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「封士ベルハルト」

 今はどの辺りだろうか。とは言っても、自分はこの大陸のことをあまり知らなかった。

 それでも十日ほどは人目を避け、森の中を歩いていた。食べ物は野草と沢で見つけたカニだった。時折だが木の実もあったが、冬が近いためか殆ど実は終わっていた。

 己の罪を告白し、牢に入れられた。この生は多くの犠牲によって作られている。そして己の野望のため尖兵を得るべく、多くの罪なき人を捕らえ、殺戮してきた。それを包み隠さず自白し、邪悪なる竜デルザンドを蘇らせ、更に多くの死をもたらしたことも自白した。だが、結局真実を知らない人々にとっては、ただの物狂いに見えたのだろう。無理もない、凡人にとっては突拍子の無いことだ。追手の掛かる様子もなく、彼は何処とも知れぬ街道へ降り立った。

 最愛の姉の姿が思い浮かぶ。ラザ。いや、今はライラだ。後悔していた。魔術師ダウニー・バーンや、得体の知れない屍術師マゾルクによって命を呼び戻され、過去の憎しみのままに罪無き多くの人々の命を奪ってきたことを。

 この生涯は懺悔の旅となるだろう。自分がそう望んでいるからだ。



 2



 しかし、懺悔の旅とはいえ、何をすることが人々のためになるのだろうか。

 ベルハルトは街道脇に座り込み、ぼんやりと晴天を眺めて考えていた。彼は剣を抜いた。刀身に己の思案顔が映った。俺に出来ることと言えば、こいつで悪を切り裂くぐらいのことだろう。

 ふと街道の北の方から慌ただしい音が聴こえて来た。

 追手が掛かったのだろうか。茂みに身を隠し、様子を見ている。すると、程なくして平民と思われる者達が目の前を駆け抜けて行った。

 いや、ただ駆けて行ったのではない。誰もが必死の形相で、時折背後を振り返っている。

 これは何かあったな。野盗に村か町かを襲われたのかもしれない。

 ベルハルトが草むらから進み出ると、逃げる人々はその足を止めてマジマジとこちらを見て言った。

「アンタ、神官さんかい?」

 ベルハルトは確かに薄汚れてはいるが白い神官の衣装を纏っていた。否定もできず彼は頷いた。

「そうだ。何かあったのか?」

 ベルハルトが尋ねると、人々は口々に言った。

「封印が解けてしまったんだ!」

「異界への穴が開いてしまった!」

「異形の魔獣が村を襲っている!」

 ベルハルトはそれらの情報を素早く整理した。ひとまず、村が魔獣に襲われているということに注目すべきだ。これが懺悔の旅の最初の仕事になるのかもしれない。

「俺が行こう」

 ベルハルトが言うと、人々はそれでも不安げな顔を見せたが、腰に剣が提げられているのを見て、僅かに希望を持ったようだ。

「お願いします、神官様! 魔獣を斃し、異界への入り口を塞いでください!」

 馬が引かれて来た。

「借りるぞ」

 ベルハルトは馬上の人となり街道を疾駆した。




 3



 街道を疾走していると程なくして建物の影が見えて来た。

 だが、それよりもこの晴天の下に木霊する聞き覚えの無い異形そのものの咆哮が彼の身を引き締めさせた。

 どうやら「魔獣」という呼び名が相応しい相手が待っているようだ。

 村に入ると、再び咆哮が木霊した。途端に馬が嘶き、棹立ちになった。ベルハルトはその背からヒラリと舞い降りると、馬の方は街道をもと来た道へと走り去ってしまった。

 動物も恐れをなすか。果たして魔獣とはどのようなものなのだろうか。

 不意に人の声がした。

「司祭様、お下がりください!」

 ベルハルトは声のした方へと駆け着けた。

 そして見た光景に驚いた。そこには家屋を軽く超えるほどの身体をした大きな姿があったからだ。トロルではない。一つ目の巨人サイクロプスとも違う。全身が真っ赤な肌をしている。そして筋骨隆々の大木のような腕が六本、極めつけは顔だった。瞳の無い真っ白な目をし、牙の剝き出た裂けた口がある。そして頭には数本の角を生やしていた。地獄の悪鬼だ。彼はそう思った。

