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島津家の二階の空き部屋に
静音は縛られ監禁されていた。
口にはテープを張られて声が出せない。
「ん、んん……」
同じ部屋で見張りをしている神崎が、
いやらしく静音を見ていた。
そのころ一階では、
玄関のドアが勢いよく開いた。
そして、男が中へ入って来る。
それに気づいた草森が、
廊下を歩いてその男に詰め寄っていった。
「何だ、貴様!」
その男……、柴さんだった。
後から、マスターと霧人も玄関へ入って来た。
柴さんが物静かに草森へ話し掛ける。
「雨宮おるか?」
「何だ?こらっ!」
草森は柴さんに顔を近づけた。
柴さんは、詰め寄る草森を殴り倒した。
「雨宮―、ツラ出せや!」
奥から雨宮が出て来た。柴さんに頭を下げる。
「ご無沙汰しております」
「おめぇ、ワシの知り合いにチョッカイ出してるそうじゃの?」
「あまり派手には動いてないつもりですが」
柴さんは家に上がり、すれ違う雨宮の肩に触れ、
「この件から手を引いて、お前、もう帰れ」
「おやっさんの命令ですから」
柴さん、雨宮に顔を近付け、ドスの効いた声を荒立てた。
「おえガキィ。今、ワシに言うたんか?ワシに口答えしたんか?」
雨宮は何のためらいもなく、取り出したナイフで柴さんの腹を刺した。
柴さん、目を閉じ静かにうなりながら、
再び雨宮をにらみ付けた。
雨宮は血がしたたるナイフを持ったまま無表情で立っている。
「足を洗った人間に、でかいツラされたら、こっちはやっていけないんですわ」
「く、くそガキが……」
雨宮は自分の部下に命令する。
「他の奴もおとなしくさせろ」
マスターと霧人が息を呑む。
その時、
再び玄関のドアが開き、ガタイのいい男たちが一斉に入って来た。
入って来た男たちは霧人たちを素通りし、雨宮たちを殴り倒していく。
霧人とマスターは何が起きたのか分からず佇んでいる。
後からロペスと松風が入って来た。
「霧人君、大丈夫か?」
「ロペスさん……」
「状況が悪そうだったから大使官のお父さんに頼んで、SPを借りて来たんだ。間に合ってよかった」
柴さんが壁に凭れ、ゆっくり腰を落としていく。
霧人が駆け寄る。
「柴さん。すぐ救急車を呼ぶから……」
「心配ない。早く、あの子を探せ!」
霧人は返事をして奥へと走って行った。
柴さんはマスターに向かって笑った。
「ハハ……情けねぇ。悪いことばかりしてると、いつか焼きが回って来るもんだな」
「フッ、心配すんな。お前みたいなのが一番長生きするんだよ」
居間で酒びたりの佐知子を見付け、霧人が近づく。
「春奈はどこだ?」
「ふん、銀行で別れたっきり知らないわよ。またどこかで自殺でもしてるんじゃないの。アハハハ……」
佐知子は狂ったように笑い出した。
「大声出したら痛い目に遭うからな」
そう言って神崎は、震える静音に近寄って行く。
そこにSPの男たちがドアを蹴り破り、中へ入って来て、神崎を取り押さえた。
霧人は静音の縄を解きながら、
「静音さん、怪我はない?」
「私より春奈さんは?」
「もうここにはいなかった」
霧人は必死に考えた。
春奈が一人になれば必ず行く場所……。
霧人はみんなのいるリビングへ行き、
「僕に心当たりがある。多分、母親のお墓だと思うんだ」
松風が近寄って来て、
「では私が送ります」
「霧人君、これを春奈さんに……母親からの贈り物だ」
ロペスから桜の花のネックレスを受け取った霧人は、急いで家を出た。
しかし……、そのころ春奈は大桜の下にいた。
幹にうな垂れるようにしゃがみ込む。
「……お母さん」
その手にはカミソリを握っていた。
去年の春……。
大桜の下で口論している佐知子と菊江。
「娘だけでも返して……」
「何言ってんの?離婚した時、あの子が自分で父親を選んだのよ」
「あなたが夫を騙して、春奈を言いくるめたからでしょ!」
佐知子は高笑いをする。
「あなたの全てを奪ってやるわ。警察にでも話せば。……ふっ、無駄でしょうけどね」
菊江がカミソリを取り出す。
「な、何よ。私を殺す気?」
「娘のいない人生なんて……、私にはなんの意味もない。春奈をこの手に抱けないのなら、せめてあの子のそばで……見守りたい」
そう言って、菊江はカミソリで自分の手首を赤く染めた。
佐知子は後退りをしながら、
「あの人は私の所へ戻って来た。でも、またあなたの所へ戻るかもしれない。あなたさえいなければ、秀夫さんは私だけを愛してくれるわ」
そう言って、その場を走り去った。
歪んだ愛は、さらに相手を遠ざけていくことに、佐知子は気付いていなかった。
求めれば求めるほど、心は孤独の闇に沈んでいき、決して癒されることはない。
佐知子も孤独の犠牲者だった。
菊江は地面に膝を付き、
「春奈……ごめんね」
零れる涙より早く、その場に倒れた。
大桜から花びらが舞い降りる。
連絡を聞いた春奈が大桜へ来た時には、たくさんの人だかりだった。
その中を掻き分け奥へと進んだ。
「お母さん、お母さん……あ!」
菊江を乗せた担架が目の前を通る。
春奈は警察を振り払い、菊江にしがみ付き、大声で泣き叫んだ。
その声が次第に小さくなっていき、脳裏に消えていった……。
母の最期の姿を何度も思い返してしまう。
春奈は大桜に凭れて、青い空を眺めた。
「会いたいよ……お母さん」
そうつぶやいて、ゆっくり目を閉じ、手首に当てたカミソリを……引いた。




