Act.0016:ヒーヒー言わしてやっからなぁ~
「くっ……殺せ! やれるものならばな!」
木製の掘っ立て小屋の中に、ガランの声が響いた。
同時に彼女は、腕ごと縛られた身をよじる。
まるで芋虫のように地面へ直接、転がされているため、誇り高き紺の制服も土でうす汚れている。
その様子をニヤニヤと周囲で見下ろす2~3人の男たち。
部屋の中央で揺れる松明が男たちを背後から覆い、ガランを襲うように影を作っていた。
それでもガランは、その者たちをにらみ返す。
彼女は魔生機甲から降りたあと、森には逃げなかった。
それは、自分にとって大切な人を逃がす囮となるためだ。
そのまま森に逃げても、敵の領地である。
逃げられる可能性はかなり少ない。
だから、少しでも時間を稼ぐため姿を見せ、それから森に逃げこもうとしていた。
追っ手を自分の所に集めようとしたのである。
だが、運が悪かったとしか、言えないことが起きてしまった。
敵魔生機甲が、遠距離から放った【石鏃】が、直撃はしなかったものの、彼女の近くに着弾。
その衝撃で飛び散った石のひとつが、彼女の頭を弾いたのだ。
おかげで彼女は気を失ってしまい、目覚めた今も側頭部から激しく出血して頬を赤く染めている。
ズキンズキンという痛みが、ガランに眩暈を呼び起こす。
しかし、そんなことに負けるわけにはいかない。
彼女は、ちらりと背後を見やる。
そこにはズボンを脱がされ、服がはだけて慎ましやかな胸元を見せている乙女が、同じように縛られて気を失っているのだ。
乙女の顔は腫れあがり、口元からは血を流している。
嘲笑する男たちの口ぶりだと、彼女も同じように囮になろうとして残り、気を失ったガランを助けようとして山賊たちに捕まったらしい。
どんなに腕が立っても、多勢に無勢のうえ、敵には大量の魔生機甲もある。
気を失ったガランを連れて逃げられるわけもない。
さりとて、乙女がガランを見捨てて逃げるようなことをするわけもなかった。
その後、捕らえられた乙女は、暴行を受けて激しく抵抗したのだろう。
もしくは、ガランのために体をはって抗ってくれたのかもしれない。
意識が戻ったガランは、そんな彼女を庇うように、男たちとの間へ体を這わせて割りこんだのである。
今度は、自分が彼女を守る番だ。
だが、内心でガランは覚悟を決める。
このままなら、乙女と2人でこの卑猥な目をした男たちに陵辱される。
そして最後は、アラベラを捕まえるための餌にされるに違いない。
それでも、ガランも抗うことを諦めない。
死を選ぶことは簡単だ。
それですべてが終わるだろう。
苦しみからも解放され、アラベラの枷になることもなくなる。
そう考えると、生きている意味などないように思える。
しかし、ガランは……そして乙女もきっと、それを選ばない。
理由は「逃げるみたいだから」とか、「後ろ向きだから」とか、そういうありきたりな理由ではない。
ただ、格闘技を嗜む者として、戦う者として、「死」とは力が尽きたことをいうと信じているのだ。
彼女はまだ、力を尽くしていない。
「グフッ……。ヒーヒー言わしてやっからなぁ~」
色情を瞳に浮かべて鼻息の荒い男たちが迫る。
その欲望に、ガランは負けぬ決心をするのだった。
無駄な決心になるとも知らずに……。
◆
森はかなり深かった。
しかも、ここの木々は、平地に生まれたわけではないようだ。
低い岩場を森が呑みこんだようで、足下が極端に悪い。
所どころにゴロゴロと大きめの岩石が転がっており、それを湿った苔が包みこんでいる。
少しでも油断すれば、緑の絨毯がヌメリと足を奪っていく。
さらに生い茂った木々は、魔生機甲を覆い隠すほど高く、陽射しを遮っていた。
悪い視界は、アラベラの歩みを拒み続ける。
聞いたことのないキィーキィーという鳥の鳴き声が歓迎してくれたそこは、まるで迷路の様相を見せていた。
唯一の救いは、外の蒸れた空気よりも幾分、涼しく感じることだろう。
(吉とでるか、凶とでるか)
隠れる場所はたくさんあるし、この足場の悪さでは魔生機甲も容易に入ってこられないはずだ。
しかし、逆に言えば迷いやすい地形であり、向こうに地の利があるとすれば圧倒的に不利な場所となる。
さらに周囲は、刻々と暗くなっている。
もうすぐ森は、完全な闇に閉ざされる。
湿った土の臭いが、じっとりとアラベラを包んでいく。
体と同時に、彼女は気が重くなるのを感じていた。
(この足場、ガランぐらいの身軽さならば平気だろうが……。乙女は苦労してそうだな)
離れ離れになった部下を心配する。
あの2人は、自分を慕ってついてきてくれた、公私ともに大切なパートナーだ。
もし万が一、敵に捕まり、辱めを受けていたり、殺されていたりしたら、アラベラは今度こそ自分を許せなくなる。
大事なものを失わないために、多くの力を手にしてきた。
大事なものを失わないために、先んじて悪を滅ぼしてきた。
それなのに、その行為自体で大事なものを失うというのか。
本末転倒である。
(まさか、こんなことになろうとは……)
ふと、ジョー・タリル小隊長の言葉がよみがえる。
「今回の作戦は見送るべきです」
「そんな不確かな情報で、なぜ作戦を中止する必要があるか! こうしている間にも、奴らは悪事を重ねるのだぞ!」
その時、アラベラの個室で、ジョーと2人きりで激しく言いあっていた。
「リスクがあるのですから、そこまで慌てなくても――」
「そんなもの、推測だけでリスクにもならん。……そういえば、タリル小隊長は今度、結婚するそうではないか。まさか、それで命が惜しくなり、臆病風に吹かれたのではあるまいな?」
「結婚は関係ありません。ですが、命を惜しいと思うのは悪いことですか?」
「無論、悪いことではない。だが、命を賭けなければなせぬこともある。……それに結婚ともなれば、なにかと入り用だろう。この作戦が成功すれば、多額の賞与と次期大隊長への昇進もあるやも知れぬぞ」
「しかし……」
結局は、平行線。
最後は「命令だ」という一言で閉めてしまった。
忠告を足蹴にしたうえに、ジョーを死なせてしまったら……そう考えると、アラベラは胸が苦しくなる。
帰ったら結婚するはずの婚約者に、なんと伝えればいいのか言葉が思いつかない。
(先の爆発……歩兵部隊は無事に逃げおおせたのか……)
内心、「助かるわけがない」と自己否定する。
先の爆発は、きっと魔生機甲から歩兵部隊への攻撃だろう。
何人、死んだのだろうか?
