。助けられるのなら助けるさ」
「恩にきる! ならば、勝ったも同然! 知っているぞ、獅子王。貴殿は、あの東城世代の魔生機甲を所有しているそうじゃないか。それは、あの【四阿の月食】で10機の解放軍の新型魔生機甲を沈めたモデルと、同じぐらい強いと噂で聞いている。それがあれば、山賊どもを殲滅することだって……」
「……ここに来た目的は、山賊の殲滅じゃない。あんたら警務隊を助けることだ」
「なにをバカなことを! 正義の味方を名のるなら、悪を斃すのは当然ではないか! そして貴殿にはその力がある!」
「……力か。それが残念ながら、そろそ――あっ! まず……い……切れる……くっ!」
突然、獅子王が勢いよく立ちあがった。
そして、なにを思ったのか、革のジャケットを脱ぎだす。
ボタンをはずすと、こぼれるように自己主張し始めるバスト。
そのまま、かなぐり捨てられるジャケット。
さらに魔生機甲設計書が入っているであろうウェストバッグ、そしてミニスカートまでもがはずされる。
「ちょっと待て! 気が早い! いきなりなにを脱いで!? 今、ここでというわけでは――」
慌てるアラベラをよそに、背後を向いた獅子王の体が震えだす。
その振動が、全身の表面を波打つように広がっていく。
高速振動。
それはもう人間の意志でできるものではない。
明らかに魔法の力。
盛りあがる筋肉。
膨らむ全身に、アラベラは言葉を失う。
まるでメキメキという音が聞こえそうな変化。
しかし、それはほんの数秒のことだった。
「……だ、誰だ……貴様は!?」
我が目を疑っている間に、そこに獅子王という女性はいなくなっていた。
そこにいるのは、筋肉隆々のひきしまった体をタイトな黒いスーツで包んだ男性だった。
昔、性犯罪者で【全身黒タイツ男】というのが出没したが、それにそっくりだ。
違うところといえば、獅子の頭と、手首と足首の白い飾り。
その正体が獅子王であることはまちがいない。
しかし、目の前にある2倍以上に膨らんで大木を思わすような腰、柔らかさの欠片もないひきしまったヒップは、今までとはまったく違っていた。
「使いすぎた。魔力が……完全に切れちまったか……」
もらした声には、女性の時と同じように凜とした迫力がある。
が、どう聞いてもどっしりとした男性の声。
しかも、どこかで聞き覚えがある。
アラベラは、一瞬で記憶を巡らす。
「貴様……その声は……雷堂――」
「ち、違う! 私は……そう! 私は、雷堂和真の双子の兄で、獅子の頭をもつ人獣探偵の【赫真】だ!」
ブワッとふりむいた獅子王は、顎に手をあててポーズを決めた。
アラベラは瞬き数回分だけ呆気にとられるが、すぐに我をとりもどす。
「……それは有名な小説【人獣探偵】の主人公の名前だな」
「うっ……」
「それに雷堂和真には、兄の和也がいるだけで、双子の兄などいないはずだ。そんなことはとうに調べてある」
「ぐっ……」
「まさか獅子王の正体が……雷堂和真の女装とは……」
「女装ではない! 女体化変装だ!」
「やはり、雷堂和真か」
「あっ……」
獅子王の動きが固まる。
すると諦めたように、彼は獅子のかぶり物をはずした。
そこに現れたのは、あの時に見た不敵な顔。
力強く太い眉、大きいが形のよい口元、その容姿は男らしさにあふれながらも、爽やかさを保っている。
噂を調べても、正義感あふれる好青年で、褒める者こそいるが、貶す者など1人もいなかった。
この男に口説かれて落ちぬ女など、よほどの変わり者ぐらいしかいないだろう。
そう思わすだけの容姿――なのだが……。
「獅子王……いや、雷堂和真」
「ああ。ばれたのならしかたないな」
「ひとつ、頼みがある……」
「わかっている。手伝えってことだろう?」
「いいや。その前に可及的速やかに頼みがある」
「ん? なんだ?」
男らしい男は苦手なアラベラだったが、不思議と彼の体から目が離せずに紅潮してしまう。
「……その……なにか履いてもらえぬか。目のやり場に困る」
「……ん?」
目のやり場に困ると言いながら、やはりついつい見てしまうアラベラ。
和真がその視線を追ってくる。
そこは、和真の股間。
タイトなスーツのため、モッコリとしている膨らみが目立っている。
「――うおおっ!」
奇声をあげて後ろを向く和真。
とたん今度は、しっかりとしたお尻の形が目の前に現れる。
「雷堂和真……その姿は……」
「こ、これはだな、魔術――」
「――この変態め!」
「……ち、違うんだあああぁぁぁぁ!!」
無事、《《汚名挽回》》できた和真であった。




