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桜舞う季節をめぐる物語  作者: 九月 草次
12/24

12

 春奈はアパートに着くと、急いで霧人を連れて街へ出た。

 相変わらず華やかな領域だった。

 輝くネオンに引き寄せられ、人々で溢れている。

 なぜか、以前の心地よさはなくなっていた。

 居場所が出来た者には、街は冷たくなるのだろう。

 私は走り続けていた。

 霧人も後から付いて来ている……と思う。

 後ろを見る時間さえ惜しかった。

 もう逸れたのかもしれない。

 その時、誰かの声がした。

「おーい霧人ぉ、女のケツ追っ掛けて仕事休みかぁー」

「うっせー、また飲みに来いよー」

 まだ逸れてない。

 いつもながら愛嬌のいい奴だ。


 私は道に迷って、足を止めた。

 追い付いた霧人に腕をつかまれる。

「やっと捕まえた。そんなに急がなくても、ちゃんと予約してるからゆっくり行こうよ」

「居酒屋中止。……どっちだったかな?」

「え?じゃあ、どこへ行く気なの?」

「『ルブック』っていう洋食屋なんだけど」

「あそこ高いよー」

「でも……でも私、行かなきゃ。静音さんが一人で待っているの。知ってるなら場所教えて」

「ちょっと待ってよ。俺のことを忘れてない?俺だって今日楽しみにしてたんだぜ。そんなに行きたきゃ、一人で行けばいいだろ!」

 その場を立ち去ろうとする霧人の腕を、春奈がつかむ。

「待って。霧人のことも大事だよ。でも静音さんも同じくらい大事な人なの。おねがい……」

 静音さんとは距離を感じていた。

 私なんかと親しくなれない人だと思っていた。

 でも、彼女はそんな目で私のことを見てなかったのだ。 

 今、会わなかったらずっと彼女に近付けない……そんな気がした。

 私の方が、彼女を避けていたのだ。

「ったく、『ルブック』だったよな。付いて来いよ」

「ありがと、霧人……」




 大理石の壁に刻まれた『ルブック』の文字が、

オレンジ色の照明に照らされ浮かんでいる。

 店内は薄暗く、黒で統一されていた。

 ホールの中央にある庭が心を和ませる。

 階段を上がった窓際の席に、やっぱり静音さんは一人で食事をしていた。

 私に気付く。

「あら、あなたこんな所で何してるの?」

「ご一緒してもいいですか?」

「構わないわよ。ちょうど友達も用事で来られなかったから」

 私たちは向かいの席に座り、霧人を紹介した。

 静音さんは店員を呼び、耳打ちをする。

 霧人が私にメニューを見せた。

「もう頼んだわよ。これと同じ物を二つ」

 呆れる私。

 焦る霧人、ゆっくりとズボンの財布を触る。

「気にしないで、あなたに払えなんて言わないわ」

 値段を知っている霧人は、密かにホッとする。

「それにしても驚いたわ。あなたに彼氏がいたなんて。どこで知り合ったの?えー、同棲してるの?」

 静音さんは普通の女の子だった。

 おしゃべり好きで、恋愛に興味津々で、

流行り物に敏感で、甘い物には目がない。

「静音さんはピアノを弾いている時、何を考えているの?私は……」


 私たちは食事が済んでも話し続けていた。

 ほったらかしにされていた霧人が、

堪らず明日のコンクールの話を持ち出した。

 私たちはやっと会話を止め、重い腰を上げた。


 静音さんは外へ出ると、月を眺めていた私に、

「松風が迎えに来るけど乗っていく?」

「私たち近くなんで歩いて帰ります」

「そう、なら明日会場でね。おやすみ」

 静音さんは大通りに向かって歩いて行った。

「あの料理うまかったな。初めて食べたよ」

「……だ、だよね」

 私があの手の料理を静音さんの屋敷で、

何回も食べたことは内緒にしておこう。

 二人の円満の秘訣だ。

「あのコース料理は何日も前から予約がいるんだぜ。注文してすぐ出て来るなんて普通ありえないよ。さすがお嬢様だよな」

「へー、そうなの……え?」

 もしかして、静音さんは予約していたのでは……。

 ロペスさんたちとの食事を、何日も前から楽しみにしていたのでは……。

 そんな静音さんをますます好きになっていった。

「霧人、ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

 私は走ってその場を離れた。

 歩いている静音さんの前に回り込み、

「静音さん、明日はがんばりましょう」

「何?そんなことわざわざ言いに来たの?」

「はい!」

 春奈は自信満々に笑顔で返事をした。

 静音は少し呆れ顔で、

「そうね、私の優勝が決まっているけど、あなたもがんばってね」

 初めて静音と握手をした。

 この時、二人を隔てる壁が無くなった。


「ねぇねぇ、彼女たち何してるの?俺たち、これからクラブ行くけど一緒に行かない?」


 二匹の虫が近寄って来た。

 街に害虫は付き物で、美しい花にはたかって来るもので、

無視するのが一番だ。

「なんならカラオケでもいいよ。ねぇ行こうよ」

 と、男の一人が春奈の肩に腕を回してきた。

 静音は反射的に男の顔を「パーン」と叩いた。

「イテッ。なんだ?人がやさしくしてたら、お高くとまりやがって……コラッ」

 静音が男に突き飛ばされ、地面に倒れる。

「痛っ!」

 春奈は男たちに向かって言い返していた。

「何すんのよ。謝んなさいよ!」

 昔の春奈には絶対できない行動だった。

「面白れぇ。謝らなかったらどうなるってんだ?」

 詰め寄ってくる男の顔を思いっきり殴ってやった。

 逆上した男が春奈に襲い掛かる。


 しかし、少しも怖くなかった。


 だって、その男の後ろには霧人がいたから……。

 霧人は男の襟を捕まえ、蹴り倒す。

「春奈、何やってんの?ちょっと目を離すと、すぐこれだ」

「目を離してなかったくせに……」

「うっせーよ。静音さん、大丈夫?」

 静音は、左手を押さえながら、

「ええ……」

 霧人は振り返り、男たちに構える。

「今晩のフルコースの恩、果たさせていただきます」

 その日、霧人がそこそこ強いことを知った。

 すぐに周りは野次馬で溢れた。

「あれ、『スティン』の霧人じゃねーか」

「霧人君がんばって〜」

「よう霧人ぉ、手伝ってやろうか?」

 霧人は口の血を拭いながら、

「いらねぇつーの」

 静音は立ち上がり、服の汚れを払っていた。

 そこへ松風が慌てて駆け寄って来る。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「心配ないわ、転んだだけよ」

 霧人は辛くも害虫を撃退した。

「霧人君、ありがと、助かったわ。春奈さん、明日は遅刻しないでよ。それじゃね」

 静音は迎えの車に乗り込み、足早に帰って行った。

 春奈も霧人の腫れた顔を笑いながら、二人でアパートへと帰って行った。




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