いや。考えてもしかたない。
とにかく、ひとりでも多く助かってほしい。
我が儘だが、少なくとも乙女とガランには助かってもらいたい。
(その可能性を少しでもあげるには……)
木々の隙間から、魔生機甲らしき爆発音と地響きが届いてくる。
しかし、不思議と追跡の手がこちらには伸びてきていなかった。
敵の歩兵もこの森だと、さすがに入りにくいのだろうか。
それならば、まだ希望がある。
(火はまずいな……)
アラベラは、完全に日が落ちる前に覚悟を決める。
森の入り口からは少し離れた。
時間稼ぎにはなるだろうと、彼女は空に向けて【風爆】という魔法を放つ。
両掌から生まれた風の塊は、すでに夜の帳が降り始めた天を目指して真っ直ぐに飛びあがり、そしてパンッと弾けるような爆音と共に四散する。
そして風の魔法で体を浮かすと、一目散にその場から離れる。
今までは魔力を使うことを避けていた。
敵に魔導師がいた場合、魔力により位置を探知されてしまう可能性があるからだ。
しかし、今は激しい魔法を使用したばかり。
周囲の弱い魔力など、探知できるわけがない。
これならば、この足場でも距離をとれるはずだ。
「……なんだ!?」
だが、そこに大きく空気を揺るがす固まりが空から降ってくる。
それは、1機の魔生機甲だった。
(まさか、こんな場所に!?)
その魔生機甲は、アラベラが魔法を放った位置へ、まるで仕返しでもするように空中から【颶風爆裂】を放つ。
渦巻く風の弾が爆裂。
魔生機甲と同じぐらいの巨木が、5~6本ほど弾かれたように跳ねあがる。
「――うわあああぁぁ!!!」
その衝撃波は、離れつつあったアラベラを捕らえて吹き飛ばす。
彼女の体は、木の葉のように舞うと、ある大木の幹に腹からぶつかって転がる。
止まる呼吸。
ダメ押しのように、頭を揺れ動かすような轟音。
跳びあがった木々が、神々の怒りを表すかのように天から降りそそいでいた。
幸い、その怒りを身に受けることはなかったが、戻ってきた呼吸と共に嘔吐してしまう。
激痛に転がった体が動かせない。
意志さえも「動け」と命令することができないでいる。
なんとか首を横に向けると、そこにはへし折られた木々の隙間から武者タイプの魔生機甲が立っていた。
その魔生機甲が、おもむろに刀を腰から抜いたと思うと、そのまま横なぎに払った。
周囲の木々がまた、半身を失う。
まるで豪雨を思わすように、バサバサと葉と葉が打ち鳴らされ、まるで雷を思わすようにバキバキと枝木が折れて散る。
魔生機甲がこちらを見る。
それは偶然だろう。
しかしアラベラは、まるで悪魔にでも魅入られた気分になる。
その闇夜に浮かびあがる巨体が、赤く魔力の光を放つ双眸が、かつてこれほどまでに恐ろしく感じたことはなかった。
兜の大鍬形でさえ、まるで悪魔の角に見えてしまう。
(……負けぬ……)
それでも逃げなくてはと、恐怖を打ちはらって立ちあがろうとする。
だが、とたんに脚に激痛が走る。
捻挫? いや、骨折かもしれない。
治癒魔法をかける暇もない。
とりあえずまた風魔法で――そうアラベラが考えているうちに、悪魔のごとき魔生機甲がまた刀を振りあげた。
(――まずい!)
横なぎに走る刀。
聞こえる、木々の悲鳴。
――カンッ!
最後は甲高い音と、身近な場所から伝わる振動。
アラベラは真上を見上げる。
その先には、大木に深く食いついてしまった巨大な刃。
ゆっくりとアラベラは、その刃を目でたどる。
当たり前のように現れる、鍔と柄。
そしてそれを握る、人を模した鎧の指。
篭手、大袖……そして悪魔のような面頬。
(――しくじった!)
アラベラは、悪魔にその身をさらしていたのだ。




