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桜舞う季節をめぐる物語  作者: 九月 草次
10/24

10

 今日はロペスさんの退院の日。

 私は静音さんと引越しの手伝いをしていた。

 荷物と言ってもボストンバックがひとつだけ。

 練習は川原院長の計らいで自宅を使わせてもらうことになった。

 一日中、病院で騒音を聴かされる患者の身になれば、

治るものも遅くなるということだろう。

 ロペスさんは家が遠かったので、

コンクールまで静音さんの家に泊めてもらうことにした。    

 車で二十分ほど走ると、

目の前に赤レンガに囲まれた古風な建物が見えてきた。

 三階建ての大きな屋敷だ。

 車は門を潜り、玄関前で止まった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 清楚な老人が出迎える。

 執事の松風は、静音のお守り役と言ったところだった。

 静音は松風に向かって、

「昼食の準備は?」

「出来ております」

「ロペスを部屋まで案内してあげて」

「かしこまりました」

「松風さん、お久しぶりです。またお世話になります」

 と、ロペスが挨拶をする。

「ご無沙汰しております。だいぶお体も良くなられたみたいですね」

「今のところはね」

「では、こちらへどうぞ」

 私たちは扉を開け中へと入った。

 高い窓から日差しが射し込む。

 西洋の古いのお屋敷のようだった。

 こういう所には、一生住むことはないだろう。

 春奈にとっては、あまりにも自分の生活から

かけ離れた世界だった。


 ロペスさんたちは正面の大きな階段を上がって行った。

「あなたはこっちよ」

 私は静音さんに連れられ、屋敷の奥へと案内される。

 何部屋あるのかな?

 あの壺って高そう、ここには絶対お化けの一匹はいるわね。

 春奈は博物館のような屋敷に興味をそそられていた。

「ここよ」

 そう言って、静音が扉を開けると、

そこにはグランドピアノが向かい合せに二台も置かれていた。

 ピアノの為だけの部屋だった。

 さすが金持ちである。

「好きに使っていいわ。食堂で軽い退院祝いをやるから、あなたも来るのよ」

 否定する間もなく、私は苦笑いで返事をして、

食堂へ足を運んだのだった。

 たった三人だけの為に、

ホテルのディナーのような食事が用意されていた。

 どこが軽い祝いなの?……と、一人で驚きながら、

必要以上に置いてあるナイフとフォークにビビッていた。

「外側から順番に使っていくんだ」

 隣に座るロペスさんに窮地を救われた。

 次々と運ばれて来る料理。

 食事が進んでいくにつれて、どんどん静けさが重くなっていく。

 私は耐え切れず静音さんに話し掛けた。

「ロペスさんが言ってましたよ。コンクールで静音さんに勝てる人はいないって。もう優勝は決まりですね」

「そうね」

 ……それだけですか?

 もっと会話のキャッチボールをしませんか?

 次はロペスさんに話し掛けてみた。

「ロペスさんのお国はどこなの?」

「イギリスだよ。僕は小さなホテルの専属ピアニストをしていたんだ」

「かっこいい」

「オーナーに気に入られてね、ホテルで小さなコンサートを開くことになったんだ。夢が叶ったようで嬉しかったよ」

 ロペスさんの会話が弾んできた。

 やっぱり食事の時は、楽しく雑談した方がいいよね。

「……でも、その前日に倒れ、初めて自分の病気を知ったよ。両親が日本の大使館で働いていたから、残りの時間を家族と過ごそうと日本に来たんだ」

 はい終了。

 そこへ話がいくと私には、もう喋れません。

 再び重い空気に包まれてしまった。

 その後やっとの思いで交わされた会話の内容は、

静音さんが二十歳で、ロペスさんが二十七歳ということだけだった。


 食事も終わって、ロペスが二人に大きな封筒を手渡した。

 中には楽譜が入っていた。

「『桜舞う季節』……何よ、これ?」

 と、静音が尋ねる。

「ロペスさんが作った曲ですか?」

「そう。僕の音楽への思いは、もう直ぐ終わる。でも、僕の音楽は君たちがいることで生き続けていく。君たちが喝采を浴びれば僕も賞賛されているように嬉しんだ。いつか、君たちのどちらかがコンサートをする時、その曲を弾いて欲しい」

 静音は素っ気なしに、

「考えておくわ」

 と言って、席を立ち出て行った。

 

 食事の後、春奈が練習を始めようとした時、部屋のドアが開いて静音が顔を出した。

「春奈さん、あなたと選曲が違うから、明日から午前中は私がこの部屋を使うわ。あなたは午後から使って。いいわね」

 春奈の返事も聞かずに、静音はドアを閉めた。

「静音さんも、やっとやる気になったみたいだな。春奈さんも、がんばらないとね」

「……そ、そうですね」

 私の優勝は、なくなった気がした。


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