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桜舞う季節をめぐる物語  作者: 九月 草次
18/24

18

 島津家のリビングに背広を着た中年の男性が座っていた。

「私、弁護士の相原康夫と申します」

 佐知子は差し出された名刺を受け取る。

「……で、娘のことってなんなの?」

「今日、春奈さんは?」

 佐知子は煙草を吹かしながら、

「今、ちょっと出掛けてていないのよ」

「出来ればご同席をお願いしたいのですが、今日は用件だけにしておきましょう」

 相原は鞄からファイルを取り出し、

「春奈さんの産みの親……つまり亡くなった菊江様の遺言の件なのですが……」

「既に財産分与は済んでいますけど」

「はい。これは生前菊江様が娘さんに残されたものです。春奈さんがピアノのコンクールで優勝した時に公開するように頼まれた、もうひとつの遺言です」

 相原は新聞を広げ佐知子に向けて見せる。

 指を示した小さな記事には優勝した春奈の写真が載っていた。

「私も関係者の方から連絡をもらい、春奈さんの優勝を知りました。遺言は春奈さんがご在宅の時に発表いたします。ご都合がよろしい時にその名刺の番号まで連絡ください」

「まだそんなのがあったのね。ねぇ、金額はいくらあるの?」

「内容に付いてはお話できません。では今日はこれで失礼いたします」

 相原が家を出たのを見計らって、佐知子は電話を掛けた。

「ああ……親分さん?お久しぶりね。ちょっとお願いがあるのよ。娘を探して欲しいの。あら、私のじゃないわ。旦那の連れ子よ。私が子供嫌いなの知ってるでしょ……」




 コンサート当日。

 雨を呼ぶアジサイが町のいたる所で咲いているのに、

空はすがすがしく晴れていた。  

 教室の準備で海外へ買い付けに行っていた静音が、

久しぶりに屋敷へ戻って来ていた。

「フランスでいいピアノを見付けて来たわ。教室の内装もあと少しってところよ」

「順調そうだな」

 病気が進行したロペスは車椅子に乗り、

静音に押されて屋敷の駐車場を歩いていた。

「春奈さんはもう出掛けたの?」

「ああ、打ち合わせがあるからね」

「あなたも疲れてない?ここ何日か二人とも泊り掛けで練習してたんでしょ」

「足以外は大丈夫だ。心配ないよ」

 二人は松風の待つ車の前で止まった。

「おはようございます。私、今日を楽しみにしておりました」

「みんなそうよ」

 と、静音は笑顔で答えた。




 霧人は連絡していたタクシーを待つ為、

大通りのガードレールにもたれていた。

「君、霧人君?」

 振り返ると、後ろに数人の男が立っている。

「誰ですか?」

 サングラスをしたリーダー格の雨宮が近寄って来る。

「島津春奈さんって知ってるよね。今どこにいるのか教えて欲しいんだけど」

「さあ、知らないですね」

 一人の男が霧人を殴る。

 通りに倒れる霧人。

 間一髪、車が急ハンドルで霧人を避ける。

 男たちは車を無視して道路に飛び出すと、霧人を囲んだ。

 雨宮が霧人の前にしゃがむ。

 サングラスを外した雨宮の左目は……潰れていた。

「ご両親が心配して探しているんだよね。素直に教えてくれないかな。何日も君のとこには帰ってないよね?」

 霧人、口元の血を拭い、

「……さぁ、知らねぇな」

 雨宮はゆっくりその場から離れる。

 他の男たちが霧人に襲い掛かる。

 雨宮は街路樹にもたれて、

煙草に火をつけ吸い始める。

 霧人は両腕を掴まれ、無理やり立たされる。

「頼むから何度も同じことを言わせるなよ」

 と、雨宮がやさしく言った。

 霧人が激しく咳き込むと、口の中の血が道路に散った。

「誰にも……あいつの邪魔はさせない」

「親が探してるんだけどね」

 霧人が大声で叫ぶ。

「親でもだ!悩んで悩んで……今まで生きて、やっと自分の道を見付けて歩き出したんだ。邪魔されてたまるか!」

 雨宮が鼻で笑う。男たちはまた霧人を殴り始めた。

 パトカーのサイレンが近付く。

 誰かが通報したのだろう。

 雨宮の合図で男たちは人込みの中へまぎれ、去って行った。

 頼んでいたタクシーが到着する。

 霧人は警察から逃げるように乗り込んだ。

 運転手は霧人の血だらけの姿を見て、

「悪いが他を当たってもらえんか?」

 と、乗車拒否をした。

「お、お願いします。文化会館まで……乗せてください。警察に捕まったら遅れてしまうんです」

「こっちも面倒はごめんなんだわ」

「あ……すいません」

 ふら付きながら、車を降りる霧人。

 駆け寄った警官が、去って行くタクシーを見ながら、

「なんてタクシーだ。君、パトカーに乗りなさい。病院まで送ってあげるから」

 警官に抱えられ、パトカーに乗せられる霧人。

 抵抗する元気もない霧人が、うわ言のように、

「……文化会館まで……お願いします」

「何を言っているんだ。すぐ病院に行かないと駄目だろ?」

「今日、彼女の大事な日なんです。お願いします。お願いし……ます」

 運転席の警官が、霧人にタオルを差し出す。

「これで血を拭きなさい」

 気を失っていた……。

 霧人の隣に座っている警官がタオルを受け取り、傷口を拭いてやる。

 運転席に座る警官は無線を取り、

「こちら二号車。救急車を一台手配してほしい。……場所?場所は……文化会館まで」



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