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桜舞う季節をめぐる物語  作者: 九月 草次
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 夜の街を霧人が春奈の手を引っ張って、走りながら逃げている。

 目の前を数人の男たちが立ち塞がる。

 後ろも塞がれ、二人は囲まれてしまった。

「諦めろ、ここまでだ」

 と、雨宮が現れ、春奈の手を掴み、霧人から引き離す。

 春奈が叫ぶ。

「いやー、霧人ー」

「春奈!」

 二人は、もがきながらまた手をつなぎ合う。


 そこで霧人は目を覚ました。

 病室のベッドの上。

 霧人が気付くと、

自分の手を握っている春奈が椅子に座っていた。

 霧人は不思議そうに尋ねた。

「なんでここにいるの?コンサートは?」

 春奈が静かに答える。

「……終わったよ」

「そ、そっか。行けなくてごめんな」

「霧人……」

 春奈は霧人の痛々しい姿に悲しい表情をしていた。

 霧人はそれを察して、

「ああ……これね。絡まれていた女の子を助けようとしたら、逆にやられちゃった」

 春奈は泣きそうな自分を隠しながら、やさしく笑う。

「ふふ、馬鹿ね」

 しばらく沈黙が続いて、春奈が話し出す。

「……もしね、私が生まれ変わっても、また霧人に会えたらいいね」

「会えるよ。必ず春奈を見付けるから」

「絶対無理だよ」

「じゃあさぁ、毎年、大桜の下で待ってるよ。俺たちが最初に出会った所だからね」

 春奈、微笑みながらうなずく。

「……私、用事があるから、もう行くね」

「あまり遅くなるなよ。俺がいなくてもちゃんと飯食えよ」

「……うん」

 春奈にはどうしても言えなかった……。

 お別れを言いに来たのに、他愛もない会話になってしまう。

 今の彼女には辛すぎる言葉。

 せめて心の中で「さよなら」と霧人に告げ、病室を出た。

 廊下で待っていた雨宮と共に歩いて行く。

 すれ違う川原院長が不安な面持ちで、振り返った。

 エレベーターに乗る雨宮と春奈。

 そのドアが閉まると、

隣のエレベーターがチンと開き、静音が降りて来る。

 霧人の病室に顔を出す。

「具合は?」

「おかげさまで、よくない」

「ふっ、口は元気そうね。ねぇ、春奈さんここへ来なかった?」

「来たけど用事があるってすぐ帰ったよ」

「そう。……あれ?なぜ霧人君が病院にいることを知ってたのかしら……」




 雨宮に連れられ、春奈は久しぶりに島津家へ帰って来ていた。

 懐かしさなどなかった。

 ここへ戻ると以前の心を閉ざしていた自分が甦ってくる。

「春奈ちゃん、お帰りなさい」

 玄関で変に愛想のいい佐知子が出迎える。

 彼女の横を走り抜け、二階の自分の部屋へと急いで向かった。

 一番心配だったピーチはもういなかった。

 春奈が窓を開けると空になった鳥籠が風で微かに揺れた。

 佐知子からピーチが死んだことを聞かされた。

 私がいなくなってから餌を食べなくなったらしい。

 自分がピーチを殺してしまった。

 春奈の気持ちをよそに佐知子の甲高い声が響く。

「春奈ちゃん、早くいらっしゃい」

 春奈が重い足取りで降りて行くと、

リビングでは既に弁護士の相原が待っていた。

 ソファーに座っている佐知子が手招きをする。

「こっちこっち、ここに座って」

 相原は春奈が腰を下ろしたのを見て、口を開いた。

「では、手続きを始めましょう」




 川原院長が霧人の様子を見に入って来る。

「静音、来てたのか」

「お父様」

「さっき春奈ちゃんを見掛けたが、サングラスをした怪しい男と一緒だったぞ」

「あいつらだ。春奈を連れ戻しに来たんだ」

「霧人君、春奈さんの家はどこ?」

「俺、知らない」

「お父様、春奈さんのカルテ見せて」

「駄目だ。それはできない」

 部屋を出て行く父、雷蔵の後を静音が追い掛ける。

 ふら付きながら霧人も後を追った。

「お願い、春奈さんが大変なの」

「私の立場でも出来ないことだ」

 ナースセンターの前に来る。

「婦長、島津春奈のカルテを見せてくれ」

「はい、院長」

 婦長の坂江はカルテを雷蔵に渡す。

「この患者の経過は?」

 静音に春奈の住所が見えるように向ける。

「宇佐野市八の六……近くね」

 静音は、みんなの前で父親の頬にキスをした。

 婦長はテレながらメガネの位置を直し、

「診察に来ていないので、その後は分かりませんが、もう直っているころだと思われますが……」

「そうか、わかった」

 カルテを婦長に返す。


「霧人君、私が様子を見て来る」

 と、静音は言った。

「気を付けて……」

「危ないと思ったら警察を呼ぶわ」

 静音は病院を出て行った。

 霧人は後先考えない静音の行動がとても心配だった。


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