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「エルフなんて大っ嫌い!」

 彼女の故郷、有翼人フェザーフォルクの里は北の山岳地帯にあった。そこからウディ―ウッドに来るまでに、彼女は駆け出しの冒険者として様々な依頼に挑戦していた。だが、いつも一人だったし、それに己の力量も理解していたので依頼はできるものを慎重に選び抜いていた。

 魔物の討伐の依頼もあった。戦士を連れて行けというギルドの主の声を無視し、彼女は得意だった精霊魔術で次々と魔物を討伐した。そうして長い長い道のりを過ごし、冒険者として独自に経験を積んでいった。

 各地を放浪した彼女であったが、ほぼ里を飛び出して一年後に、大陸を分断する大樹海の南西に位置するウディーウッドに到着した。

 何の変哲の無い町だが、ここは南の港町エイカー、北西の魔術師都市ブライバスン、または北東方面にある、都市ムジンリに、その先にある西南の首都アルマンと言った都市への分岐地点であり、行き交う旅人で溢れていた。

 ティアイエルは町の中にある宿を適当に探した。そこで「走る親父亭」に出会った。冒険者ギルドも兼ねている大きな宿だった。仕事のことを考えると効率が良いと判断し、ティアイエルはそこをしばらく拠点にすることに決めた。



 2



 時々里のことを思い出す。いや、思い出したくもなかったが、ふと気付けば思い出していたのだ。

 エルフだ。アイツが全ての元凶だ。

 里長をしているティアイエルの家に突然ふらりと現れた旅のエルフは、憎らしいほどさわやかな態度で、両親を丸め込み、家に居候することになった。そして唄で父母を魅了し、里のちょっとした危機を持ち前の剣技と弓の腕前、そして精霊魔術で解決した。ただの放浪のエルフは一気に里の英雄になってしまった。両親もことあるごとにエルフとティアイエルとを比べるような発言し、そしてまだまだ若い彼女の心を見知らぬうちに傷つけていた。

「アイツはいつまでここにいる気なの?」

 ティアイエルが我慢も限界で両親に問うと、二人は声を揃えて答えた。

「アイツじゃないでしょう。いい加減、お兄ちゃんって呼びなさい」

「そうだぞティア」

 二階からエルフの唄う声が流れてくる。エルフは成人すると里を出て百年間は里に戻ることを許されない。そして帰参が許される百年後には、放浪の途中で作り上げた唄を持って行かねばならないのだ。そう本で調べた時、彼女は発狂しそうになった。

「もう一度言うわ。アイツは一体いつまでここにいる気なの!?」

 ティアイエルが詰め寄っても父親は落ち着いた風を崩さず答えた。

「彼は里を飛び出して三十年だそうだ。エルフ族は百年間自分達の里に帰ることは許されない。つまりは、ううん、あと七十年はここにいることになるかな」

 父の答えにティアイエルは悲鳴を上げた。

「アンタ正気!? 七十年って言ったら!」

 ティアイエルの言葉に父は頷いて見せた。

「そうだな。ワシと母さんは既に寿命で他界しているだろう。だから、この家は彼に譲ることにするつもりだ」

 ティアイエルは大声を上げた。そして地団太を踏んだ。

「正気じゃ無いわよアンタ達!」

「ティア、両親に向かってアンタというのはやめなさい。いつからパパ、ママ、と呼ばなくなったのだい?」

「そんなの! アイツが、あのエルフが来てからに決まってるでしょう!」

 だが、父は実の娘が怒り喚き散らしても、どこ吹く風というように悠然とした態度で言った。

「ティア、グランストンは我が里に居てほしい人物だ。彼の唄は子供達を楽しませ、大人達を感動させる。エルフ族だからこそできることだ。そんな彼の妹になれてティアだって本当は鼻が高いんじゃないかな? お前の精霊魔術もグランストンに学べば更に上達することだろう」

