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昔、小説「この場所で、君と会おう」を自費出版したのですが、
発売前に出版社が倒産してしまい、世に出れなかったという、
とても悲しい過去を持つ作品のリメイクです。
すべてがフィクションです。
うう……寝ちゃいそう。
昼間のお日様も暖かくなってきた。
やっと次の季節が動き出したみたい。
窓際の私には、この気持ちよさって拷問だよ。
竹野先生なんか、椅子に座ってのん気に読書してる……していた、だな。
二十分もページを捲ってないから、絶対寝てる。
それにしても、なんて静かな教室だ。
カリカリ、カリカリ……
あ、まだ答案用紙を埋めている音が聞こえる。
もう時間が無いのに諦めの悪い人がいるなぁと思いつつ、
問題を見直して最後に名前を確認した。
二年A組……島津春奈。
もう直ぐ十八回目の春が来る。
二階の窓から校庭を眺めた。
私と同じように春を待っている桜の木が見える。
ここから紙飛行機を飛ばせば、あの木まで届くかな?
眠たいほど退屈な時間の中で、どうでもいいことが頭に浮ぶ。
窓がガタガタと揺れた。
隙間風が私の肌に触れて、春はまだだよと教えてくれる。
その日最後のチャイムが鳴った。
飛び起きた竹野先生がみんなに笑われた。
私は今日も、誰とも会話をしなかった。
春が来る度に、一年がリセットされるように感じる。
本当にそうなら、死んだお母さんに会えるのに……。
結局何も変わらない一年が、……また始まる。
帰り道に人気者の松田君が彼女と楽しそうに歩いていた。
誰が見てもお似合いの二人。
私は、松田君たちを見て思った。
ブランド物に憧れるけど、自分に何か理由を作って、
やっぱり買わないOLに私はなるのだろう。
決められた枠から飛び出すことも出来ず、
自分をどんどん小さくしていく。
まるで私の部屋で飼っているインコの「ピーチ」みたい。
いつにするか迷っていたけど、今夜ピーチを逃がしてやることに決めた。
家に帰るとリビングで、佐知子さんがお菓子を食べながらテレビを見ていた。
毎日見る彼女の姿を横目に、自分の部屋へと向かう。
この家でも会話なんかない。
家の中で一人暮らしをしている……そんな感じだった。
私は階段を上がって、六畳一間のワンルームへと入った。
ドアが閉まる音と共に、リビングから声が上がってくる。
「帰ったら挨拶くらいしなさい!……まったく生意気な娘だわ」
佐知子さんの声は日常の雑音と同じで、私の心に止まることはなく体を通り過ぎていく。
ピーチが「お帰りなさい」と言った。
私とお母さんだけに喋るのだ。
ちなみにこれしか喋れない。
私は今日初めての笑顔で返事をした。
「ただいま、ピーチ」
両親が離婚する時、母親一人で子供を育てるのは大変だからと言われ、
私はお母さんの為に父親と一緒に住むことを決めた。
その一ヵ月後、お母さんは事故で死んだ。
私にはまだ母親が必要だと言って、お父さんは再婚した。
でも私は知っていた。
お母さんが生きている時から、お父さんはあの佐知子さんと付き合っていたことを……。
そして、彼女が元カノだったことも……。
私はお母さんが死んでから大好きだったものを止めた。
一番聴いて欲しい人がいなくなってしまったからだ。
服を着替えて台所へスーパーのお弁当を取りに行く。
温めている間、カップスープにポットのお湯を注ぐ。
お父さんは私が寝るころに帰って来るので、三人で食事することはない。
佐知子さんは、まだテレビに向かって馬鹿笑いをしていた。
私はお弁当とスープを持って自分の部屋へと戻った。
私にとって唯一の話し相手はピーチしかいなかった。
食事を済ませ、籠から出してやる。
手に乗せたピーチが、私の顔を見てやさしく鳴いた。
「もう、飼ってあげられないの……」
窓を開け、ピーチを夜空へと放してやった。
しかし、ピーチは引き返して来て、窓の手摺りに止まってしまう。
三回目には私の肩に帰って来てしまった。
一生懸命戻って来るピーチの姿は、一生懸命生きようとしている姿に見えた。
籠の鳥は、一人で生きていけないということなのだろうか?
それは私も同じだった。
諦めてピーチをまた籠に戻した。
ため息をつき、ベッドに腰を下ろす。
私はこんな家なんか、無くなってしまえばいいのにと思っている。
でも、行く所もない私は、またここへ帰って来てしまう。
それは、私が生きようとしていることなのだろうか?
「……何のために?」
毎日襲われるこの問いに、答えなど見付からなかった。
何もしなくても、時間はどんどん捨てられていった。