「何者だお主は!?」

 声を掛けてきた相手は神官の衣装を纏い、棍棒を手にした初老の男だった。その周りに四人の有り合わせのものと思われる防具で武装した者がいる。

「旅の者だが、逃げる人々に聴いてここへ来た。俺で役に立てることはあるか?」

「お主は神官か。ならば丁度良い、ワシと共に魔界の扉へ封印の術を施してほしい」

「封印の術?」

「そうだ。だが、まずは――」

 怪物の目が青く光った。

「いかん、避けろ!」

 武装した村人の声がし、ベルハルトは横に飛び退いた。

 すると怪物の目から発せられた光線が地面を深々と抉ったのだった。

「まずは奴を斃さねばならない。そういうことだな?」

 初老の司祭は頷いた。

「いざ」

 ベルハルトは剣を抜いた。そして友であり剣の師であった男の姿を思い起こす。金髪の隻眼の青年だ。名をシュタイナーという。

「友よ、俺に力を貸したまえ!」

 ベルハルトは怪物目掛けて突っ込んで行った。

 振り下ろされる六本の腕を彼は気合と共に一閃した。

 が、圧し折れたのはこちらの剣の方だった。何と言う鋼のような身体だ。

 ベルハルトが引くと、司祭が言った。

「奴の身体は固い。ただの剣では傷のつけようがないのだ」

「ならば、この折れた剣が更に圧し折れるまで戦うのみだ」

 ベルハルトは再び疾駆した。怪物の目が青く光る。彼は反射的に放たれた光線を避けた。

 そして跳躍し折れた剣を振り下ろした。

 怪物の腕に剣が突き刺さった。

 背後から驚きの声が上がった。

 敵の執拗に迫り来る六本の腕を避け、彼が戻ると初老の司祭が言った。

「まさか、並みの武器であのバルログの身体に傷をつけることができる者がいるとは思わなかった」

 だがその折れた剣も更に欠けてしまっていた。

「先程のお主の言葉、何故、勝てぬ相手だと分かっていても勝負を挑む気になったのだ」

「……俺は、戦わねばならない。俺を必要としている者達のために。そう決めたのだ」

 ベルハルトが言うと、初老の司祭は頷いた。

「訳がありそうだが、その正義の心意気は本物のようだ。それに先程の一撃を見れば、もしやお主ならばこの化け物を斃すことができるやもしれぬ。刀をこれへ」

 司祭が言うと、二人の男がベルハルトの方へ進み出てそれぞれ剣を差し出した。一見ただの片刃の剣だが、ベルハルトはこれは一目見て業物だと感じた。

「我が村に伝わる名刀、雷光と地裂だ。我々ではどうやらただの宝の持ち腐れ、お主がこれを受け取って、そしてあの怪物を葬ってほしい」

 ベルハルトは刀を受け取った。それは見た目よりも重かったが、軽く振り回してみて、自分の力量が刀の足を引っ張る心配のないことを確信した。

「行くぞ」

 ベルハルトは魔獣バルログ目掛けて再び突撃した。

 縦横無尽に振るわれる大きな腕を、雷光と地裂、二振りの刀は容易く分断した。

 だが、怪物は悲鳴も上げず突如として顔を突き出し、大口を開けた。

「炎が来るぞ!」

 背後から声がし、ベルハルトが避けると同時に紅蓮の炎が口から噴き出した。そしてベルハルトを焼こうと炎を吐きながら怪物は首を動かしてくる。その熱を肌で感じた。例え鋼の鎧でもあっと言う間に蕩けてしまうだろう。