 父が言うと母が同調した。

「そうね、それは良いわ。ティア、あなたはこれからグランに精霊魔術を習いなさい」

「冗談じゃ無いわ! ああ、おかしい! 皆、アイツが来てから変になった!」

 ティアイエルが言うと、父がたしなめた。

「ティア、だからアイツと呼ぶのは止めなさい。彼にはグランストンという名が――」

「もう良い! このわからずや夫婦! こんな家! こんな里!」

 こうして怒りに任せ、ティアイエルは旅支度を整えると有翼人の里を飛び出したのだった。



 3



 ウディーウッドが居心地よく感じられたのは、図書館があったからだろう。ティアイエルは冒険者の依頼の片手間に本に読み耽っていた。精霊魔術の本に魔物の言語を学ぶ本、物語など、様々な本を借りて読んだ。

 そんな風に他の冒険者達がいなくなる朝の静かな空気の中で本に熱中していると、声を掛けられた。

「ちょっと良いかな?」

 子煩げに声の主を振り返ると、そこには若い男が立っていた。金属の胴鎧に身を包み、腰には少し立派そうな柄の剣が佩かれていた。冒険者だろうと一目でわかった。

「何よ?」

 ティアイエルが問うと、自分と似た金の髪色をした青年は応じた。

「俺はアディオス・ルガー。見ての通りの冒険者さ」

「それで?」

 ティアイエルが再び問うと相手は答えた。

「実は今、パーティーの仲間を増やしているところなんだが、良かったら組まないかい?」

 ティアイエルは平素からそうしているように一人で行動したかった。だが、久々に他人から誘われたことと、冒険者の物語に出てくる仲間というものに多少憧れが出てきていたところだったので、頷いた。もっともアディオスが魅力的な人物だったからかもしれない。これが酒飲みドワーフや、粗野な他の連中だったら迷わず断っていただろう。

 これは機会なのかもしれない。いつまでも一人でやっていては依頼の内容だって代わり映えもしない。

「良いわよ。アタシはティアイエル。準備してくるから少しだけ待ってなさい」

 そうして部屋で皮の鎧を装着し、収納型の伸縮する槍に、他の必要な物を携えると彼女は外に向かった。その最中、妙に心が浮き足立つのを感じていた。初めての仲間との冒険だ。

 外に出るとアディオス・ルガーが待っていた。

「待たせたわね」

 ティアイエルが言うと、アディオスは頭を振って微笑んだ。

「もう一人、今来るから待っていてくれ」

 もう一人? ティアイエルは緊張した。

 果たして現れたのは、ティアイエルよりも背の高い色白の若い女だった。緑を基調とした金の縁取りのある丈の長い胴衣に身を包み、腰には水晶のような鉱石の埋め込まれた杖を提げていた。見事な銀の髪をしていたが、そこから覗く耳が尖っていることにティアイエルは気付いた。エルフだ。

 エルフの女は無言だった。

「ジレーヌ、こっちは今日から俺達のパーティーに加わってくれたティアイエルだ」

「よろしく」

 初対面の礼儀だと思い、ティアイエルが言ったが、ジレーヌと呼ばれたエルフの女は頷きもしなかった。おまけに空を見上げている。

「それじゃあ、行こうか。今日はトロル退治だ」



 4



 トロルは群れだった。しかも迂闊にも風上に立っていたため、においで気付かれてしまった。

 アディオスが躍り出た。

「ジレーヌ、ティア、援護してくれ!」

 道々ティアイエルは自分が精霊魔術を使えることをアディオスに話していた。ジレーヌが聴いていたかはわからない。エルフは二人の後を黙々と従っていただけだった。

 ティアイエルが精霊魔術の旋律を詠む。緑色の点々が空気中に姿を現した。風の精霊だ。彼女の掲げた右腕に精霊達が集っている。

 アディオスはトロルと凌ぎ合っていた。トロルの固い皮膚に致命傷を与えられないでいるようだ。

 今こそ風の精霊魔術でトロルの態勢を崩すべきだ。そしてそこをアディオスが止めの一撃を放つ。

 彼女がそう心に決めた時だった。

 隣でエルフのジレーヌが威厳のある高らかな声で精霊魔術を詠んだ。途端にティアイエルの手に集まっていた風の精霊達が緑色の軌跡を残して離れてゆく。行き先は隣のジレーヌの掲げた杖だった。

