21
夜の街を霧人が春奈の手を引っ張って、走りながら逃げている。
目の前を数人の男たちが立ち塞がる。
後ろも塞がれ、二人は囲まれてしまった。
「諦めろ、ここまでだ」
と、雨宮が現れ、春奈の手を掴み、霧人から引き離す。
春奈が叫ぶ。
「いやー、霧人ー」
「春奈!」
二人は、もがきながらまた手をつなぎ合う。
そこで霧人は目を覚ました。
病室のベッドの上。
霧人が気付くと、
自分の手を握っている春奈が椅子に座っていた。
霧人は不思議そうに尋ねた。
「なんでここにいるの?コンサートは?」
春奈が静かに答える。
「……終わったよ」
「そ、そっか。行けなくてごめんな」
「霧人……」
春奈は霧人の痛々しい姿に悲しい表情をしていた。
霧人はそれを察して、
「ああ……これね。絡まれていた女の子を助けようとしたら、逆にやられちゃった」
春奈は泣きそうな自分を隠しながら、やさしく笑う。
「ふふ、馬鹿ね」
しばらく沈黙が続いて、春奈が話し出す。
「……もしね、私が生まれ変わっても、また霧人に会えたらいいね」
「会えるよ。必ず春奈を見付けるから」
「絶対無理だよ」
「じゃあさぁ、毎年、大桜の下で待ってるよ。俺たちが最初に出会った所だからね」
春奈、微笑みながらうなずく。
「……私、用事があるから、もう行くね」
「あまり遅くなるなよ。俺がいなくてもちゃんと飯食えよ」
「……うん」
春奈にはどうしても言えなかった……。
お別れを言いに来たのに、他愛もない会話になってしまう。
今の彼女には辛すぎる言葉。
せめて心の中で「さよなら」と霧人に告げ、病室を出た。
廊下で待っていた雨宮と共に歩いて行く。
すれ違う川原院長が不安な面持ちで、振り返った。
エレベーターに乗る雨宮と春奈。
そのドアが閉まると、
隣のエレベーターがチンと開き、静音が降りて来る。
霧人の病室に顔を出す。
「具合は?」
「おかげさまで、よくない」
「ふっ、口は元気そうね。ねぇ、春奈さんここへ来なかった?」
「来たけど用事があるってすぐ帰ったよ」
「そう。……あれ?なぜ霧人君が病院にいることを知ってたのかしら……」
雨宮に連れられ、春奈は久しぶりに島津家へ帰って来ていた。
懐かしさなどなかった。
ここへ戻ると以前の心を閉ざしていた自分が甦ってくる。
「春奈ちゃん、お帰りなさい」
玄関で変に愛想のいい佐知子が出迎える。
彼女の横を走り抜け、二階の自分の部屋へと急いで向かった。
一番心配だったピーチはもういなかった。
春奈が窓を開けると空になった鳥籠が風で微かに揺れた。
佐知子からピーチが死んだことを聞かされた。
私がいなくなってから餌を食べなくなったらしい。
自分がピーチを殺してしまった。
春奈の気持ちをよそに佐知子の甲高い声が響く。
「春奈ちゃん、早くいらっしゃい」
春奈が重い足取りで降りて行くと、
リビングでは既に弁護士の相原が待っていた。
ソファーに座っている佐知子が手招きをする。
「こっちこっち、ここに座って」
相原は春奈が腰を下ろしたのを見て、口を開いた。
「では、手続きを始めましょう」
川原院長が霧人の様子を見に入って来る。
「静音、来てたのか」
「お父様」
「さっき春奈ちゃんを見掛けたが、サングラスをした怪しい男と一緒だったぞ」
「あいつらだ。春奈を連れ戻しに来たんだ」
「霧人君、春奈さんの家はどこ?」
「俺、知らない」
「お父様、春奈さんのカルテ見せて」
「駄目だ。それはできない」
部屋を出て行く父、雷蔵の後を静音が追い掛ける。
ふら付きながら霧人も後を追った。
「お願い、春奈さんが大変なの」
「私の立場でも出来ないことだ」
ナースセンターの前に来る。
「婦長、島津春奈のカルテを見せてくれ」
「はい、院長」
婦長の坂江はカルテを雷蔵に渡す。
「この患者の経過は?」
静音に春奈の住所が見えるように向ける。
「宇佐野市八の六……近くね」
静音は、みんなの前で父親の頬にキスをした。
婦長はテレながらメガネの位置を直し、
「診察に来ていないので、その後は分かりませんが、もう直っているころだと思われますが……」
「そうか、わかった」
カルテを婦長に返す。
「霧人君、私が様子を見て来る」
と、静音は言った。
「気を付けて……」
「危ないと思ったら警察を呼ぶわ」
静音は病院を出て行った。
霧人は後先考えない静音の行動がとても心配だった。