 ベルハルトは俊敏に動作し、炎をかわした。そして頭上高く舞い上がり、その頭に二撃を叩き込んだ。

 刃は頑丈な皮を裂き肉を貫き、骨を断った。

 鮮血が空を染め、凄まじい断末魔の声と共に魔獣バルログはその場に倒れた。

 歓声が上がる。

「次は扉の封印をしなければならない」

 司祭が言いベルハルトは頷き刀を返した。



 4



 村の奥に建物があり、穴はその奥にあった。

 ぽっかりと口が大きく広がったその穴の中はまるで黒い雲が一面に揺らいでいるようだった。時折、その中を稲妻が走る。なるほどとベルハルトは思った。異形の者が現れるに相応しい光景だ。

「早く封印の儀を執り行わなければまた化け物が飛び出してくるだろう」

 司祭が言った。

「どうすれば良いのだ?」

 ベルハルトが問うと司祭は意外そうに口を開けた。そして説明した。

「ワシがやるのを見ているといい。まずは神に祈りながら六芒星を、つまり六つの星を配置する」

 そう言って司祭は六か所に順々に手を置き言った。

「そして祈りながら星を結ぶのだ」

 司祭は素早い動作で、先程手を止めた六か所に見えないが線を結んだ。そして力強い声を上げ、両腕を突き出した。

 すると六つの光りの点が煌めき、それらが線で結ばれる。そして現れた光りの六芒星は魔の入り口を僅かばかり縮めたのだった。

「ワシにはこれが限界だ。お主もやってみてくれ」

 そう言われ、ベルハルトは胸の内で動揺した。憎しみに駆られ殺戮に身を置いてきたこの俺を、この身体が本物の肉体の時に、神を捨てたこの俺を、今更、神は許してくれるのだろうか。

 ベルハルトは緊張しつつ、六つの点を置き、それを素早く腕を振るい見えない線で結びつけた。そして最後に気合の声を上げて両腕を突き出す。

 すると大きな光りの六芒星が現れた。

「おお、見よ!」

 司祭が興奮気味言った。

 魔の穴が大きく歪められ、そしてぱっくりと口を閉じた。

「先程の戦いぶりといい、お主がここまでの力を持っていたとは」

 ベルハルトも内心驚いていた。見捨てた神が再び力を与えてくれたからだ。

 すると司祭が話し出した。

「そもそもこの穴の封印を解かれるのを護るのが我が村の役目だった。それを、あの悪魔が、隻腕の悪魔が現れ、封印を解いたのだ」

「悪魔?」

「左様、たった今封印した穴の向こう側に住む住人達だ。奴らはこちらの世界への進出をいつも狙っている。そして世界の脆い部分に穴を開けたのだ。その各地にある脆い部分の内の一つがここだった」

 そして司祭は意を決するように言った。

「お主には魔獣を討ち、魔界の入り口を封印する術の力もある。どうだ、良かったら世界中の穴を護る旅に出ては? 今もあの隻腕の悪魔はこの空のどこかを羽ばたき、新たな穴の封印を解くべく動いているだろう」

 ベルハルトは答えた。

「もともと当てのない旅だった。それも良いかもしれない」

 それが人を助けることに繋がるのであれば。

「おお! そうしてくれるか! ありがたい!」

 司祭は大いに喜んだ。

 そうして知らせを聞き、戻ってきた村人達に勧められ、その日はベルハルトを主賓として宴会になった。

 人々は大いに騒ぎ、踊り狂った。ベルハルトはその様子を見て、己の進む道を改めて決めたのだった。

 そうしてベルハルトは再び旅に出た。地図を眺めると、魔界への穴のある箇所には印がつけられていた。

 彼は歩き出した。己の新たな決意と使命のために。そしてその左右の腰には、魔獣を断った二つの刀、雷光と地裂が提げられていたのだった。

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