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「……これで手続きは終わります」
相原は一通の封筒取り出しテーブルの上に置いた。
佐知子が素早く封筒を破り、中を見た。
「何これ?」
中身を手の平に乗せた。
鍵だった。
「貸し金庫の鍵です。それが、亡き菊江さんから預かっていた物です」
佐知子は鍵を持ち、立ち上がると、
「雨宮、すぐ銀行へ行くわよ。春奈……ほら、あんたも来るのよ。急ぎなさい」
相原は至って冷静に、
「では私はこれで……」
佐知子たちは春奈を連れ銀行へと向かった。
すれ違いで静音を乗せたタクシーが島津家の前に到着した。
静音は、玄関に駆け寄ってドアを叩く。
留守番をしていた雨宮の部下の草森が出て来た。
「ここに島津春奈がいるでしょ。素直に返さないと警察呼ぶわよ!」
草森は周りを見渡し、静音の口を押さえ家の中へと引きずり込んだ。
「ん、んん……」
銀行に到着した佐知子たちは手続きを進め、
春奈に署名をさせようとしていた。
春奈の手が止まる。
そばにいた佐知子が苛立ちながら、吐き捨てるように、
「さっさとサインしなさい!」
「ひとつだけ約束して下さい」
「何?」
「霧人たちには、もう近付かないで……」
佐知子、半笑いで、
「ええ、いいわ、いいわ」
春奈は自分の名前を書いた。
係りの者が書類を確認し、導く。
「では、こちらへどうぞ」
佐知子が歩きなら春奈に向かって、
「あんた、もう帰っていいわよ」
と言って、思い出したように足を止めた。
「あ、私の家には帰らないでよ。もっとも、出て行ったのは、あんたなんだから帰れるはずもないと思うけどね」
佐知子は高笑いしながら雨宮と歩き出した。
春奈はトボトボ歩きながら銀行を出て、
後姿が人混みの中へと消えていった。
病院の待合で、松風が先に気付いた。
「おや。霧人君、あそこにおられますよ」
見舞いに来たロペスと松風は公衆電話の前にいる霧人を見付けた。
「ロペス様、行ってみますか?」
「いえ、ちょっと待ってください……」
『スティン』の店内から電話の音が響く。
店内ではマスターが柴さんと酒を飲んでいた。
「はい。……おお、霧人か、どうした?」
「すいませんマスター。何日か休みたいのですが……」
「……ははは、そうか派手にやられたか。相手は分かってるのか?」
「拓、ちょっと代わってや」
その話を聞いていた柴さんが、受話器を取った。
「おう、霧人。柴やけどな、そいつ片目じゃなかったか?」
「はい、左目が潰れてました」
「雨宮に間違いないな。そいつら本職だからもう近付くな」
「ヤ、ヤクザなの。春奈はその男に連れて行かれたんだ。今、友達が連れ戻しに行ってるんですよ」
「その友達、危ないぞ。……お前、そこから抜け出せるか?迎えに行くから案内しろ」
話を済ませると柴さんは電話を切った。
「柴、ヤバくないか?しのぎを邪魔すると後が面倒だぞ」
柴さんはやさしい顔で、
「お前はあの子のピアノ、また聴きたくないのか?」
「……ふむ、それもそうだな。また聴きたいよな」
病院の待合で霧人の電話を聞いていたロペスは、
自分の携帯を取り出し掛けた。
「あ、お父さん。ちょっとお願いがあるんだけど……」
その頃、春奈は、
フラフラと街中を歩いていた。
霧人と再会したビルの前に座り込む。
自分のことで大好きな人に怪我をさせてしまった。
霧人に申し訳なくて、もう会うのが怖い。
今、一番会いたいけど……、もう会えない。
佐知子は私の幸せをいつも奪っていく。
春奈は立ち上がり、またフラフラと歩き出した。
「何なのよ、これ!」
家に戻った佐知子は怒鳴り散らしていた。
ブランデーを注ぎ、感情に任せて一気にコップを空にした。
「普通、遺産って言ったらお金でしょ!」
雨宮は無表情に佐知子を見ている。
「それが安物のダッサいネックレスひとつだけですって?馬鹿らしいったらないわ!」
ネックレスを雨宮に投げつける。
雨宮が床に落ちたネックレスを拾い、テーブルの上に置いた。
「例え、物が何であれ、報酬はきっちり頂きますから」
「報酬?ある訳ないでしょ。お金が手に入らなかったんだから」
雨宮は無表情で佐知子の顔を引っ叩いた。
床に倒れた佐知子に、押し殺したような声で、
「こっちは遊びでやってる訳じゃないんですよ!」
佐知子は髪を振り乱し、あざ笑いながら、
「フフフ、じゃあ、その桜の花のネックレスでも持って帰ったら?」




