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桜舞う季節をめぐる物語  作者: 九月 草次
7/24

7

 霧人たちは大通りから離れ、狭い路地へと入って行く。

 春奈は時代錯誤に陥った。

 昔ながらの古い家が続き、

小京都のような町並みが広がっていた。

 宇佐野の町にこんな場所があったなんて知らなかった。

 近代的なビルに囲まれて、今まで気付かないでいたのだ。

 建物の影から小さな公園が見えてきた。

 細い桜の木が一本だけ植えてある。

 こんな日当たりの悪い場所でも一生懸命に花を咲かせている。

 二人は公園を横切って、目の前の古いアパートへと向かう。 

 二階の突き当りが霧人の部屋だった。

 中は殺風景な六畳一間。

 春奈がカーテンを開けると、下にさっきの公園が見えた。

 暖房をつけた霧人が、

「ベッドを使っていいよ」

「私、あまり眠くない」

 霧人はテレビをつけ、

「じゃ、テレビかDVDでも見てなよ。俺、少し寝るから」

 と言って、床に横になった。

 春奈はカーテンを閉めベッドに座り、テレビの音を小さくした。

 チャンネルを変えても面白い番組がなかったので、テレビを消した。

「ねぇ、ベッドで寝なよ」

「床で充分だよ。おやすみ」

 春奈は立ち上がって、

「じゃ、私も床で寝る」

 霧人の横に寝転んだ。

「床って結構冷えるね」

 霧人は呆れて、

「もう、分かったから。俺もベッドで寝るよ」

 霧人は立ち上がり、ベッドへと移動する。

「俺も?じゃ私もベッドでいいんだね」

「はいはい、電気消すよ」

 春奈は霧人の横に潜り込む。

 霧人は照れて春奈に背中を向ける。

 数秒の沈黙が過ぎ、霧人が静かにつぶやいた。

「あのさぁ……家に帰りたくないなら、ここにいてもいいよ……」

「……ありがと」

 春奈は、はにかむように微笑んだ。




 朝、目を覚ますとベッドに霧人の姿はなかった。

 と言っても、もう昼前だった。

 起き上がり、寝ボケ顔で部屋を見回す。

 狭い台所に立っている霧人の横顔。

 近付くと卵を焼いていた。

 霧人はチラッと春奈を見て、笑顔で挨拶を交わした。

 春奈は霧人の後ろへ回り込み、そっと手を回して抱き付く。

 背中に頬を当て、目を閉じた。

 そうしているとすごく落ち着いた。

 家族とは違う大事なものを捕まえた……そんな気持ちになった。

「もう直ぐできるから顔を洗ってきなよ」

「……うん」

 まだ夢から覚めてないような顔で返事をして、洗面所へ行く。

 新しい歯ブラシを開け、歯を磨いた。

 自分の顔を鏡で見た時、ハッと我に返った。

 慌てて霧人に尋ねる。

「ねねね……私、今何かしなかった?」

「俺の背中に抱き付いた」

 真っ赤になった春奈が、霧人に向かって悲鳴をあげた。

「きゃああー」

 霧人は料理を持って春奈の前を通りながら、至って普通に、

「君、目玉焼きにはソース派?それとも醤油派?」

 春奈、今度は鏡に映る自分に向かって、

「きゃああー」

「早く来ないと君の分も食べるよ」

 素っ気無い霧人の言葉で膨れっ面になり、

急いで顔を洗う。

 使った歯ブラシをどこに置こうか迷ったあげく、

霧人と同じコップに歯ブラシを入れた。

 霧人の前に座る春奈。

 小さなテーブルには霧人が作った料理が並ぶ。

 それは味噌汁に焼き魚やお漬物、どれもありふれたものだったが、

春奈には懐かしい家庭料理だった。

「いつも自分で作ってるの?」

「当たり前じゃん。こう見えても一人暮らしは長いからね」

「……」

 一人暮らし……春奈にはとてもすごいことに感じた。

 自分は一人ぼっちになった時、その怖さに震えて泣いていた。

 でも、霧人は真っ直ぐ前を向いて歩いていた。

「霧人は偉いね。世の中を一人で生きてるから……」

「みんなしてるよ」

「私は何も出来ないから……」

「春奈はピアノうまいじゃん」

「ピアノはお金掛かるもん」

「そりゃ、難しいね」

 ……春奈は照れていた。

 初めて霧人が自分の名前を呼んでくれたことと、

「霧人」と呼び捨てにした自分にドキドキした。

 霧人は別に気にする様子を見せなかった。

 少しだけ霧人に近付けた気になって、嬉しかった。

「どうしたの?ニヤニヤして」

「ううん、何でもない」

「これ食べてからまた絵を描きに行くけど、一緒に行く?」

「うん」


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