 ジレーヌが杖を振り下ろすと、緑色の精霊達が戦場目掛けて飛んでゆく。

 それはトロル達の首を切断した。

 自分よりも高位の精霊魔術だ。ティアイエルは愕然とした。

 それからもアディオス・ルガー達と一緒に冒険する日々は続いた。

 だが、ティアイエルが精霊魔術を唱えてもジレーヌが全て持ってしまうのだ。

「ちょっと! 何でいつもいつも横取りする訳!?」

 ある日、ついにティアイエルがエルフに詰め寄った。ジレーヌはまるでティアイエルに興味が無いと言わんばかりに空を見ると言った。

「単純な事よ。あなたよりも私の方が、精霊達にとって魅力があるのよ」

 ティアイエルは怒り、苛立つだけで何も言い返せなかった。それでもアディオスが上手く取り持ってくれたおかげで喧嘩にならずに済んだ。

 彼女は今まで一度も実力を発揮できてはいない。ただ報酬をもらうだけで、その自尊心は傷つくばかりだった。確かにジレーヌは自分よりも使い手だ。でも、自分も何かしなければならない。そんな虚しさと焦りの続く魔物の討伐依頼は続いていった。そしてある日、精霊魔術の本を読み、名案を思い付いた。

「複合魔法」

 そう本には記されていた。

 その日の依頼は、ホブゴブリンの群れの退治だった。

 アディオスも単身では突っ込まず、まずは精霊魔術による殲滅ということで話は決まった。

 ティアイエルはジレーヌが精霊魔術の旋律を詠むのを待った。そしてエルフが詠みだした。どうやら風の精霊を集めるらしい。ならばと、ティアイエルは松明に火を点け、火の精霊魔術を詠んだ。赤い微粒な精霊達が腕に集まってくる。

 ジレーヌの風の精霊魔術が緑色に煌めき飛んでゆく。そこ目掛けてティアイエルも火の精霊魔術を放った。

 風が火を帯びるはずだった。そして魔物達を炎の風で殲滅するはずだった。

 が、しかし風によって炎の魔術は掻き消された。ゴブリンは風を受けてズタズタに切り刻まれたが、殲滅は免れていた。

「どうして邪魔をするの?」

 アディオスが奮戦してゴブリン達を斃した後、ジレーヌが冷たい視線を向けてそう詰問してきた。

「アンタの風とアタシの炎が合わされば、炎の風になって敵を全滅させることができたはずだわ」

 ティアイエルは言い返した。譲歩して、考えに考え抜いての案だったが、結果を見て恥ずかしい思いをしていた。ティアイエルはそれでもそう言い返すと、エルフは言った。

「あなた、以前から思っていたけれど何の役にも立たないだけだわ。アディオスが優しいから、報酬を泥棒するのを黙認していたけれど、はっきり言わせてもらうわね。精霊使いは一人で間に合ってるの。このパーティーに居続けたいなら、それ以外の道で役に立ちなさい」

 ティアイエルは思わず悔し涙を流しそうになった。いけ好かない相手のために思いついた名案も脆くも打ち滅ぼされてしまった。ついに涙が溢れてきた。それを見せないために背を向け言った。

「わかったわ。アタシ、パーティー抜けるから」

 ティアイエルが歩き始めると、アディオスが追いついてくるのがわかったので大声で言った。

「アタシに構わないで! アタシ、エルフなんて大っ嫌い!」

 ティアイエルは走り出した。涙がとめどなく流れてくる。有翼人の里のことも思い出す。またもエルフだ。エルフによって自分の誇りはグシャグシャに踏みにじられている。

 ティアイエルは、走り、涙を流しながら心の中でもう一度叫んだ。

 エルフなんて大っ嫌い!

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