「男の戦い」
出会った頃から憧れていた。
もしかすれば、その大きな背と、逞しくも知的な顔に自分は魅せられ、彼と同じ冒険者となったようなものかもしれない。
最初に出会ったのは、まだ少年と言うべき年齢にも達していない頃、町の路地裏で、ケンカに負けて泣いていた時だ。
「どうした、坊主、何を泣いているんだ」
そう言って血だらけの俺の顔を布で拭い、腰を屈めて顔を覗かせた。
「さては、ケンカか。負けちまったのか?」
その問いに俺は頷いた。ケンカといっても多勢に無勢の一方的なものだった。よくは分からないが、俺が泣くのが、当時つるんでた他のガキどもにとってはよほど面白かったらしい。
「そらよ」
彼はそんな俺を抱きかかえ肩車した。
「俺はエディ。エディ・ アルケミニュー。坊主、お前は何て言うんだ?」
「アディオス」
「そうか、アディオスっていうのか。じゃあ、アディオス、元気出せ!」
「そらそらそら~」
エディが俺を肩車したまま走り出す。俺は驚いたが、エディの掛け声が面白くて最後には笑っていた。
そうしてエディは俺を肩から降ろした。
「どうだ、アディオス、少しは元気出たか?」
「うん!」
「そうか、よしよし」
そう言って彼は俺の頭を撫でた。大きな手だったのを覚えている。そうか、思い出した。その手だった。全ての始まりはその大きくて武骨な手の平の感触からだった。
「アディオス、こいつをお前にやるよ」
それは一振りの木剣だった。だが、年端のいかない俺にとっては、豪勢な宝石のような物だった。
「くれるの? 俺に?」
そう問うとエディは頷いた。そして少しだけ顔を真面目なものにして言った。
「この剣はな、人を護る剣だ」
「人を護る剣?」
「そうだ。勇者になりたいかアディオス?」
「なりたい!」
俺は絵物語の勇者達の姿を思い浮かべて夢中で頷いた。
「だったらその剣で弱い奴を護ってやれ。弱い奴を自分が護れる様になったら、その時は晴れてお前は勇者だ。良いな、弱い者を護れる様に毎日体を鍛えろ」
「うん、わかったよ、エディ!」
「よーし!」
そう言ってエディはもう一度俺の頭を撫でた。
「じゃあなアディオス。また会えたら良いな」
そう言って彼は去って行った。
その次の日から俺はエディから貰った木剣を振るい、町中の石段を駆け上がった。ひとえに勇者になるために。弱い者を護れる力を得るために。
エディとは時々会った。
そして彼が冒険者というものであることを知った。魔物を退治し、人々の平和を守る冒険者に、勇者になりたかった俺は憧れた。
それからしばらく会わなかった。次に会ったのは俺が十六の時、冒険者となった時だった。再会した俺達は酒場で語り合った。その時のエディはヴァンパイアを専門に掃討するハンターに特別に国から認められたことを知った。互いのグラスをぶつけて再会を祝した。
祝杯を挙げているとエディが一振りの剣をよこした。鞘に緻密な加工が施された立派な剣だった。
「こいつはエルフが打った魔法の剣だ。名をユースアルクという」
「ユースアルク……」
「お前の意思に反応して剣先に炎を宿すことができるものだ」
「そりゃ凄い。けど、炎と言えばヴァンパイアにも有効な手段だろう? アンタが持ってた方が良いんじゃないか?」
俺がそう言うとエディは答えた。
「心配するなよ。俺には俺の武器がある」
そして神妙な顔をした。
「それにな、ヴァンパイアは恐ろしい敵だ。俺は別にお前にヴァンパイアハンターを目指せと言ってるわけじゃないんだが、もしもと言うときがある。その時は魔の手から人々をお前が守るんだ。こいつを振るってな」
俺は幼い時、最初にエディと会った時に言われた言葉を思い出した。「その剣で弱い奴を護ってやれ」
俺は頷いた。
二
ヴァンパイアの赤い目を光らせ敵が俺に言った。
「アディオス。お前もこっちに来ないか? 伯爵様はきっとお前を大事にしてくれるだろう」
ヴァンパイアの視線を振り切って燃え上がえるユースアルクを敵に向ける。
「それはアンタの意思じゃないな。アンタの中に流れる血に交じったヴァンパイアの血がそう言わせてるだけだ」
「ほう」
「エディ。俺がアンタをその苦しみから解放してやる」
アディオスは駆けた。
剣と槍がぶつかり合う。エディの一撃は早く鋭くそして重たかった。
アディオスは距離を取り、ユースアルクを振り回した。剣先から粘度を帯びた炎の塊が幾つも飛び出してゆく。
ヴァンパイアは駆け、それを避けて躍り掛かって来た。
アディオスは力強い一撃を放った。だが、ヴァンパイアは受け止める。
アディオスは息が乱れてきた。外野の仲間達が交代しようかと名乗り出るが、アディオスは首を横に振った。
こいつは俺の戦いだ。
アディオスは素早く踏み込み、剣を振るう。
粘度を帯びた炎が一塊、ヴァンパイアを掠めた。その回避動作をアディオスは見逃さなかった。
突進し懐に飛び込んだ。
「何!?」
「エディ、正気に戻れ!」
アディオスは渾身の一撃を突き出した。
炎の剣はヴァンパイアの鋼鉄よりも固い身体を貫いた。
「ぐおっ……」
刃に宿った炎がその身体を徐々に灰へと変えてゆく。
「アディオス……」
温かい人間味を帯びた声が言い、アディオスは叫んだ。
「エディか!?」
「アディオス、俺をくびきから解放してくれてありがとうよ」
「エディ!」
「本当に強くなった。あのいじめられっ子が」
その手がアディオスの頭に置かれた。
「アディオス、強くなったな。……後のことは頼んだぞ。今のお前なら大丈夫だ」
「ああ、任せれてくれエディ。だからアンタはもう安らかに眠って良いんだ」
エディは微笑んだ。そして灰となって崩れ落ちた。
「立ち止まってる暇は無いわ」
エルフの相棒ジレーヌがそう言った。アディオスは彼女に頷いた。
「分かってる。エディの意思を無駄にしないためにも、ここで全てを決めてやる」
他の者達が先に待ち受ける回廊に消えて行く。アディオスもその後に続きながら、灰となったエディを振り返った。
なあ、エディ。アンタの手の平、俺は大好きだったぜ。だから、いつの日にか再会できたらその時はまた……。
そうしてアディオスは前を向き回廊へと進んだのだった。