表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜舞う季節をめぐる物語  作者: 九月 草次
24/24

24

 島津家では、警察が佐知子と雨宮たちを連れ出していた。

 柴さんも救急車に乗せられ運ばれていった。

 静音が、ロペスに話し掛ける。

「春奈さん、見付かるかしら……」

「探し出せるのは霧人君しかいないよ。ただ、間に合ってくれるといいが……」




「松風さん、急いでください!」

 霧人は松風をせかすが、道路は渋滞していて動けないでいた。

「この分だとお寺までかなり掛かりますね」

 ラジオから今日のコンサートのニュースが流れる。

「……宇佐野でピアノのコンサートが開催されました。今年、コンクールで優勝した島津春奈さんは『桜舞う季節』を演奏して……」

 その放送を聞いた霧人が叫んだ。

「松風さん、行き先変えて!」




 どれだけ時間が過ぎただろう……。

 春奈は自分の手首を赤く染め、今にも意識が切れてしまいそうなうつろな目をしていた。

「霧人……」

 霧人との思い出が浮かんでくる。


 霧人と初めて出会ったこの場所……。


 街で泣いている自分を見付けてくれた雨の夜……。


 春奈をおぶって帰った肌寒い朝……。


 生まれ変わっても必ず見付けると言ってくれた病院での約束……。


 次々と浮かんでは消えていった。

「霧人、ごめん。……ごめんね」


 ふと、気づくと、自分の体が揺れていた。

 誰かの息遣いが聞こえる。

 もうろうとする意識の中、春奈は微かに目を開けた。

 景色が流れている。

 そこは……、霧人の背中の上だった。

 息を切らして、私をおぶって丘を駆け降りている。

 声を掛ける力もなかった。

 霧人、なぜ来たの?私のことなんか放っておいて……と、心で叫んだ。

 

「会えるよ。必ず春奈を見付けるから……」

 霧人の言葉が浮かんで来た。


 春奈の首で何が揺れている……桜の花のネックレスだった。

 幼いころ、自分が作った桜の花の首飾りを思い出す。

 それを見て喜んでくれるお母さん。

 春奈は声にもならない声を上げ、泣いていた。


 川原病院に駆け込んだ霧人が叫んでいる。

「誰か!誰か来て下さい!」

 医師たちが慌ただしく集まって来る。

「お願いします。この子を助けてください!……お願いします!」

 霧人が大声で泣きながら叫んでいる。

 だが、その声はもう春奈には聞こえてなかった。

 霧人の涙が頬から落ち、春奈の腕で弾ける。

「お母さん……私、霧人と一緒にいたい」

 春奈の意識は、また深い闇へと落ちていった。




 それから月日は流れ、また春がやって来た。



 あるコンサートに招待された静音が、インタビューを受けていた。

「川原さん、今年のコンクールでの優勝、おめでとうございます」

「あの時は最悪だったわ。頭は痛いし、お腹も痛いし、足も痛くてとても辛かったわ」

「それでも優勝するなんてすごいですよね」

「あら、去年のコンクールの時は完璧だったのよ。それでも春奈さんには勝てなかったわ」

 と、笑って言った。

「それでは優勝した川原静音さんに演奏してもらいましょう。故ロペス・オーセン作曲、『桜舞う季節』です」

 静音の指が走り出す。


 静音は心の中で語り掛ける。

 ここにいる人々はこの曲を聴いて何を思うのだろう。

 私は、この曲を弾くたびに掛け替えのない時間を思い出す。

 ずっと忘れることのない大切な人を思い出す。

 春奈さんのお母さんが浅田菊江さんと知って、

 あなたはすごく驚いていたわね。

 運命の糸は、本人たちが知らないところでつながっている気がしたわ。

 私がこの曲を弾くたびに……あの人は私の中で甦る。


 演奏は続く。


 宇佐野の空にまたピンクのカーテンが舞踊る。

 人々は空を見上げ春の訪れを感じている。

 桜並木は鮮やかにその身を飾っていた。

 今年も大桜は大勢の見物人に囲まれている。

 少し離れた場所で絵を描いている霧人。

 キャンパスの中には少女が一人、大桜に寄り添って幸せそうに微笑んでいた。

 いつかの老夫婦が通り掛り、お婆さんがキャンパスを覗いた。

「とても素敵な絵になったわね」

 と、笑顔で褒めてくれた。

 お爺さんが尋ねる。

「君の大切なものは見付かったのかい?」

 霧人は笑顔で、

「はい」

 と、答えた。

 老夫婦は軽く手を振って、歩き出した。

 見送る霧人の背中に忍び寄る影……。

 その影は霧人の影に飛び付いた。

「うわ、危ないだろ春奈!」

「ふふ、美人に描けてる?」

「そんなことしたら春奈じゃなくなるよ」

 春奈、霧人の首に腕を回し、

「どう言う意味よ?」

「嘘は描けないってこと……」

「ほほぉ、春奈様が作ったお弁当が欲しくないようね……」


 春奈の胸元で桜のネックレスが揺れる。

 お母さんがいつも見守ってくれている。

 私は、桜の咲くこの丘が好きです。

 私は、ロペスさんの演奏が好きでした。

 私は、静音さんの真っ直ぐな性格が好きです。


「弁当だけ置いて、早く教室に帰れよ。生徒が待ってんだろ?」

「まだ時間あるもん」


 二度も死を選んだ少女が、

自分を受け止めてくれた青年と出会い、大切なものを手に入れた。

 もし霧人が私のそばからいなくなったら、

私は考えることさえ耐えられないほど、悲しくなると思う。

 霧人にも、そんな思いをさせたくない。

 霧人は、私に生きる力をくれました。


 桜の花びらが風に舞って二人を包む。

 春奈は、霧人の左肩へ両手を添えた。

 そこへ自分の頬をやさしく当てて、キャンパスを眺める。

 それを見て霧人が微笑み、春奈にやさしくキスをした。

 

 霧人の左側……そこが幸せを感じる私の居場所。

 

 霧人の左手が春奈の左手にそっと触れる。

 二人の薬指には同じ指輪が輝いていた。



            … 終 …






読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